吉本歯科医院

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歯を抜きたくない削りたくない方、薬で治す虫歯治療、歯周病治療、インプラントや入れ歯治療なら咬み合わせ専門歯科の吉本歯科医院。香川県高松市。

香川 高松 吉本歯科医院
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2015.07.15悩んでいる人と考える人の違い

悩むことと
考えることは
違います。

悩む=同じところを何度もぐるぐる回ってること
です。
yobou_11.jpg


悩んでいる時に消費されるものは
時間と
お金と
精神の消耗と
です。
精神が消耗してるので
肉体のエネルギーも一緒に消耗してます。


たったの1歩も前に進むことは、ありません。
目の前の問題は
何ひとつ、解決されることはありません。


悩んでいる
いつも同じところでつまづいて
いつも同じところで反応して
ぐるぐるぐるぐる回ってる人は
よく泣きます。
本当に、よく泣く。

共通した特徴だと、思います。


「いい話や!」と感動して思わず涙が出るさわやかデトックスな涙ではなく
「わたし、こんなにつらいの、我慢してるの、わかってよ」的な涙は
種類が違うのです。


泣いていると
周囲は
慌てます。


「かわいそうに」
「そんなに苦しいんだ」
と、慌てちゃいます。


でも、いつもいつも泣いてると
そのうち周囲は
あきれます。
そのうち、しらけてくるんです。
kaisetsu_9.jpg


泣いちゃうと、
他人の時間を奪うのです。
自分が泣くと
泣いてる人を見ている人の
時間を奪うのです。


何か問題が起こった時
自分の心がざわついた時
モヤモヤすることが起こった時
つらいことに直面した時

自分でちゃんと考える習慣がある人は
泣きません。

冷徹なのではなく
問題が起こる=考える

という思考回路が習慣になってるから、です。

これに対し
悩む人は

問題が起こる=思考停止=パニック=泣く


泣いてる時は
成長はありません。

泣いてる人は
「かわいそうな私」に自己陶酔してるので
永遠に止まってるままです。

つねに
考えることが習慣の人は
泣いてる場合じゃ、ないから、です。

泣いてる時間があったら
考えて、すぐ動くんです。


泣いて
溢れる感情の中に埋もれて
巻き込まれて
自分のペースを一気に壊し
他人まで巻き込んでいくんです。


自分の大事な時間を
恐ろしく消耗していることに
気がつかない。



泣いても問題は解決しません。

泣いる姿を周囲に安易に見せることは
「あの人すぐ泣く人、よく泣く人、同じところでぐるぐる回って止まっている人」
と印象を与えていることに
気がつきません。

子供じみてるな
って印象を与えてしまうことに
気がつきません。



涙腺がゆるいの
という問題ではなく
泣いちゃうってことは
その心の奥に
自分の問題に向き合わなくてすむから、です。
いますぐどうにかしなくても、すむから、です。



泣かないといけないような状況になったのは
何が原因か?


