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2014.06.20母性型勉強会6月の日程きまりました

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母性型勉強会6月日程決まりました。

 

■日時:2014年6月18日(水)午後6時半~9時

■場所:高松国際ホテルにて

■会費:3,000円(食事代込み)

■お申込はhttp://boseinomonosashi.com/study/ 

2014.06.20いちいち火を消さない

一ヶ月前まで「やる気」になっていたのに

さあ、自分はやるぞと思っていたのに

うんと恥ずかしい思いをして

うんと嫌な思いをしたので

もう今度こそは一念発起して今までの自分を変えるんだ

と思っていたのに

一日寝るともう面倒臭くなってきて

「そうはいっても、日々忙しいし」

飲み会に行ってみたり

友達とダラダラ遊んでいる時間に時間を取られ

今では、一ヶ月前と同じか

さらに言えば、「一ヶ月前よりもダメな自分」になっている気がする

と、

心のうちを語ってくれた人がいます。

 

自分はなんでできないんだろう

あの人はちゃんと続けているのに

なんで自分はできないんだろう

すぐに面倒臭いと思ってしまうんだろう

 

しかも、

自分と同じように初めて

どんどん前に進んでいってる人を見ると

「なんで?」と腹がたってくる。

 

 

うんうん

わかります。

その気持ちは、よくわかる。

 

人間そうなってるんです。

ほうっておくと、面倒臭い

と思ってしまうものなのです。

 

だから、違うアプローチを自分にしなきゃ、いけないんです。

 

それは

いちいち火を消さない

ことです。

小さくても着火しておくんです。

ストーブの中に小さな薪を放り込んでおくんです。

必ず。

夜寝てる時も

休日だろうが

消さない。

日曜日に完璧にスイッチきっちゃうから

月曜日がしんどいんです。

 

 

 

誰かの話を聞いて

何かのセミナーを受けて

ぐわーーっと感動して

ようし、やるぞお、自分は変わるぞおお

と思っても

一日寝たら

もう面倒臭くなるのです。

 

そして、

わかっちゃいるけど

できない自分を再確認するたびに

「私って、ダメな人間なんだ」

「自分はあきらめる人間なんだ」

と何度も何度も自分で自分に刷り込みをかけている。

何度もしつこく

洗脳しているのです。

自分で、

自分を。

 

 

火が消えてしまうと

マイナスの感情がわきあがってくるのです。

だから、火を消さない。

火を消さないために小さな行動をするんです。

 

人間、

マイナスな気持をかかえながら

ハッピーな気持を感じることはできないものです。

どっちか、ひとつ。

 

 

だから、あえて、

火を消さない

のです。

 

ランニングハイの状態を

ずーっと続けておくと

軽く走りだすことがいとも簡単にできちゃうんです。

ずっと休んでていきなり

走ろうとすると

ものすごい息切れとしんどさで

50メートルくらいで

「ああ、もうだめしんどい、やめ」

となってしまうのです。

そこで、自分の時間が止まってしまうのです

 

 

一週間前に

素晴らしい人の素晴らしい話を聴いて

よし、自分もやろうと

心洗われ

晴れやかな気分になったとしても

一晩寝て

日常生活に戻れば

もうもとの自分に戻るのです。

 

時々着火して

すぐ火が消えて

また火を起こすのに時間がかかる

ってのは

しんどいのです。

 

それならいっそ

低め安定で

火が消えっぱなしのほうが

いいんです。

それもまた、ありです。

 

火を消さないためには

いろいろな作戦を自分に立てないと

いけないんです。

 

意思の力は笑っちゃうほど弱いんです。

 

スマホばかり中毒になってしまう

のなら、

いっそ、ガラ携に変えてしまう

 

家に帰ったらテレビをつけて

あっという間に寝る時間

なら、

テレビ捨てちゃう

捨てるのもったいないなら

アンテナはずしちゃう

見なくても、生きてけます。

 

 

飲み会が習慣になってるのなら

あえて約束しない

 

今までテレビばっかり見てた人が

テレビ切ると

ものすごい静寂になるのです。

その静寂の時間に

何をするか。

 

持ち時間はみな同じです。

そのあいた時間に何を入れるかは

自分で決められるのです。

 

 

ダラダラした時間、

可もなく、不可もなく

という時間を過ごすことが日常にしみこんでいると

いきなり

さあ、いまから1000%集中

ということは

難しいのです。

 

ヨイショがいるんです。

 

仕事の現場から離れた時間が長くなればなるほど

もとのスピード感に戻すことが

ものすごくしんどくなってしまうんです。

 

だから、

ずっと心が動いているように

躍動できるように

本を読んだり

勉強したり

情報発信したり

し続けていると

次に何かをしようとした時に

ほいほい、次ね」とすぐにとりかかることが

できるのです。

だから、つぎつぎと

思いついたことを形にすぐにすることができるのです。

 

よっこいしょが

いらなくなるんです。

 

ずっと負荷をかけてるので

そのほうが快感なのです。

その方が楽チンなのです。

 

勉強したり

成長しようと努力したり

知らないことを知るために探求している行為は

自分にとって快感なんだ

ということを

自分の脳ミソに覚えこますんです。

叩き込む、

洗脳しちゃうんです。

 

洗脳すべきは

自分のあたま、です。

一生騙しきったら、もうばんばんざいです。

どんな勝手な妄想であろうと

一生死ぬまで自分の頭をだましきったなら

その人は幸せです。

他人様は自分の心の中には介入できないのです。

自分を一番洗脳しているのは

自分なんです。

 

 

そんなに頑張っててしんどくない?

ということを

猛烈に仕事している人に聞く人がいますが

やってる本人は

快感なので

しんどくないのです。

 

でも、外から見たらしんどそうなのです。

 

それは

認識が違うから、です。

ある人にとっては本を読んだり勉強したり必死で仕事するのは苦痛なこと

ある人にとってはそれが最高の快楽、快感

この違いです。

 

仕事は最たるものです。

仕事がつらいと、苦しいと、いやいやだと

その人の人生の3分の2は地獄ということになります。

 

 

私は努力という言葉は嫌いです。

努力では動けない。

「もっとこのことを深く知りたい」

「今、知ったこのことをひろげたい」

こういう瞬間の時に

やってる行動は

一切苦痛ではありません。

 

ああ、忙しい

ああ、忙しい

ああ、時間がないわ

と言っていても

そんな自分の状態は苦痛ではない。

 

むしろ

何の好奇心も消え

興味も関心も消え

なにもかもに必死で取り組むが

面倒臭い

となった時の方が私はこわい。

 

 

だから、自分の口から

面倒臭い

という言葉が出てくる時は

死ぬ時です。

 

何もかもが面倒臭いなら

生きているのももはや面倒臭いから、です。

 

私達はわざわざ生きているわけであり

死ぬ日までの時間つぶしのために今日があるわけでは

ありません。

 

面倒臭いと思ってしまう心模様な時は

火が消えているんです。

だから、ストーブの中には

絶対に薪をいれ続けといたほうがいいんです。

 

火はほうっておくと

一晩で消えますから。

 

まずは薪の用意です。

2014.06.20みんながわかってるけど、自分だけがわかってないこと

 

変換bosei_site_kaisetsu_2-2

今朝、患者さんと話をしていて

あいさつしない人が多いんだ」ということを聞きました。

会社の社長さんです。

社員さんは何人くらいいるのでしょうか?

60人か70人はいるのではないでしょうか?

 

あいさつは何のためにするのでしょうか?

とかなんとかいう新入社員研修を20年ほど前に受けたことがあります。

 

自分が気持いいから

とか

人との潤滑油

とか

いろんな答えが出ていたこと

覚えていますが、

 

41年生きていると

あいさつができないとどうなるか?

ということは、はっきりわかります。

 

とっても

簡単。

社会から

人から

はじきとばされる

のです。

 

それだけ。

 

自分が気持いい

とか

相手が気持いい

とか

そんなことは

さておき

自分がはじきとばされちゃう

ということなのです。

 

あいさつをしないとなんでいけないわけ?

とか

あいさつする意味がわからない

と理屈が頭の中に入ってくる前に

躾(しつけ)

としてたたき込まれている人は

らくらく人生です。

 

そして、

そういう屁理屈をコネル人は

「あ、そ、じゃ、さいなら」

と思われてしまうのです。

こっちの可愛らしい感じのいい挨拶をする人と

手を取りいくことにします

となるのです。

 

 

なんであいさつがそこまで大事なわけ??

なんて言葉が思わず出てしまうその

一言にその人のすべてが集約されているのです

 

 

息を吸って吐くのと同じレベルで

感じのいい挨拶がでてくる人は

きちんと躾をしてもらっているのです。

 

社会にでて

どんなに学歴があっても

どんなに優秀な資格を持っていても

感じのいい挨拶ができない人は

応援してあげよう

支えてあげよう

近くにいってみたい

と気にならないのです。

 

逆に

なんだか、感じの悪いひと」

と勝手に悪いように悪いように

思われてしまうのです。

どんなに本人が頑張って気を遣ってると思っていても

挨拶がぞんざいだと、

悪いイメージが定着しちゃうんです。

 

 

残念ながら

大人になると

というよりも18歳とか19歳あたりから

もう誰であっても

自分のため必死で悪いところを治させようと徹底的に

躾をしてくれようとする人など、いません。

20すぎて、30歳にもなると

ましてや40歳など過ぎようものなら

一体誰が自分に言ってくれるでしょうか。

本気で、自分に向き合ってくれる人など

よほどでないと、いないんです。

 

上司も

先輩も

友達ならなおさら

恋人も

夫も

妻も

先生も

面倒くさい

んです。

 

目の前で

「ああ、この人、おしいなあ、ここ治せばいいのになあ」

「なんで、こういう言い方するかなあ?もったいないなあ」

「なんで、ここでちゃんと挨拶できないんだろう、損してるなあ」

と思うことって

他人を見てるとよくありませんか?

 

でも、言いません。

だって、面倒くさいし。

だって、指摘して嫌がれると嫌だし。

だって、他人だし。

・・・と、こうなります。

 

その人の話や愚痴を

肯定しながら聞いてはくれます。

「だいじょうぶよーーー」

「相手が悪いんだって」

「そんなことないよお」

 

適当なことを

言います。

 

面倒臭いから、です。

よほどの関係性がない場合には

言わないのです。

その人が変わってくれないと私どうしても困るの

という関係の濃さでないと

言ってはくれない。

 

 

親だって、言ってくれないかもしれない。

人を躾(しつけ)るのって、ものすごいエネルギーいるんです。

 

でも、きちんと躾られてるなあ

という人って、やっぱり組織の中でも

うまくやってます。

本当に、うまくやってるんです。

「きちんと躾られてるなあ」ってのは

どこで見えてしまうか

っていうと

これがなんと

挨拶

なんです。

 

 

うちでいえば、

若い歯科衛生士さんたちが、

うちにきてくれてるシルバーの年配のスタッフの方々に

何かしてもらったら

「ありがとうございます。助かります」

とか

帰る時には

「おつかれさまでした。気をつけて」

とか

「おはようございます。」

とか

そういうさりげない言葉が

いつでもどこでも

上司が見てなくても出てくるってところが

「よく躾が行き届いている人なんだな」

と思わせるのです。

 

家政婦は見た

ではありませんが

市川悦子ばりの年代の女性は

その人が誰にでも

上司だけじゃなく

お客さんだけじゃなく

宅急便のお兄さんにも

出入りの業者さんにも

お掃除に来て下さる方にも

会う人すべてに

同じ態度で

感じのいい挨拶や声かけをしている人

をよーく見てます。

その観察眼たるや、すごい。

 

 

私などより、本当によく知っています。

シルバースタッフの方に

スタッフ達の何気ない態度や挨拶の様子を

誉めてもらう度に

私は嬉しくなりますし

そこで何度も「やっぱり、彼女はいいなあ」と再確認をするわけ、です。

 

 

あいさつは

自分が社会や人から

はじきとばされないための

最大の武器

だとします。

 

しかし、

挨拶はやはり気持がいいのです。

快感なのです。

快感になるほどの、挨拶をしてしまえば

その人にとっては快感の渦なのです。

 

挨拶は本当に潤滑油になるのです。

油なので本当に心を潤すのですよ。

自分の心がぱっさぱさに渇いていくのを

他人様のせいにしたり

社会のせいにしている場合では、ありません。

 

誰にでも

目が合った瞬間に

こちらから笑いかけ

「こんにちは」と言える習慣

息を吸って吐くのと同じレベルで

心臓が脈うつのと同じくらい無意識に

そんなことが習慣になってると

人に挨拶するたび

人に優しい言葉をかけるたび

自分の内側に本当に「潤す油」のような物質が

巡りだすんですよ。

 

ポイントは

自分から、先に与える

です。

先にちょうだいよ

くれたらあげるからさ

ではなく、

くれなくても、自分から先に出す

のです。

これが、法則です。

 

 

 

相手からではなく

自分から気持いい言葉を向けた瞬間に

本当に気持ちよくなっちゃうものなんです。

そうやって繰り返してるうちに

私って、なんだか素敵かも」

なんて思いが体中に満たされてくるんです。

 

この「私って、なんだか素敵かも」

が365日積み重なると

ものすごい量です。

一定度合いの量があふれると

その人の「私ってなんだか素敵かも」のレベルが

格段にあがってるんです。

 

レベルが上がってできあがったもの

自分の中に確立されるもの

それが

自己重要感」です。

自分の心の中だけで起こっている変化なので

他人からはわかりませんが

自分の中で起こる化学反応のような変化を

自分だけはわかるのです。

それこそ、うっしっしい

です。

かいかん。

自分内コミュニケーションです。

 

私ってば、素敵

私ってば、どっしりしてる

私ってば、すごい

そして、私は私のことを大好きだわ

生まれ変わってもまた私がいいなあ

と思えてしまうものなのです。

 

何も遠くにいって

どでかいことをなしとげないといけない

ということでは

ないんです。

 

 

その積み重なった

自己重要感が

私の毎日の時間をじんわりあたため続けてくれるのです。

エネルギー満タンの状態に維持させ続けてくれるのです。

 

挨拶は

それほど

すごいもの。

 

 

もし、そんな習慣が身についていない

そんなこと気恥ずかしくてできない

と思うなら

そしてもし18歳以上なら

これからはもう自分で自分を躾けていけないといけなんです。

だって誰も躾けてくれない。

今のご時勢

よほど高いお金を出さないと

自分を管理監督して躾なおしてはくれないんです。

超高額トレーニングなんです、今は。

 

だって、大人になると

意識の高い人は

とんでもないお金を出して

自分の心を躾直してもらう、なんてことをするわけです。

自分ではできないから、です。

 

 

18歳過ぎたら

何かあっても自分のせい、です。

どんなに親が愛を注いでくてなくて、ひねくれた自分になっていたとしても

18歳過ぎていたなら

自分のせい、です。

 

しんどいかもしれないけれど

そう覚悟を決めた方が

先にすすめるのです。

スカッとするのです。

 

私自身の体験で言えば

16歳の頃に、家庭の中がもうぐっちゃぐちゃで

さあ、どうしましょ

と苦しんでいました。

その時、よく行ってたお寺の住職さんが

もうあきらめてとっとと大人におなりなさい

と言ったんです。私に。

 

私、その言葉ずっと持ってるんですけど

一瞬でスカッとしたんです。

暗いもやがパッと晴れた瞬間。

 

「そうかあ、大人になればいいんだああ」

と本当にそう思ったんです。

 

具体的にはどうしたらいいのか

わからなかったし

経済的なことはもちろん大人にはなれない状態だったのですが

心が大人になれば

きっと楽にちがいない

とそれだけは、思ったんです。

 

どんより暗い沼みたいな中で

あがいている時には

そんなキラリしたすかっとした言葉が

神様のお告げのように聴こえるものです。

みなさんにもありますよね

そんな風に

一瞬で目の前が晴れちゃったような言葉に

であったことが、

そんな人にあったことが。

 

 

澱んだ沼みたいな中にいた私には

「大丈夫よお」

なんて適当なこと

言われるより

「甘えてないで、とっとと大人になりなさい」

の方がよほど、その言葉が体に入ったのです。

 

 

 

そう思えば

何がなんだかわからないうちに

徹底的に仕込まれた習慣というのは

やはり財産ですね。

体の中に

細胞レベルでしみこんでいる

というのはもう楽チンデス。

 