自分のことなのか?
それとも自分以外のことなのか?
自分以外のことなら、どうしようもないことを
悩んでもしょうがないや
となるかもしれない

悩んでもしょうがない
と思えない
割り切れないようなことなら
自分の心の中にその原因があるんです。


どんなに顔がきれいでもかわいくても
すぐに泣いちゃう
同じところでグルグル回って悩み続けていると
あっという間にエネルギー消耗してしまいます。


対人関係が原因で
いつも悩んでいる人が、います。


近い関係がうまくいかなくて
いつも悩んでいる。


逃げることができない関係ゆえに
堂々巡りに悩んでいる。
職場や
夫婦や
恋人同士
友達関係


相手の欠点ばかりが目につき
腹が立ってしょうがない
だから、すぐに衝突です。


近い関係の衝突は
相手の欠点が目についてしょうがないことから、起こります。

しかし、相手の欠点は
自分の欠点が鏡になってうつっているだけ、です。
出方が違うだけ。


衝突する時は
頭に上った血を下に下に下げなきゃいけません。

カーッと、なって怒ったり
何かを言われて必要以上に落ち込んだりする前に

冷静に
冷静に
冷静に

ちょっと深呼吸して

これだけ相手が気に入らないってことは
相手の何かに自分が反応してるわけ、です。

人との関係は
特に近い人との関係は
網の目のように自分自身の心の中に
組み込まれています。


相手との関係が悪い時
近い関係がうまくいかない時
相手をどうにかしようとするよりも
自分の心の中でグジャグジャになってる糸を
先にほぐしていくんです。


糸がぐちゃぐちゃなまま
どうにかしようとしても、無理なんです。
また、同じところで糸がぐちゃぐちゃになるんです。


自分を縛っているものは、何か?
苦手な相手がいるなら
恐怖する相手がいるなら
それを怖がっている
それを苦手だと思っている
自分自身をまず、解決するんです。


自分を縛っているのは
夫でも
妻でも
家族でも
職場でも
ないんです。


自分で自分を縛ってるんです。
きゅうきゅうに縛ってるんです。
shibaru8.jpg

自分で縛ってるんだ
他人が自分を縛ってるんじゃないんだ
ってことに
気がつけば

悩まなくてすむんです。


悩む人は
自分で自分を縛ってます。


自分で牢屋に自ら入っていって
頼まれてもないのに
自分で中から鍵をかけちゃうんです。

鍵をかけて
さらに牢屋の中で
自分を縛る


縛られたまま
ハッピーには、なれません。
のびのびしてないので
窮屈な人ばかりが、なぜか近寄ってくるんです。

ますます悪循環。kaisetsu_6.jpg

類は友を本当に呼び寄せます。
面白いほど。
似たもの同士の法則は、あるんです。


からんだ糸は
ほどけるんです。


いちどほどけたなら
あれ?なんであんなに糸がぐちゃぐちゃに絡んでたんだろ?私?
ってくらい
さわやかな気分に、なるんです。


自分の糸を、ほぐす
じっくり、ほぐす


ほぐすことは
苦痛じゃなく
快感なんです。


ほぐすために
泣いてる場合じゃ、ないんです。
そんな時間は1秒も、ないんです。



■次回母性型勉強会
2015年7月28日(火)18時30分~20時30分
高松国際ホテルにて
会費:3,000円(夕食代込み)

母性のものさし

2015.07.12面倒なことの向こうに、お宝は眠っている

大阪に勉強にいってました。
遠く熊本からも、若い女性がきて勉強してました。
休日でもスーツにネクタイをきちんとした姿の男性。

必死で何かを掴み取って帰ろうという目が
一言も漏らさないように聴き取ろうという耳が
自分に向けて声をかけてもらえるように自らの姿勢を正す背中が

そんな姿がたくさんの中に身を置くと
体中の細胞がピキピキと目を覚まします。


大笑いしてるんだけど、背筋が伸びる。


「もっと知りたい、もっと教えて欲しい、もっともっと」
そう、なってる状態は快感です。

時間の感覚は消え
夢中になってる瞬間

みんなが話しの中に惹きこまれ
「言語化できないこと」
必死でイメージし
それを共有しようと時間を、場を作っていく


私は、過去にこんな時間を過ごした時期があり
その恍惚の時を思い出しました。


大事なことは
言葉では言い尽くせません。


場を共有する
ってできそうで、実はできません。


本当に共有できてるって状態は
そこにいる人の心が「目に見えないもの」を
必死で感じ取ろう受け取ろうとする意識が響き合う瞬間です。

うまくは書けませんが
いっせいのうでっ
と意識を合わせていく、息を合わせていく、目を合わせていく
そんな具合だと思うのです。


みんなが意識をあわせることが奇跡的にできた時
その場は、もう絶対に「その場にいた人しか味わえなかった恍惚の時間」
になるんです。


後で言語化できないんです。
言葉にすると
うそ臭くなるから
誰もみな、その場にいた人は
多くは語れなくなる。


「感動しました」
「よかったです」
「面白かったです」
なんて、言葉は絶対でてこないんです。

言葉にした瞬間に
その奇跡的な体験の記憶が
うそっぽいものになってしまうから、です。


人生は、自分の中に眠るお宝探しのようなものです。
宝は、ネットを見てるだけでは
見つけることはできません。


面倒くさいなあ
人と会うのしんどいしな
寝ていたいしな
楽したいしな
気が進まないしなあ

って、ことは
つまり面倒くさいこと、です。


でも、面倒くさってことの向こうに
実はお宝が眠っています。


いざ、自分を成長させよう
あんな風に自分も近づいていきたい
あんな風にかっこよくなりたい
あんな言葉がさらり出てくる中身を作りたい
そう思った時、

それでも
ほとんどの人は
「でも、ま、今はいいや、そのうち」
「また、その気になった時に」
「今は忙しいし」


となり
変化しようと、決めたことを
あっさりやめてしまいます。

珍しいことではなく
それが普通です。

人は、一度決めた後に、そこからもう一度迷うのです。
それが、普通
それが、あたりまえ

です。


眠っている宝ははやく回収した方が、いいのです。
私は、そう思う側です。

死ぬまで回収されずに海の奥深く眠ったままになってる宝が
いっぱいあるんです。


宝ははやく回収するには
「ああ、面倒くさいな、もっと楽して自分をぐっといいところにいかせられないかなあ」
って思っちゃうようなあえて面倒くさいことを
とにかくバリバリやることです。

あえて、足を向けることです。


人は、あっけなく感化される生き物です。
一緒にいる人に
環境に
あっけなく感化されるんだ、って特徴を存分に使い切るんです。

この人に感化されちゃおう
この場に感化されちゃおう
って、高いところに引き上げてくれる人に
場に向かえばいいんです。



めんどうくさいからやめちゃおう
苦手だから、やめちゃおう

これは習慣です。
癖です。


40年なら40年生きてきた中で
必ず同じ決断をしなければいけない瞬間に
めんどくさいから
やめちゃおうって方向を安易に選んできた人は
「やめちゃおう、めんどうくさい」って道にどんなに頑張っても
行ってしまうのです。

頑張れない
踏ん張れない
怖いから逃げる
という方向に
どうしても足が向くのです。


そんな自分を知って
力技で右に行きそうな足を
大汗かきながら左に向かわせようと自分で矯正することが
勇気、です。

最終、勇気しか、ありません。


あとは覚悟です。


今までと違うパターンをとると
周囲はびっくりして足を元に戻そうとします。
「なんでそんなめんどくさいことするの?遊ぼうよ、しんどいよ」
と。
こうやって元通りに戻そうという力が反作用で働くのです。
なんでもそうですが
高いところに行こうとするには努力がいりますが
低いところに流れるのは努力はいりません。
一瞬です。
あっという間。

それまでどんなに頑張っててても
一瞬で、低きに流れるのです。
あっけなく
あっという間に。


人は、いいほうに変化するのには時間がかかりますが、
落ちるのは本当に一瞬です。
それは、誰しも一目瞭然です。



そんな大層な話じゃなくても
今日という一日の中でも
小さな勇気と覚悟が必要なシーンはいくらでも
あるものです。




怖いけど、やる
やった向こうにしか、お宝はありません。
小さなことから、大きなことまで
全部同じです。


苦手なこと
面倒くさいこと
怖いこと
緊張すること
全部これ、です。



言い訳は、いくらでもできるんです。
自分がやらない言い訳は、いくらでもできるんです。
言い訳は、周囲は納得してくれます。
「そういう事情なら、しょうがない」
と。

でも、自分だけは知ってるんです。

面倒くさいことから逃げた自分を。
また、自分と向き合うことから逃げた自分を。


楽な方に楽な方に流れていくほうが
今日は、楽ちんです。確かに。

でも、後でしんどいんです。

前半で大変か
後半で大変か
はたまた
前半後半ともに大変か


面倒なことを
「はいはい、行きますよやりますよーどんどんいきますよ」
ってことが癖になってると、
後、楽なんです。


でも、面倒なことから逃げて
自分を成長させることから逃げてばかりいると
後半、惑うんです。
迷うんです。
自分の中がすっからかんで
周囲に誰も人がいなくて、戸惑うんです。

周囲にいる人は
自分と同じように「面倒くさいことやだな」って癖を持った人ばかりなので
誰も助けてはくれないんです。


自分のことを助けることはできない人が
他人を助けることなど
できないんです。
そんな余裕ありません。


自分の可能性や、自分の知らなかったようないいところ、能力を
拡大してくれたり、教えてくれるのって
つまるところは、自分以外の他人です。


だから
私は、この人が、こうだよって教えてくれたことは
その通りするし、
ここがいいよ、って教えてくれたら
迷わず行きます。


次は、ない、
今しか、ない、といつも思ってるので
その時が、「今」です。


自分の準備ができたら
その時には、やるわ、いくわ
って思ってる人には
永遠にその瞬間はやってはきません。

砂時計はどんどん落ちてるんです。

残り時間は
カウントダウンなんです。


走りながら、考えたらいいんです。
迷うなら、とりあえず走りだしてから、迷ったらいいんです。
止まって考える
なんてことは、ありえないんです。

禅は、止まってないんです。
動いてないと禅にはならないんです。
心は止まってはくれません。

頭の中を無にしましょう
って、難しいですよね?