 

きっちりちした躾がしみこんでいるから

その上に

のびのびと自由に生きても

許されるんです。

 

基盤がないのに

のびのび生きようとすると

地盤がゆるいので

すぐに土砂崩れを起こすのです。

 

 

のびのびと生きることと

場をわきまえることは

まったく違います。

 

私、自由にのびのび生きたいんですーー

と言いながら

接する人にまともな挨拶ができていないとしたら

やっぱり、社会では通用しないんです。

 

どこにいっても長く勤まらなかったり

誰と付き合ってもすぐ関係をぶちこわしたり

長い縁をもてない。

 

こちらがどんなに「そこに入れてよお」「その仲間にいれてよお」

と思っていたとしても

社会から

人から

はじかれるのです。

 

それが

挨拶

です。

 

子供を見ていると

自分の言いたいことだけを機関銃のように言います。

わが子を観察していると

本当に面白く

こうやって私も大きくなったのかなあ

とか

いつ頃から、自分の言いたいことをぐっとおさめていくようになったのかなあ

とか

自分の幼少期をわが子の様子を

観察してるのです。

 

子供は言いたいことだけ、言う。

子供だから、それでいいのですが

自分の言いたいことだけ、なのです。

 

自分の意見が通らないと

ふてくされ

さらには文句を言います。

 

しかし、このまま18歳とか19歳とかになったとしたら

大変です。

この子は社会で生きていけません。

誰とも関係を築いていくことなど、できません。

 

 

自分が言いたいことだけを言う

意見が通らない

文句を言う

「私は本音(意見)を言ってるのに、それを否定するなんて

社会が悪い、会社が悪い、上司が悪い、友達が悪い、彼が悪い、彼女が悪い。夫が妻が・・・」

となるのです。

 

これ、本当にそうなるのです。

子供のまま大人になると

そうなるのです。

 

自分がうまくいかないことを

自分の気分が今悪いことを

自分以外のせいにしてる時

その人はずっとうまくはいきません。

 

だって、そういうふうになってるんです。

世の中みまわしてみると

やっぱりそうなってるんです。

 

「ああ、自分かな」

とすぐにその矛先を自分の方に向けて

一瞬でも振り返ってみると

その瞬間に

もう現実は好転しはじめます。

 

本当に、そう、なってるんです。

不思議だけど、そうなってる。

 

私達の生きてる世界は

複雑そうに見えて

ある一定のルールにのっとって

一点の矛盾もなく、動いているように

感じる瞬間があります。

 

 

よそに目を向けるのではなく

自分の心の中を慎重に慎重に見張って躾ていくことで

たいがいのことは

悪くはなりようが、ないんです。

 

http://boseinomonosashi.com/

母性のものさし

 

2014.06.20言うことをきいてくれない

部下がいうことをきいてくれない

夫が

妻が

上司が

仲間が

お客様が

 

私のいうことをきいてくれないんです

 

ということは

日常よくでてくる愚痴のひとつです。

 

私も、ずいぶんこのことを思っていたことが

あります。

 

では、今は思います。

人との関係において

自分が言うことをきこうと、ききたい

素直にききたい

と思う時ってどんな瞬間か?

どんな相手か?

 

あらゆることは

全て

自分だったらどうかなあ?

と置き換えてみれば

2秒で答えがでます。

 

 

それはその人を本当に「信頼し」

その人のようになりたい

その人を見て「すごい」と思った時

そう感じた時

私はその人のいうことを

全部素直いうことをきく、のです。

 

 

全てをしみこませたい

その人の言葉、表情、やってること

好みや生き方まですべて

しみこませたいと

私は思います。

 

言うことをきいてくれない

のは、

相手にとって

自分が言うことをききたいと思わない対象だから

です。

 

それだけ。

いたって、シンプル。

 

 

そうじゃない場合には

きかない

きけないんです。

「すごいなあ」

という尊敬

がないと

しみこませられないのです。

 

全ての人から学ぼう

とは言いますが

食い入る様に

この人の全てをしみこませたい

とは思わないのです。

 

 

言うことをきかせよう

なぜ、言うことをきかないんだ

あいつは、悪い

後輩なのに

部下なのに

・・・

に意識をもっていくのではなく

関わる人が

「あの人の話は聞きたい」「言うことを聞きたい」

と思ってもらえるような

「私」を作り上げることの方が

先です。

 

人が自分の言うことをきいてくれない

自分のことを尊重しない

のなら、

聞きたくない私なのです。

尊重できない私なのです。

 

相手のせいでは、ない。

 

誰にでもきっと

「ああ、すごいなあ、生きてるうちに

こんな風になりたなあ

近いところまでいきたいなあ」

と思う存在っていると思うんです。

 

もちろん私にもいます。

この人のすべてをしみこませたい

全細胞すべてにしみこませたい

と思うような存在がいます。

 

しみこませたい

なので

言うことをきくきかないなんてものは

とっくに通り越しているんです。

 

生きてるうちに

どれだけしみこませることが

できるか

 

と考えると

そんなに悠長に構えている時間など

ないのです。

 

 

あなたの言うことを聞きたい

あなたの話を聞きたい

と思ってもらえるような「私」を先に作りたいんです。

2014.06.20どんなに自分が相手を好きでも相手が自分を好きになってくれないと何もはじまらない

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今朝、うちの衛生士の田中が患者さんとお話している様子を見ていました。

嬉しそうに患者さんがお話されている表情が見えたので

思わず覗いてしまいました。

 

田中の後ろ姿しかみえませんが

 

 

後ろ姿からも

その人が

目の前の人にしっかり向き合い

目を見て一生懸命お話を聞き取ろう

何をお話しているのかを必死で聞き取ろう

という雰囲気は感じとれるものなんです。

 

逆に、後ろ姿からでも

「あ、この人話、ちゃんと聞いてないな」

「ちゃんと向き合ってないな」

というのは感じとれるもの、です。

 

一生懸命聞こう、としていると

向かう患者さんの表情は柔らかくなります。

そしてやっぱり笑ってるんです。

嬉しそうなんです。

理屈抜きで。

 

上手に話す

とか

上手に伝える

とか

価値を伝える

とか

いろいろありますが、

こういった類のことを

頭で理解してお勉強して「やれる」と思い込んでいる人と

話すほど

うっとしいこときわまりありません。

 

俺は強い

俺は賢い

私はすごい

私はこんなことをやっている

 

自己主張

自己主張

ばかりの人と話すのは

しんどいのです。

 

「へえ、すごいですねえ」

と満面の笑顔で返しますが

内心は、

「スキだらけ」

と見破られてしまいます。

 

これを

人間関係に例えたなら

自己主張する人と

人の話を聞く人

に分かれます。

 

自分はどういう人を好きになるのか?

と逆に考えてみた時に

よくわかります。

 

会うたびに、

自己主張を聴かされる人よりも

私の主張を聴いてくれる人

全部はなしを聴いてくれる人

は、

すーっと気が通るので

やりやすいのです

 

 

やりやすいから

好きになる。

もう勝手に好きになっちゃう。

 

そういう人は

いつも好かれている存在です。

 

人間関係がうまくいっている

というのは

ざっくり言えば

自分が相手に好かれている時

です。

それだけ。

自分のことを好いてくれる人が

たくさん自分のまわりにあればあるほど

「自分って、人間関係うまくいってるなあ」

とか

「私って、なんだか素敵かも」

というちょっとこっぱずかしいけど

そんな気持が生まれてくるものです。

 

人間嫌われたら、おしまい

です。

 

自分が、相手を好きかどうか

なんてどちらでもいいのです。

どうでもいい、と思っておくのです。

 

問題は

自分が相手をどんなにスキだと言っても思っても

相手が自分を好きになってくれないと

何もはじまらない

ということです。

 

自分が相手を、好きかどうか

に固執していると

どんどん器がちっちゃくなっちゃいます。

 

母性型人間は

相手にとって自分はどうか?