「無、無、無・・・」「考えない、考えないように」って
考えてしまいますよね。


やろうと決めてもやれない自分
やろうとしても続かない自分
きのうはいいと思ったけど、今日は違うと思ってる自分
これが、自分の正体です。

だから、心と一緒にとりあえず動き出しておくんです。
心は体の中に内臓されてるので
とりあえず、一緒に乗っかって動いておくんです。

あとは、動いてから、考える。
動きながら、必死ですかすかの穴だらけの自分を埋めていけばいいんです。


やるべき瞬間にやっておかないと
後になって、その瞬間は二度とやってはきません。

人生、思い立った時がその時
いつだって、やろうと思えばできるんだ
なんて噓です。


ただ、先延ばしをしただけ。
勇気を先延ばししただけ。
そして、時間がたてばたつほど、
勇気が消えていくんです。
本当は怖くないことが、妄想の中で
恐怖だけが巨大になっていくんです。
そのことを、自分は本当は知ってるんです。
きっと、知ってる。



今、どんどん成長しいて
自分が立てたあの向こうの方の旗に向かって走っている人は
もし、あの時、行ってなかったら
もし、その場にいなかったら
今のこの現実は絶対になかったな、ということばかり、だと思います。


そういう意味では
その時その時出会っている人の言葉を信じてる、信じきってる
信じきってきたんだと思います。


一瞬でも、自分でこう、と考えてはないんです。


自分が考えることなんて
たいしたことないと思ってます。


自分よりずっと高いところにいる人の深さは
低いところにいるうちは絶対にわかならいんです。
頭ではわかっていても
感じることが、できない。

だから、
価値観はより深い人に合わせていくんです。

自分なんてものは
さて、置いておいて
ぐぐぐっと、深い人に合わせていくんです。


合わせるることなどできないけれども
合わせられるように
必死で
耳を澄まし
目を開いて
心を開くんです。
そして、まるごとしみこませる。


そうやっていくしか
自分を深めていく方法はないんです。


信じる
って言葉は実はいらないものです。
言葉ではしょせん人は動けません。
理屈じゃないところで
動いているんです。


もうすでに信じきってる人には
わざわざ信じないといけない
という言葉も
信じられない自分がいる
という言葉も
ないから、です。


信じていく
っていうのは
相手の問題ではなく
対象物の問題ではなく
自分の取り組む心の姿勢の問題です。

つまり、私の心の問題。


主体的に取り組んでいくぞ
という姿勢です。
心を開いていくぞ、という心の中身の話です。



誰かすばらしい先生のところに勉強に行くことも、
実は自分の心を必死で耕しているという行為なんです。



それは、それは
快感。


ひとつのお宝を見つけ出したら
芋づる式に
あっちにも
こっちにも
見つけ出すことができるようになります。



もし、生まれ変わることができるとしても
今回のこの人生は一回限りです。


周りの人は、自分には優しいです。
「無理しなくてもいいよ」
「頑張らなくてもいいよ」
「もっと楽に生きよう」
「いつでも、チャンスはあるよ」
「そのうち、よくなるよ」

そうやって
耳に心地いい言葉は溢れています。


でも、その人は自分を助けてはくれません。
迷って困っていき詰まってぐるぐる迷路にはまった時、
「大丈夫?」と声をかけてくれても
その迷路から出る方法を教えてはくれません。
親でも夫婦でも子供でも友人でも肉体に入り込んで
自分とチェンジしてくれることはできないんです。
自力で出なきゃいけないんです。


そして、今も昔もこれからも
人から求められる人は
「自分のことは自分でどうにかできる人」
です。

自分のことは自分で元気にするんです。
自分が穴に入ったら、自分で出てこられるようにしておくんです。


元気をちょうだい
癒しをちょうだい
愛情もちょうだい
私はなにもできないから
なにもかもちょうだい
な自分は、しんどいんです。



ああ、面倒くさいなあ
長い道のりだなあ
ってことに、前のめりで取り組んでいくことは
その向こうに必ずお宝があります。


自家発電できる自分になるか
いつも誰かに電気をもらわないと消えちゃう自分になるか


自家発電できる人は
エコなので、引く手あまたです。

自家発電できる人は
余裕があるんです。

かつかつからからでは
いつもちょうだいちょうだいって
てんてんとしなきゃいけない


面倒なことはとっととクリアして
「あれ?大変だと思ったけど、やってみると快感かも??」
って状態にはやくもっていくんです。


学校卒業したら
自分を躾(しつけ)てくれる人は世界から
消えます。


躾けてもらえる場がある人は
こんな幸せなことは、ありません。


お宝を探しに、えんやこら。

2015.07.07相手が嫌がることを知る

「昔は瞬間湯沸かし器だった」
と、私のことをそう表現する院長。


やってる仕事に対して
その中身に対して
何の知識もないから
自分の知ってる範囲内で、
自分の経験の範囲内で、
自分の持ってる常識の中で、

「なんでそうなの?」
「なんでよなんでよ?」
感情だけでワーワー叫んで
文句を言ってる。
uehara_4.jpg

いつも不機嫌
いつも怒ってる
いつも、文句を言ってる

感情だけで
論理的な話にならないから
議論にもならない。



当然疲れる
当然ストレス


一番近い存在の私に
横でワーワーと感情のみで
文句を言われる

だから、瞬間湯沸かし器のようだった

と、結婚してすぐ一緒に仕事をしはじめた頃の私のことを
そう、言います。


今、タイムマシンがあったなら
私は、12年前の私にアドバイスをしに行きたい
そう、思います。
kaisetsu_10.jpg

今なら
上手にアドバイスできる、きっと。
自分がたどってきた道を
こうしたらしんどいよ
こうしたら後でこんないいことあるよ
と教えてあげるんです。


あの手この手で。


もし、私が院長とは別に仕事をしていたり
または、仕事を一緒にしていなかったとしたら
うちの夫婦はとっくに破綻してたと、思います。


あなた稼ぐ人
わたしもらう人

の関係だったとしたら
私はきっと、やってることに理解をしようともせず
知識もないから、はちゃめちゃなこと言って
感情だけで文句を言って
ストレスをかけ続けていたかもしれません。
そして
きっと
仕事ばっかりして
とか
子育て私ばっかりにさせて
とか
なんで私ばかりこんなにしんどいの
とか
言ってたと、思う


恐ろしい話です。
想像しただけで
つまらない毎日です。


子供が赤ちゃんだった頃ですが、
背中におぶって、いろんな勉強会やセミナーに
二人ででかけていました。
私だけで行ってたことも、あります。
東京、大阪、福岡と
はたまた海外までも。

お金出して勉強しに行ってました。

時には子守さん連れて
勉強しにいってました。
週末なんていつもどこかでなにか
学んでました。


夜泣きするので
きっと眠かったんですが私
その頃は
脳ミソアドレナリンがでっぱなしで
ランナーズハイ

疲れない。
朝もはやくから目が覚め
あれもこれもと
必死で吸収するのが面白くて
たまらない状態。



やってることを
知らないことには
話にもならない

そして、

頭の中を一緒にしておかないと
仕事はできない
と思ったからです。


歯科のことなんて
なにひとつ、知らなかったし
人を雇うことなんて、さらに知らなかったし
経営するなんて、意味不明??
チンプンカンプーンって感じでしたので
いわば、院長にとっては使えないパートナーって状態でした。
ぶら下がりの奥さん、
きっと面倒臭かったろうと
思いますし
できることならリセットしたかったろうし
子供がいなかったらキャンセルしたかったろうと
推察します。


キャンセルせずに
私が、意識改革をした動機は
心の奥に
「いまに見てろよーー」という
下心があったから、です。


感情的に文句を言ってるだけしか能のない私から
「いないと困る」と言わせてみせるという
野心メラメラ。


正直上の子は
どうやって5歳くらいまで育ったのか
記憶にないくらいです。
背中おぶっていつも何かしてましたから。


感情的な父の影響を
良くも悪くも大きく受けて育っている私ですので
それを自覚していました。


頭のいい人は、
感情だけで文句を言う人が
嫌い
です。


知識がないから
何ひとつ、頭の中にないから
自分勝手なその日の感情だけで
ワーワーと訴えてくる

そういう人間と一緒にいることは
賢い人は、
本当に苦手なのです。


感情だけで
騒ぎ立てる奥さんは、えてして男性は苦手です。
逃げたくなる。

だから、
外でちゃんと話ができる人と通じていたくなる。
これは、当然の行動です。


現にうちの院長は
瞬間湯沸かし器状態になった私になった時には
きまって第三者を家に呼び
いつも3人で話をしてました。
仕事の話でヒートするのですが
意見が合わなくて私がいつもカッとなる。