という視点のみ、です。

 

これに対して一般的に行なわれている思考は

相手がどうかより、自分が相手を好きかどうか

です。

 

視点が逆なのです。

 

職場は、仕事の現場は

自分の器を本気で広げるための最高の練習の場です。

 

自分の好き嫌いを消し

相手が自分をどう思うか

に焦点を当てるようになる

最初はいやいやでもいいんです。

やってるうちに、習慣になってくるんです。

慣れてくるんです。

 

仕事と恋愛は

訓練の仕方が同じです。

 

日常の場で

必死でやっていかないといけないことは

人の話を聴いていく」

です。

これは作業です。

丁寧に作業するんです。

 

この作業を丁寧に目の前で今やってのけていたのが

田中でした。

 

この田中の雰囲気が伝染し

後輩の衛生士さんたちが同じような雰囲気をそれぞれの

キャラクターをいかしながらやってのけています。

 

社員教育は

伝染です。

感染症だと、私は思っています。

その後、詰め込む教育など

ほとんど役には立ちません。

 

ひとつのいいものがどんどん感染していくんです。

だから、悪い要素もまた伝染します。

悪いものを入れるかどうかは

経営者の責任です。

 

 

相手にとって

やりやすい自分

相手にとって

話しやすい自分

相手にとって

つい相談をしてしまうような自分

相手にとって

居心地のいい自分

を、作り上げていく

という日常の作業。

 

こういう意識を持って

仕事している人と

ナンにも考えず

「あーー、今日もどうやって時間潰そう」

「あーーー、今日もつまらないヤラされ仕事」

と思っている人では

同じ1年という時間の中身の構築度が

まったく違うのです。

 

片方は

3年過ぎたらものすごい達人に

片方は

3年前よりも

すっからかんの人に。

 

 

今は、自己主張を勉強しなくては

という世の中ですが、

実は、逆です。

 

自己主張すればするほど

自分は相手に嫌われます。

 

だって、

面倒臭いです。

だって、

しんどいんです。

だって、

エネルギー遣います。

そして、自己主張ばかりの人は

自分しか見てないので

目の前の私を見てくれていないので

さみしくなっちゃうんです。

切なくなります。

 

カップルでも、います。

彼はずっと自己主張

彼女は聞くだけ

彼女はさみしそう

でも、そんなものだと我慢している彼女

 

これ、はやく別れないと

病気になっちゃいます。←はい、また大きなお世話ですね、はい。

 

人間、自分の気がすーっと通っていく相手とたくさん一緒にいる快感を

味わってしまうと

気が通らない相手と一緒にいる時間がもう死ぬほど苦痛になってくるのです。

一度いい気持ちを味わうと

もはや前の不快に戻れないのと同じです。

女性はこういうセンサーをもともと

持っているのですが

「そうはいっても」と理屈優先になってしまうと

体は病気になります。

 

皮膚感覚でNOと言っているだから

それはNOなのです。

頭で考えたら、即、病気になるのです。

 

 

自分の好き嫌いだけで

人と接していけば

気が付いたら狭い世界の中で苦しむことに、なるのです。

 

だって、自分のことをお姫様のように扱ってくれて

いつも気を遣ってくれて上げ膳据え膳してくれるような人は

自分の周りにはそうそういないから、です。

まあ、過保護なお母さんくらいです。

世の中、外に出ると

「はあ?」という人に接する機会の方が多いのです。

 

その時に

いちいちストレス感じていては

いちいち傷ついていては

いちいち心が弱っていては

やっていけないのです。

 

弱いとしんどいのです。

しんどいのは、いやですよね。

私は、嫌なんです。

 

自分の好き嫌いは置いておいて

誰がきても

うまくやっていける自分がいい

と思ったのです。

その方が、楽だから、です。

いちいち腹が立っているのはしんどいのです。

いちいち傷ついているのは面倒なのです。

 

 

誰がきても

OK。

誰にでも「感じのいい」応対ができる

ということは

すごいことです。

 

自分の言いたいことを言うのですが

自分の好き嫌いを押し通すのではなく

相手は、どうなの?

相手は、何を欲しいの?

ということを

必死で探って引き出していくんです。

 

目の前の相手のいうことを

目や

言葉や

表情や

声から

全部きいていくんです。

 

自分にベクトルを向けるのではなく

向かう方向は相手、です。

自分にベクトルが向かうと

「私のことどう思っただろう?」

となってしまいます。

相手に100%向かうと

自分の心に向かう意識が消えるのです。

 

人の話を聴くだけなんて

なんだか消極的

と思いますか?

 

違うんです。

 

死ぬほどエネルギー使うんです。

聴く方が

聞き入っていく方が。

 

ある意味

自己主張は簡単です。

攻撃は簡単。

言いたいことぶちまけてるほうが簡単。

自分の主張を押し通そうと頑張ってるほうが簡単。

 

受け手の方が

よほど大変なのです。

よほど神経遣うのです。

 

しかし、一番鍛えられ

その習慣が身についたら

後は

生きていくのが

とっても楽ちんです。

 

 

人間の悩みは

一番は

人間関係です。

お金や仕事

ということも悩みのうちですが、

その基本となっているのは

人間関係です。

人間関係が崩れると、うまく構築できないと

お金や

仕事も

やはりうまく巡らないのです。

 

人間関係がうまくいくコツは

たったひとつしか、ないんです。

技術じゃないんです。

手法じゃないんです。

 

相手が自分を好きかどうか

です。

これしか、ない。

 

自分が相手を好きでも

相手が自分を好きじゃなければ

人間関係はうまくいきません。

 

いつも好かれている存在=話を全部聴いてくれる人

です。

そして自己主張をまるごど飲み込んで聴いてあげられる人

です。

 

人は自己主張を全部聴いてくれる人の前では

自尊心が高まります。

 

多くの人の自尊心は

日々いろんなことで傷ついています。

その傷を癒し

癒すだけではなく

さらには

自尊心を高めてくれる人のことを

嫌いには、なりません。

 

 

とにかく

自己主張より

「人の話を徹底的に聴く」

です。

 

 

母性型組織に多い人材は

「人の話を徹底的に聴ける」受けの上手な人です。

気が付いたら

そんな人ばかり採用していました。

 

 

自己主張の強い人

は逆に

いらない。

しんどいんです。

面倒くさいんです。

 

大事なお客さまも嫌がりますし

上司も面倒くさいんです。

かわいくない。

かわいがってあげたい

引き上げたい

という気がそがれるのです。

 

一生懸命自分の話を聴いてくれて

さらに

一生懸命自分のことを肯定してくれて

さらにさらに

あなたのお陰で

なんて感謝されちゃったりすると

ぐっときません?

 

ぐっときます私は。

 

ぐっときたいんですね

やっぱり、人は。

心に、胸にぐっとくると

やっぱり、その人を愛おしくなるし

大事にしようと再確認します。

 

ぐっとこさせるには

自己主張ではぐっとこないんです。

必死で聴き入ってくれるから

ぐっとくるんです。

 

武器で責めるより

ボールをガンガン投げるより

受けて受けてボールひろいまくるんです。

 

どんな受け取りにくいボールでも

ひろいにいくんです。

 

絶対、ぐっときますから。

2014.06.20朝10時まで頑張れば、あとはなんとかなる

 

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男と女も老いも若きも

もっとも嫌われること

それは

ケチ

です。

 

金離れのよい人は

魅力的であり

ケチな人は嫌われる

と、しごく単純です。

 

愛情の言葉を出さずに

惜しみなく注がない

これも、

愛情ケチ

です。

 

お金はわかりやすいですが

金離れの悪い人は

総じて

愛情の言葉を注ぐことも

出し惜しみするものです。

 

 

お金の話はだいたいは

タブーです。

男女の関係においてどんなに親密になってても

タブーな部分だったりする関係はいっぱいあります。

結婚しててもお金の話はタブーだったりするケースもあります。

 

 

タブーな話は

それだけ闇の中ですので

他の人がどうやっているのか

知ることはありません。

 

 

 

だから

ケチな習慣の人は

ケチな習慣のまま人生を送るのでs

ケチケチな人生には

ケチケチな結果が現実に起こってます。

 

存分に与える習慣の人は

存分に与える習慣のまま人生を送るので

因果の法則にのっとって

与えたものが、そのまま自分に返ってくる

という現実が起こるのです。

 

ケチは

ダメです。

 

男女関係においてだけでなく

友人関係においても

ケチはダメです。

 

金の切れ目が縁の切れ目と言いますが

これは本当にその通り。

貸したものが返ってこない

借りてても平気。

もらえるものはもらっておこう。

というスタンスの人は

まともな人とは人間関係を構築できません。

 