3人で話すと
感情が落ち着くんです。

「こらこら、まてまて私」
と落ち着く。


知識がなく、理性がちゃんと働かないと
感情のコントロールができなくなる
のは、自分で経験済みです。


それは、
しんどいのです。
自分もしんどい
関わる相手もしんどい。


勉強していくと
いろんなことを深堀していくと
感情の波が落ち着くんです。
そういうことを
体験していきました。



感情的に話されると
男性はどうしていいかわからなくなるそうです。

だから、逃げたくなる
だから、居心地が悪くなる
だから、ストレスになる


結果、家が充電基地ではなくなるので
明日への仕事のエネルギーが補充されず
パフォーマンスも落ちるのです。
経営者であれば
「さあ、やってやるぞ!」という気力が
湧いてこないのです。


充電基地がないから。


女性は感情的な生き物ですが、
感情をコントロールして自分を上手に
相手に受け入れてもらうためには
やっぱり
勉強がいります。


知識があれば
やってることのすごさが理解できれば
決して感情だけで
ワーワー文句を言ったりすることは
できなくなります。


浅いところにいる時には
より深い人の話は意味不明なのです。

わからないから
カッとする
わからないから
「なんでもっとこうしてくれないの!」
と怒る。


感情的な人は
賢い人は嫌いです。


一番損をするのは
目先の感情でカッとなり
大事な関係を壊してしまうこと、です。

壊してしまう
というのは
「この人とは話ができないな。疲れるな」
と愛想ををつかれてしまうこと、です


人間一度「この人とはまともな話ができない」
と認識すると
なかなか
そのカテゴリから出ることはできなくなります。

誰だって、
疲れる人とは話したくない
疲れる人とは仕事したくない
疲れる人とはかかわりたくない
と思うから、です。


夫婦でそうなったら、
もう当たり障りのない関係でいよう、と
お互いが思ってしまいますので
発展していく力も湧いてきません。
力は2倍3倍どころか
半分
もしくは3分の1くらいまで
落ちちゃいます。


カッとなって
感情的になる習慣は
私は書くことで
かなり修正されました。


普段話してるしゃべり言葉が
ずれにずれてる時って
やっぱり書いてる言葉もずれているんです。

この人、なんか言ってることおかしいな
ずれてるなあ
って人は
メールもらった内容もやっぱり
ずれてるんです。
自分の中にあることを
口で出すか
文で出すかの違いなので
やっぱり、リンクしてると思います。


だから、お腹の中に思った言葉を
そのまま書いてみると
「あれ?なんじゃこりゃ」と
すぐにおかしさが見えるんです。


話していることと
書いてることは
本当に連動してるなあ
と思うのです。


あ、これは私の個人的な感情だわ
とか
あ、これはどう考えて論理的じゃないでしょ
とか
おかしさがすぐわかる。


そうやって12年もやってると
私も瞬間湯沸かし器になることは
本当に少なくなった、そうです。←院長曰く


勉強していけばいくほど
やってる仕事の奥行きを知れば知るほど
感情でものをいう事ができなくなるんです。

「すごいな」
「自分にはできないな」
「その信念はすごいな」
ってことをたくさんたくさん現場で知っていくと
とてもじゃないけど
その場の感情だけで
ワーワー文句をいうことなど
できなくなるのです。

恥ずかしくって。


そばにいる人が
自分のやってることを理解せず
感情だけで文句を言ってくる人であれば
それは地獄です。


ご主人なら奥さんの存在が。
社長であれば、右腕となる人が、そして身近な部下が


相手を理解しようと努力することは
かならず自分の身を助けてくれます。

実際、私、自分で自分を助けてます。


一人を理解しようと必死で努力していく過程は
同じように100人を理解することになるんです。


まったく異質なものを理解しようとするためには
その違和感や
異質さを
まず飲み込んでみることです。

「う、吐きそう」
「げ、まずい」
「ううん、なんかチクチク痛い」
と違和感を感じながらも
飲み込んでみるんです。


知らないことを新しく知るためには
自分はこうだって思いこんでいる小さな小さな常識を
まずは排除しないといけない。

排除せず、
「だって、こうだもん」
ってやってると
新しいものが入ってこないんです。




10年前には
まったく理解できなかったものが
まったく異質だと感じていたものが
「理解する努力」を重ねた結果
10年後には
違和感なく理解でき、受け入れることができている
理解できているどころか
自分は昔からさもそうだったかのような感覚
という体験は
快感です。