 

もらってばかりの人は

人に与える

という習慣がありません。

その意識もありません。

そもそもそんな発想がない。

 

 

お金だけの話ではありません。

人に対して

いい気分を与えることができる

ということも

「存分に与える人」となります。

存分に与える人」=お金の世界でいえば「金離れのいい人」です。

 

しかし、

他人に十分に与えるためには

まずは自分の中身に他人様に与えてもまだまだ潤沢にあまっている

溢れているというだけのエネルギーがないといけません。

 

気力に満ち

いつ誰に会っても

ご機嫌な気分」を与えてあげられことが

できないといけません。

 

なので、

その人自身に

悩みがいっぱいでは、ダメなのです。

自分の中に悩みがいっぱいだと

他人様の悩みをすいとってあげることができないから、です。

 

自分の中に悩みが多いゆえに

愚痴を聞いてもらる人や場を探します

吐き出し口を探しているのです。

自分が吐き出すことだけに意識が集中するので

他人の様子まで気を遣える余裕はありません。

 

他人様の悩みを吐き出してもらえる心の余裕が、スペースが自分の中にないのです。

自分の悩みをきいてよ、なんとかしてよ

という方向にばかり意識が向き

相手に心が向かえない。

 

こういう人は

総じて

目が泳いでます。

目の前に人がいるのに

見てない

泳いでる。

 

つまり

誰と一緒にいても

自分の悩みにばかり焦点がいくので

相手は自分に魅力を感じてくれなくなるのです。

 

 

あの人に会うと

私がご機嫌になれる

ふさいでいた気持も明るくなれる

もやもやしていたものが一掃されたようだ

充電できる

こんな人っています。

 

または、

あの人に会うと

ものすごく刺激されちゃって

いてもたってもいられなくなっちゃうう

という人がいます。

 

こんな人は

みな自分の中で意識的に

「ご機嫌を充電」できるべく

コントロールしているのです。

自分の悩みなど、自分でとっとと解決し

コントロールできているのです。

 

これは

生まれてからそのまま勝手に

私達人間に備わってるものでは

ありません。

 

暴れ馬のような自分の心の

操縦法を知っているのです。

 

 

会った瞬間から

ご機嫌な陽気を与える人

というのは

他人に対して

たくさんのものを与える人

になっています。

 

他人のことを

聴ける

他人の愚痴や悩みや虚栄心を

「うんうん、ふんふん、そうねえ、そうねえ」と

きける

心の余裕が

あるのです。

 

自分のことでいっぱいいっぱいの時

人は他人の愚痴や不満を快く聞けないのです。

面倒くさくなるのです。

ちっちゃい人ね、と一喝したくなるのです。

他人に対して、きつくなるのです。

 

 

だから、人は離れていきます。

ご機嫌な人のそばにはいたいけれど

余裕のない人のそばからは

人は離れるのです。

だって、聴いてもらえないだもの。

 

 

自分自身をご機嫌にしておくために

必要な3つの行動があります。

 

それは

①あいさつ

②笑顔(にやつくのではなく)

③自分から話しかける

 

この3つです。

 

朝10時まで、笑顔を自分の顔にとどめておけば

それは一日中継続できる

という言葉があります。

 

人間の習慣を作るのに

朝ほど大事なものは、ありません。

 

朝10時までに

①②③を実行できる人は

その人の人生の中で

習慣になり

だんだんそうすることが「もはやあたりまえ」になってくるんです。

 

あたりまえになると

その人の表情として定着します。

 

人相学でも

その人の表情というものを観るそうですが

①②③の習慣で

定着するのです。

 

逆に

朝10時までに

①あいさつせず無言

②むすっとしてる

②話しかけない

を繰り返す人は

人相学的にも「落ち目の人生」を歩くこととなるのです。

 

顔って、怖いんです。

表情って、そのまま自分の人生左右するんです。

 

昨日、ホテルで会がありました。

ロビーにはたくさんの人がいます。

旅行客もいれば

ビジネスの人もいる

奥様のランチ会の待ち合わせもいる。

 

私はそのどの人も知らない人です。

どの人の経歴も環境も肩書きも過去も知らない。

でも、

顔を見れば

パッとわかるんです。

わかるというより

見えちゃう。

 

どの人が幸福そうで

どの人が不幸そうなのか

 

表情は無意識です。

その人が一日に感じてる感情がそのまま表に出たものが

その人の普段の表情です。

そしてそれが定着している。

 

だから、見ればわかる。

名刺をもらう前から、わかる。

話さなくても、わかる。

もっといえば、感じとられている、のです。

 

 

①②はなんとかできても

③の自分から話しかける

というのは

ハードルが高い

かもしれません。

 

そんな時は

お天気の話でもいいんです。

「あ、外雨降ってきましたねえ。

ぬれませんでしたか?」

というキッカケ話でもいいんです。

 

話しかけた瞬間に

目が合います。

自分から話しかけてるので

当然笑顔のはずです。

 

話しかけられて嫌な人はいません。

 

そこから会話がはじまるかもしれません。

相手が話しだしたら

そこに集中するんです。

 

何を話そう

と自分の頭に思いを巡らせるのではなく

相手が話すことに

乗っていくんです。

 

自分は何も考えなくてもいい。

 

極端な話

「ええ」

「ほう」

「わあ」

これだけでも会話は成立します。

 

なぜなら

人は

自分の話を聴いてくれることを求めている」

から、です。

 

次に何をしゃべろう

なんて自分が考えなくてもいいのです。

 

相手の話に一生懸命に聞き入る

この行為こそが

「あなたのことを大事に思ってますよ」

という暗黙のメッセージとなり

そしてひいては

相手の自己重要感を

とんでもなく引き上げていることとなるのです。

 

自分の自己重要感を引き上げてくれた相手のことを

人は好きになります。

勝手に。

自分から何を話さなくても

立派なことを語らなくても

美人じゃなくても

ハンサムじゃなくても

お金を払わなくても

です。

 

最近は

若い人の中では

最初のデートの時から

彼女と割り勘とか

ましてや彼女が出してあげる

とかいうのが

「もはやあたりまえ」となってる風もあるようです。

 

女性自身も

「払ってもらうなんて悪いし」

「そこまでの関係じゃないし」

「払ってもらって当たりまえだと思うような女と思われたくない」

とかの内面的理由でもって

割り勘や

自分が払う

ということを「受け入れている」

ようです。

 

男性自身も

「女も働いているんだし」

「そこまでの思いいれもないし」

「男女平等だし」

男がおごるのがあたりまえだなんて思うような女いやだし」

という内面的理由から

デートでも

彼女と割りカンか、彼女が払う

ということが「あたりまえ化」している

ようです。

 

多くの女性が

感じながらも

けっして口には出さないと思います。

しかし、

女性なら

きっとあるはずです。

 

つきあってる男性や

自分にアプローチしてきたはずの?男性が

自分を大事にせず

ないがしろにされてるなあ

と心がチクッとしたことが。

 

この、「大事にされてない」

「ないがしろにされている」

と感じてしまうのも

女性特有なのですが(男性はそこまで深く思ってません)

これは未婚既婚とわず

感じてしまうこと、です。

 

 

 

これはもう

本人の好みですし

生き方の問題ですので

どっちを選ぶのも自己責任です。

 

ただ、

男性は知っておいた方がいいことはあります。

女性は

「私、払います」

「じゃあ、私のぶんも払います」

とレジの前で財布を出しますが

「あ、そう?じゃあ」

とそのお金を彼が受け取った瞬間に

もうないな、この人とは」

と思うのです。

本当に、思ってしまうのです。

もしくは、

その次があったとしても

デートする前の魅力100だとしたら

20くらいまでは落ちてるはずです。

 

 

 

そこまでどんなに話が面白くても

そこまでどんなに事前の前振りが期待させるものであったとしても

さあ、いまここで!