こういうプロセスは
あれもこれも一緒だろうと
他に応用が効くから、です。


一人を必死で理解しようとする作業は
快感なんです。


その一人は
「あの人変わりものだわ」
とか
「あんな人ありえないわ」
とか
「自分とは真逆の人だわ」
とか
「価値観がまったく合わないわ」
って人の方が
面白くやりがいが、あるんです。


一緒だと、勉強にならないし
自分の器も大きくもならない


「はあ????ありえませんわ、この人」
って人を理解しようと必死で努力する工程が
快感なのですよ。



人はある意味鏡ですので
苦手な人や
価値観が合わない人は
逃げたくなるような人は
自分の中に同じ要素があるか
自分にとって勉強になるようなことを
おしえてくれる人でもあったりします。


最初からばっちり
完璧に合う人など、いないのです。

育った環境も
生い立ちも
背負った傷も
隠したいものも
なにもかもが、違うのです。


違うから、理解しようと
必死になるんです。


コップの水と一緒で10年くらいたっても
まだ水はいっぱいにはならないかもしれない

でも、ある瞬間水が溢れる時がくるかもしれない
溢れてきた時には、
「ああ、ここまで注いできてよかったな」
と思うわけです。


相手を大事にする
というのは漠然としたあいまいなものではなく
理解するという具体的な作業です。
相手がやってることを
知る、
知り尽くそうと努力する

できるなら
やってることを邪魔しない
やってることをサポートできるようにする
までいくと
自分自身の相手にとっての価値は
ぐんぐん上がります。


相手にとって
「なくてはならない存在」になると
自分の要求は通りやすくなる
そうすると
居心地のいい毎日が
自分にもたらされるわけ、です。


長い時間をかけて
雲の巣のように
じわじわと糸を張り巡らせていくんです。


相手が心地いいように
相手が嫌がることをしないように

突出したことをしなくてもいいんです。

それでなくても
現代は、夫婦はストレスのかけあいです。
潰し合い
してる夫婦の方が多いんです。
実際私がそれやってましたので
よくわかるんです。


長い時間をかけて
じわりじわりってのが
快感なんです。



あのまま「アホまっしぐら」だったなら
私は10年たっても20年たっても
近い人を理解できないまま
感情だけで文句を行ってたいやな側近です。
こんなにうっとおしくて
こんなにストレスで
こんなに離れたい存在は
いません。


しかも、養わなきゃいけない
なんて、地獄です。


どうせ一緒にいるのなら
頭の中をできるだけ同じレベルにしておくことが
長め安定のコツだと、思います。


若さは一瞬です。
お金も使えばなくなります。


でも、この頭つき肉体の中に貯蓄したものは
誰にも持っていかれません。


一番身近な人の
嫌がることを先に知る
そして
自分を嫌がられない自分に変えていく

そっちへ努力した方が
長い目でみて大事にしてもらえるので
お得なのです。


母性型思考は
長期作戦なんです。


■次回母性型勉強会
2015年7月28日(火)18時30分~20時30分
高松国際ホテルにて
会費:3,000円(夕食代込み)

母性のものさし


2015.07.06面白くなるから、やめられなくなるんです。

友人の話です。

「この本すごいよ」
って話したら
次あった時には
「もう、読んだよ。同じ人の違う本も買って読んだよ」

「この方法、すごいよ」
って話したら
その日の夜には
「今、やってる。なんか、すごい」


「ここ行くと、すごいよ」
って話したら
「行くっ!」
ってすぐ段取りつけちゃう。
nouda_12.jpg



なので、
目に見えて
ほっぷすてっぷジャーんぷ
です。


やってどうなるの?
なんかいいことあるの?