という瞬間に

受け取られてしまうと

「もうない」

のです。

 

何事もなかったかのように

家に帰って

「またねーーー」

とか

「今日は楽しかったです」

とか可愛いメールを送りますが

心許した友達には

ちょっとおおお、信じられんことがあったよーーー!!!」

とぶちまけるのです。

女子会のえさになること間違いなしです

 

友達は

「げっ、そりゃあ、ありえんわ。

と言うか、その人、あんたに本気じゃないわ

やめとき。」

と友人会議により

「×」がつくのです。

 

なにもずっと払ってよね

ずっとおごってよね

という話ではなく

「今、この女をどうにか自分に心を向けさせよう」

という瞬間に

「それはないでしょ」

ということなのです。

 

この話題、

実は女性の中ではとっても多い話。

ダントツかも、しれません。

しかし

男性の前では

言いません。

だって

おごってもらうのが当たりまえだなんて

感謝のない女だと、傲慢な女だと思われるなんて嫌だもの

です。

 

 

女は屁理屈ぬきで

ケチは

嫌い

なのです。

何万年進化しよと

嫌いなものは嫌いなのです。

 

ケチを

目の前で見た瞬間に

ちっちゃ」

と思ってしまうのです。

げっそりしちゃうのです。

 

どんなに時代が進化しようと

どんなに女性が社会に出て活躍しようと

女性は、男性に大事にされたい

と思うもの。

 

「おいおい、女も自立でしょ?」

「おいおい、男女平等でしょ?」

「そんな依存的な女はいやだよ」

「そこまで面倒みなきゃいけないわけ?」

そう思ってしまうのも

わかります。

 

しかし、

最初の最初。

出会いも出会い。

さあ、ここから。

心をキュッとわしずかむ瞬間

というのが

男と女にはあるはずです。

その瞬間の

「ここぞ」

という時に

「割勘ね~~」

と言われると、

萎えます。

 

 

何が何でもこの女を自分のものに

と渇望している時

男は必死になります。

しかし、

今は、必死になれない。

はい、選択肢が多いから。

 

女性にとって

自分の心をいとめようと

必死になってくれている男性ほど

嬉しいことは、ありません。

最初はなんとも思わなくても

必死な姿に心動かされてゴールインという話は

よくあります。

 

しかし今は

彼女よりも

楽しいことがいっぱいあるから。

生身の人間は面倒くさいし

お金もかかるから。

 

もてる人は

自分が他人に与えるものの量が多いんです。

有形無形どちらも。

有形なものは「お金やもの」

無形なものは「愛情や思いやり」

無形なものは

言葉で表現したり

マメな愛情行動によって表現したり。

一番目に見えてわかりやすいものは

有形なもの、でしょう。

 

男性は

形があるものより心が大事でしょう

と思うかもしれませんが

女性は

どちらもいるのです

 

どんなに言葉があっても

「コーヒー割り勘ね」

と言われたら

「は?」

と思うのが女というものです。

 

有形無形に与えるもの量が

たっぷりとあればあるほど

それに比例し

その人の相手に対しての魅力度は上がります。

 

 

そして自分が欲しいもの

今、目の前にいるこの魅力的な女性の心を

入手できる可能性はぐっと高まるのです。

 

自分の魅力

というものを大きく勘違いしているんです。

自分の魅力とは

自分ひとりで単独で磨きあげて

相手に見せ付けることができるものでは

ありません。

 

相手が

「ああ、魅力的だなあ」と思ってはじめて

あなたは魅力的な人となるのです。

 

魅力とは

自分ありきではなく

相手が感じてくれてはじめて

存在するものです。

 

魅力的な人とは

どんな人か?

 

自分に対して

惜しみなく有形無形のものを

注いでくれる人

です。

 

自分に深い関心を持ってくれる

自分に対して思いやりの言葉をかけてくれる

自分に対して愛情の言葉や態度を惜しみなく注いでくれる

自分に美味しいご飯を食べさせてくれる

 

 

もし、今

婚活中で

意中の女性がいるのなら

何が何でもこの人を

と思うのなら

「男女平等じゃないの?」

「おごってもらってあたりまえに思われるのは困る」

などという思いは横に置いておき

 

さささっと

会計を済ませてしまうことを

強くおすすめします。

 

まさか、女性に払ってもらおうなんて

考えたこともないよ

という男性に

惹き付けられるのが

女という生き物です。

屁理屈ぬきで

かっこいい

と思ってしまうのです。

 

中途半端は一番いけないのです。

徹底的に面倒みるか

みさせるか

 

とことんヒモになってしまえば

それも快感

という女性も世の中にはたくさんいます。

 

どっちにいくか

はっきり決めて

スタンスをはっきりするんです。

 

男らしくいくならいく

女々しくいくならいく

男でもない女でもない

というのがいかんのです。

 

 

いずれにしても

男と女も

朝10時までは、①②③です。

これで、世の中、変わります。

魔法のように、変わります。

 

小さい職場なら

3日で変わります。

 

簡単に変わることが

母性型。

 

底にあるのが、愛ですから。

2014.06.20いっそ、誰か決めて下さい

ツアービジュアル

昨日、「鼓童」というすごいステージ誘って頂き観てきました。

「すごいよ」

汗が飛んできそうなお席で

お尻かぶりつきそうでした。

 

娘が「お尻が、お尻が」とばかり言ってました。

太鼓より、お尻ですか・・・。

 

緞帳が何度も何度も上がったり下がったりする

興奮のアンコールでした。

手が痛くなるほど手叩いちゃいました私。

 

「すごかった!!ありがとーーーー!!」と

伝えたくて思い切り肩甲骨振り上げて

手叩いてました。

 

太鼓のずんずん

が体に残るんです。すごいなあ。

プリッとしたお尻が魅惑的(お尻が気になってしょうがない)

 

終わってから

お腹がへこへこで

ご飯を食べにいくことにしました。

 

お店に入って

メニューを決めます。

 

メニュー4枚くらいにぎっしりありました。

どれもこれも美味しそうですが

どれもこれもありすぎて

決められない。

 

みんなが

ああでもない

こうでもない

どれにする

あっちがいいかな

こっちがいいかな

 

一人がメニュー決めを投げ出し

「あーー、面倒くさ、選んでくれたもの食べるわ」

「いっそ、誰か決めて、おなかすいたーーー」

 

選択肢が多いと

だんだん面倒くさくなってくる

その気持って、ありません?

 

選択肢の多いメニューって、人生と同じやねえ

と彼女。

メニューと人生の何を重ねたのでしょう。。。

 

 

何でも選べる

自由に選べる

選択肢は山ほどある

 

でも、選べない

「これ」とひとつに選べない

 

おばあちゃん達の時代は

選ぶ選択肢がなかったんです。

結婚相手も

「お前はこの人と結婚しろ」

といわれたら

「はい、わかりました」

と「そんなものだ」と思っていたんだそうです。

 

 

おばあちゃん達は

いまの若い人はいいわね、自由に恋愛できて」

と。

 

そりゃあ、120%自由な今の方がいいでしょう

と思いそうですが

実はそれもわからないのです。

 

 

選択肢が多すぎると

あっちもいいけど

こっちもいい

これが過ぎると

もっともっともっとと

エスカレートします。

 

恋愛も

結婚も

職業も

趣味も

思考も

何もかも

あれもこれもとありすぎて

選べないんです。

 

「これ?かな?いや、違うかな?」

「あれ?私の選択間違ってたかも??」

選択肢が多いということは

こんな後悔も多いってこと。

 

 

人は膨大な選択肢が目の前に

与えられると

最高のもの」を

得ないといけない

ような気になってしまうのです。

だって、これだけ選択肢があるんだから!

しかも、自由に選んでいいんですもの。

 

最初から

「あなたはこれ」

と「あたりまえのように」

決まっていれば

みんなが

「そんなものだ」と思っていたら

「はいーー」とすんなり運命を受け入れたかもしれません。

 

でも、今は違います。

どうぞこの中からお好きなものを

ご自由にお選び下さい。

しかし、

あなた様の責任で

お願いします。

という注意書きがついてます。

 

あなた、

自由に選んでね

ただし、

すべて自己責任ね

 

という時代です。

 

 

医療の世界も同じですね。

昔はそんなに選択肢がなかった。

 

お医者さんが

「あなたはこんな病気だから、治療はこれです」

と言われれば

「ははあああっ先生!」

と言われるままでしたが

今は違います。

 

あなたはこんな病気です。

つきましては

このような治療法の選択肢がございます。

ピンからキリまでございます。

それぞれのメリットデメリットはこちらです。

 

すべてをご理解いただけた上で

こちらにサインをお願いします。

 

サインした後は

すべて

あなた様の自己責任です。

 

今は、なにもかも

これです。

説明責任

そして

自己責任。

 

自由になったがゆえ

情報公開になったゆえ

選択肢が一気に広がったゆえ

今度は

個人が自分の頭で考えないといけなくなった

 

決めたが最後

「これでよかったのかしら?」という自分の判断に対する

ストレスを自分ですべて背負わなくてはいけなくなった

ということでもあります。

 

当院でも

患者さんからよく言われることがあります。

いやあ、もう先生の方で

決めて下さい。

私はわからない」

 

これって、本音だとも思います。

私も何か重要なことを決定しなきゃいけない時には

ある程度勉強して

それでも理解しつくせなくなると

「もう、いっそ誰か決めて下さい」

という気になります。

 

選択肢はこれからますます

増えます。

結婚相手がなかなか決められない

というのも、これと同じです。

 

「これだ」と決められない

「この人に」と信じきれない悲しさ

 

「こっちより、あっちのがいいかも?」と

いう想いが日々頭の中をよぎるむなしさ

 

決める

とか

信じる

とか

信じきる

とか

そういった

「これっ!!」ということに

心を入れ込んでいくことが

できない虚しさが今はあるのです。

 

あっちかこっちかと

迷ってる間に人生の旬は終わり

自分の残り時間は

確実に過ぎていきます。

 

信じようと

決める

この人

と決める

信じきる

決定しちゃう

ってのは、

私は意思だと思うんです。

 

迷うことに決めてるのも自分

これと、決めたのも自分

 

迷い癖があるのなら

いっそ、誰かに決めてもらった方がいいんです。

 

 

誰かに決めてもらっていた時代の人の方が

今の人よりもストレスは少なかったのでは?

 

選択肢が多すぎるなら

選択するための頭がないと

しんどいだけです。

 

あれこれと

メニューを思案した結果

机に並んだのは

「本日のおすすめ」ばかりでした。

 

 

選ぶことに疲れ果てた

メニュー決め担当が

「じゃ、おすすめで全部お願いします」と。

 

十分美味しかったんです。

2014.06.20明日から産休に入ります←私じゃありません(--:)

当院の受付の松本桃子が明日より産休に入ります。

「足の付け根が痛くなってきました・・・」

 

そろそろ、ですね。

そんなギリギリまで働かせ。。。。

決して鬼ではありませんマネージャー(><)

 

松本の出産予定に合わせて

患者の皆さまや、既に出産を終えたママ友達から

松本に山のように

出産グッズを下さいました。

 

松本のことを大事に思ってくださっている

皆様に心から感謝しています。

嬉しい。

 

半年前くらいには

「一年半くらいゆっくり子育てしなよねー」

とか余裕で言ってた私。

 

しかし、産休の日が近くなるにつれ

「あのさ、もっとはやく戻ってきてくれん?」

「赤ちゃん私が見てるからさ、早く戻ってきてくれん?」

と顔見るたびダダをこねております。

 

人間せっぱつまらないと

焦らないものです。

 

産休に入る前に松本には

あれもこれもと引き継ぎ事項をまとめてもらい

毎日遅くまで残ってもらってます。

「だいじょうぶで~す!!」

とにこやかな松本に甘えっぱなしです。

 

明日より松本しばし

医院からいなくなります。

患者の皆様にもしばらくご迷惑おかけすることもあるかと

思いますが、

どうぞ変わらずのあたたかいご理解いただけると嬉しいです。

 

今週土曜日は

診療後、松本を囲んで壮行会です。

肉、食べてきます。

2014.06.20つけあがる、という言葉は苦手です。

先週ある男性が多い会でお話させて頂く機会がありました。

きっかけは、

「吉本歯科医院のような雰囲気作りをどうやって作ってるの?」

と聴いていただいたことから、です。

 

12人の男性経営者の方と

社員さんの女性が4人いらしたのですが

何気ない会話を聞いている時に

「ああ、はっきりわかれるんだな」

とすぐに感じました。

 

母性型的思考をする男性

父性型的思考をする男性

母性型的思考をする女性

父性型的思考をする女性

 

それは

ある言葉ではっきりと

わかるのです。

 

それは

「褒めるとつけあがるしなあ」

です。

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冗談みたいな話ですが

私は、母性型の話をさせて頂いた時

本当によくこの言葉を聴きます。

 

男性からだけでなく

女性からも、です。

そして、子供を育てているお母さんからだって

この言葉を聴きます。

 

ちょっとかなしい。。。。

 

私はいつも人の心の中には

コップがあり

その中になみなみと愛情という成分の水が

溢れている状態にしていたい

また、いつだってそうやって自分の心を満たして

おかなきゃいけない

と思っています。

 

愛情のコップが

かつかつでカラカッラの時に

人は他人に対して優しくなれないばかりか

同じ現象を見ても「悪いようにしか捉えることができず」

同じ現象を聞いても「悪いようにしか聴こえてこない

から、です。

 

自分の愛情のコップがからからな時は

他人から愛情という水を欲しがります。

ないものは、欲しいから、です。

必死でもらおうもらおう

と願うわけです。

しかし、愛情がからからの時に

「愛情をちょうだい、ちょうだい」と欲しがる言葉や態度や動作は

誰がどう見ても

「かわいげがなく、ひねくれてて、攻撃的」なもの、です。

だから、誰もくれないのです。

 

大事にしてよ

愛してよ

もっとかまってよ

もっといろんなものちょうだいよ

 

こうやって求めてばかりの人には

人はえてして冷たいものなのです。

 

 

ますますカラカラに渇く

という負のスパイラルに入っていきます。

 

自分の心の中のコップに

愛情という成分の水がたっぷり満たされるなあ

という時の心模様は

安心しています。

 

あれもこれも

欲しいとは、思わない

他人の声が気にならない

他人がやけに自分に優しくしてくれるなあ

と感じる

、、、、とこんな感じです。

 

逆に、

コップがカラカラの時は

さらにわかりやすいです。

あれもこれも欲しい

他人と比較ばかりしてしまう

「なんでもっと私を大事にしてくれないのか?みんな・・」

と感じている。

さらに具体的に言えば

体調不良に本当になってしまうのです。

 

 

ストレス社会、と言われる今に生きる私達は

ほうっておけば

一日のうちで

愛情成分の水を注いでもらえることは

少ないです。

 

家庭でも

職場でも

人間関係でも

 

 

むしろ、ただでさえカラカラなのに

「もっと頑張りなさいよ」

「みんなやってるんだから、もっともっと!!」

とお尻を叩かれてることのほうが

多いかもしれません。

 

職場もどんどんキツイ場所になってきています。

働く側もきついけど

雇う側もきつくなったのです。

 

ゆとりが、消えたのです。

 

だからこそ、

母性型経営

と私は声を大にして言いたい。

 

褒めてもらう

ということは

自分のことを

ちゃんと見つめてもらうということです。

見つめていないと

褒めることはできません。

 

いいところを見つけるということは

相当いつも見てないと見つけることはできません。

 

見つめる

の下には

愛情があります。

 

この人を大事にしよう

大事にしたい

大事に大事にして

ずっとそばにいて欲しい

という気持ち

 

テクニックでは、ありません。

ほめれば、いいことあるんですか?

という質問も

やはり、おかしいのです。

 

今は、ハウツー社会なので

なんでも

「こうなったら、こうなる」

というのが受けますが

ハウツーでは、心は満たされない morishita_18.jpg 

 

母性型では、こう教えてもらいました。

自分の心はもうとっとと自分で満たす

そしてそれができるのは

女性

 

女性は自家発電可能

男性は女性により充電しなきゃエネルギー充電できない存在

 

女性は自家発電の方法を

はやく知り

男性は

エネルギー充電してもらえる

充電器のような女性に愛される方法を知るのです。

 

 

とってもシンプルなんです。

 

morishita_20.jpg

愛=言葉

です。

言葉は先に自分から、です。

 

こうしてもらったから、ありがとう

ではなく

ここにいてくれることにまずは、ありがとう

です。

 

先に、言う

先に、自分から言葉を出す

ということが

愛情の先出しです。

 

なんでも

先に言ったほうが

気持がいいのです。

 

快感なのです。

先に言われると

その言葉に反応し

優しい気持ちが相手から返って来ます。

 

 

「は!そんな甘い世界で生きてないんだよ!

生きるか死ぬか

やるかやられるか

って世界に生きてるんだ」

という中で頑張っている方がたくさんいるのも

知っています。

母性型勉強会にも

面白いほど「競争世界で大変なんだ!!」という

価値観で生きてるしんどさを語ってくれる方は

やってきます。

でも、しんどそーなんです。

どう見ても

どう見ても、くたくたで

どう見ても、あと10年たったらこの人大きな病気なるだろうなあ

とにおっちゃうのです。

 

 

いけいけどんどん

競争競争、勝て勝て勝て

というのはもうしんどいんです。

男の人だってもう苦しくなってきた。

 

30代、40代で

「母性型思考」な男性は

いま、しんどいです。

大きな組織の中でいればよけい

しんどいです。

 

「もっと頑張れ」と言うけど

もう頑張れない

「もっと勝て、もっととってこい」

と言われるけど

その思考そのものが

もうしんどくってしょうがない

 

もうもたないんです。

そのまま競争社会で

やるかやられるか

競って勝つか負けるか

の世界で

あいつよりおれ

あの子よりわたし

という価値観では

もうしんどいんです。

 

 

勝つ人がいるなら

負ける人が、必ずいるんです。

負けた人は、勝った人を恨みます。

そして勝った人は、その恨みにまたやられます。

その繰り返し。

戦国時代です。

 

しんどくなって

くったくたになって

誰も信じられない

隣の人も信じられない

心の中を誰にもオープンにできない

のはしんどいのです。

 

 

そうじゃない

価値観で、ちゃんとやれてく世界が

あるんです。

 

相手を疑ってかかって今日という一日を

生きていくのは

しんどいです。

先に、信じた方が楽なんです。

 

信じて、愛情を注ぐ

方が

よほど楽なんです。

そして、疲れない

 

ああ、今日も忙しかったなあ

と肉体疲労はありますが

「誰も信じられなかった一日」よりも

はるかに満たされるのです。

夜10時には

雑巾のようにべったり気持よく眠れるのです。 

 

 

朝、気持よく目が覚めて

朝の風景が心地よく

日中は余計なこと考える暇もないほど

心も体も動かして

夜おいしいご飯を食べて

布団にはいって

1分でバク睡。

 

こういう人は今、なかなか少ないのかもしれません。

いつも頭の中に不安の案件が残って

神経疲労している人は

神経が疲労すると同時進行で

肉体だって疲労しているんです。

 

 

自分が毎日顔を付き合わせる人達に

先に愛情の言葉を注ぐんです。

「おはよう」

からはじまって

どんなことでも

「ありがとう」

「助かったわ」

 

どんなリアクションもないよりは

あったほうがいいのです。

 

ほめると

つけあげるしなあ

という言葉が思わず出てくるのは

さみしいこと、です。

 

人は自分がしてもらったことしか

他人にしてあげることは

できません。

 

人に溢れるほどの愛情の言葉が出てこない

ということは

自分もまた注いでもらっていなかったのかも

しれません。

 

たくさんの優しい言葉をもらって

たくさん優しい言葉を自分も出して

愛情のシャワーのかけあいを

したいんです。

 

 

いい暗示のかけあいっこを

するのです。

そういう場には

自然に、同じような人が集まってきます。

 

 

愛情のシャワーを

「もう、おなかいっぱい」ってほど

みな、欲しいのです。

 

人は皆、飢え渇いているんです。

私は、そのことを知った時

脳みそがスパークするほど

目が覚めたんです。

 

満たすべきは

まずは自分の心

そして次に、相手

です。

 

順番が逆になると

自己犠牲しちゃって苦しくなります。

 

自家発電装置にスイッチを。

 

次回、母性型勉強会、日程まもなくお知らせしますね。

 

2014.06.20なぜ動きやすいのか?理由がわかりました

yoyaku.jpg

フォームの始まりフォームの終わりフォフォームの終わりフォームの

マネージャー、生きてる?

と患者さんに言って頂きました。

フォームの終わり

フォームの始まり

「え?なぜ?」

フォームの終わり

フォームの始まり

とお聞きすると

フォームの終わり

フォームの始まり

「ブログ更新してないから」

フォームの終わりフォームの始まり 

フォームの終わりフォームの始まり

はい、ちゃんと生きてます。

フォームの終わり

フォームの始まり

「蒸発したのかと思った」

フォームの終わり

フォームの始まり

と言われ

フォームの終わり

フォームの始まり

そんなキャラなのか?と少しガーン。。。ォームの終わり

フォームの始まり

 ォームの終わり

フォームの始まり

当院の受付松本がフォームの終わり

フォームの始まり

まもなく産休に入ります。

フォームの終わり

フォームの始まり

あと、5日でいなくなっちゃいます。

フォームの終わり

フォームの始まり

うっ(泣)ォームの終わりフォームの始まり

 フォームの終わり

フォームの始まり

そのため、吉本歯科医院ではこの一ヶ月

フォームの終わり

フォームの始まり

診療時間を週に2、3回削り勉強会を必死でやっています。

フォームの終わり

フォームの始まり

私も普段使う脳みそと違う脳みそを使っているせいか

フォームの終わり

フォームの始まり

やたらお腹がすきます。ムの終わり

フォームの始まり フォームの終わり

フォームの始まり

松本が平成20年に入社してくれてから6年間

必死になって作り上げてくれた

患者さんに対しては「感じのいい応対」

そして

院長に対しては「余計なストレスを感じさせない」という配慮

そして衛生士さんたちには

「動きやすいように」

松本なりにカスタマイズした細かい気配りの数々があります。

 

そして何よりも

私にとっては自分の仕事に専念できるための

数え切れないほどの気配りの作業を

松本は自分なりに作り上げてくれていました。

 

今、受付業務を

松本から、松本がいない間を守ってくれる井上さんへ

伝授。

 

診療室の中では

カウンセラー 森下が、衛生士さん達に「自分ひとりでもレセコン入力が完璧にできるようになる」ように

指導してくれています。

全体を理解し、それぞれがどう動けばスムーズになるのか

ぱっと絵が描けるのがこの森下です。

 

素晴らしき講師の2人を見ながら

ただただ、「お見事!!」

と感動するマネージャー。

松本が予約の取り方を伝授した時の内容を

井上さんがノートにとりまとめ翌日

自分なりのマニュアルを作成してきてくれました。

その写真がこちら↑

 

誰が見てもわかりやすく

ここが大事なポイント

ここは注意しなくちゃいけないこと

など、しっかり記されています。

 

 

一番上の最も重要なことは赤字で

書かれていました。

 

「院長が動きやすいようにすること」

とありました。

 

松本の口からは

こんな言葉がいつもたくさん出てきます。

「院長が患者さんの治療に集中できるような予約体制を

「院長によけいな神経を使わせないように」

「患者さんをお待たせしないように」

「中の衛生士さんたちが動きやすいように」

 

彼女から出てくる言葉には

「自分がやりやすい」

ということより

「相手がどうしたら快適か?」

という視点がいつも、あります。

 

一時が万事で

彼女の仕事はすべてこの意識です。

 

 

松本がいない間

一番困るのは実は私です。

今まで松本が水面下で

全部引き受けてくれて

「はい、マネージャー、どうぞ」

と目の前に用意されてきたものが

なくなってしまいます。

 

なので、とりあえず

松本が水面下でしてくれていた

気配りの数々の作業をリストアップしてもらいました。

 

松本の頭の中にあるものを

全て書きだすと膨大な量になります。

 

マネージャー、自分で自分のことは

しなくてはいけません。

 

 

人間快適な環境に一度身を置くと

なかなかそこから抜けられないもの、です。

 

 

さ、今日も今から

勉強会です。フォームの終わり

フォームの始まり

 

 

松本がいない間、吉本歯科医院の受付を守ってくれるのは

井上さんという女性です。

吉本歯科医院の事務方を一気に引き受けてくれていた女性です。

 

お越し下さる患者の皆様に知っていただき

松本同様、優しく接して下さるとこれほど嬉しいことは、ありません。

どうぞよろしくお願い致します。ムの終わり

母性型経営(R)のススメ 香川県 高松市 吉本歯科医院

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