という言葉は、彼女には、ありません。
動くことに理屈がないので
当然、彼女には
いい人がどんどん集まってきます。

困っていても
手を差し伸べる人が
すぐに、でてくる。
nouda_6.jpg


私も、何かに飛びついてる瞬間に
「やってどうなるの?」
「なんかいいことあるの?」
って言葉はどこにもよぎりません。


ただ、やってみよう
と思ってやるだけ


だから、そんな彼女と話をしてると
快感です。
話が通じていく快感。
「そうそう、そうよね」
と言える快感。

たくさん説明しなくても
すぐに奥行きをわかってくれる
快感が、あるんです。
kaisetsu_7.jpg



やってみて
続けてみて
面白くなるまで、やってみる
もっというなら
面白くする


あえて、
面白く感じちゃうように
自分で自分の脳ミソを盛って盛って
盛り上げる。


自分の今日を盛り上げてくれるのは
自分しか、いません。
自分の気分を盛り上げてくれるのも
自分しか、いません。
自分を元気にしてくれるもの
自分しか、いません。


自分を楽しませてくれるのは
自分しか、いません。

どんなに素晴らしい先生がいても
どんなに素晴らしい本を読んでも
受け取る自分が
面白がることができない受信機なら、
何をもらっても

「あー、なんかつまらない」
「あー、面倒くさい」
面白くないから
すぐ退屈するから
続かなくなるんです。
nouda_11.jpg


どんなに宝物がころがっていても
価値を見つけることができない人にとっては
ただの石ころにしか、見えません。


受ける側に
もらえる力がないと
受け取ることができないんです。

「意味わからない」
「難しすぎ」
って、すぐ頭がフリーズしちゃうんです。


何をやっても続かない
打ち込めるものがない
すぐにあきてしまう
すぐ面白くなくなって目新しいものが気になる

それは、
面白くなれる自分を作ってないから。

でも、熱中できるものが欲しいんです
と言う。
でも、信じるものが欲しいんです
と言う。


それは、
自分がソファに座ってポテチ食べてテレビ見てるから
私のかわりに
私の脳みそを賢くするサプリメントを下さい
ってお願いしてるようなものです。


お手軽に
表面的なテクニックだけを
すぐに教えて教えてって
くらいつくのは、
何事も「安易に、お手軽に、手に入る」
と思っているから。
大きな大きな間違いです。


感度良好な自分になるためには
受信機にスイッチを入れ
60兆個の細胞を敏感にして
「見つけよう」
「探しだそう」
「あっちだ」
「こっちだ」
「あ、あそこにも」
と、意識を張り巡らせておくんです。

ボーっと口開けて
「あーー、なんか面白いことないかなあ」
ってしてると
どんなに
素敵な人がやってきても
どんなに
素晴らしいことを
教えてもらってても
全部、右から左へスルーです。


今日いいこと聞いても
翌朝になると
「あー、めんどくさ」
で終わるのです。


「私、やるから!!」と一念発起したのに
すぐに気分が下降しちゃうことを
繰り返していると
そのうち
大事な大事な自分自身から
自信を奪うのです。


「なにをやってもダメな私」
が細胞のすみずみまで
浸透するから、です。
心の奥深くまで
浸透するから、です。



ごちゃごちゃ言わずに
とにかくやってみる
やってみたら
面白くなるように
自分で盛り上がれるように
工夫してみる

もっといえば
自分がやってることを
周囲が見てて
「ねえねえ、何やってるの?なんでそんな楽しそうにやってるの?」
って覗き込むくらい
熱中してやってみる。


多くの人が
「ええー、面倒臭そう」ってことを
逆手にとって
「え?何々?それってそんなに楽しいわけ?
じゃあ、私もやったらよかったな」
って思わせるくらい
楽しんじゃうんです。


楽しいことだったら、続く
とよく言いますが、
違うんです。


楽しめるには
面白がれるには
自分側のレベルがいるんです。


私は、お馬鹿で頭がすっからかんで
何も考えてなく今日をダラダラと
感情のままに過ごしてる時期は
本当に不安でした。


暗黒の20代。


自分の鏡にうつったマヌケ面を見た時に
「こんな自分は嫌だ」
とメラメラとお腹の奥から
何か熱いものが込み上げてきました。


そっからこっちはずっと
込み上げてきた気持ちに
体を乗せて歩いています。
時に走って。


外から聞いた知識で
わざわざ紙に書いた目標に向って、
力が湧いてきたことなんて
一度も、ないんです。


そんなものではないんでしょうか?


だから、怒ってる時や
問題にぶち当たって脳ミソがギューっとなってる時には
力が湧いてきます。


一瞬着火しても
すぐに火が消え
またもとの「いろいろ考えて動けなくなる自分」「何をやっても面白いと感じることができない自分」
に戻るのは

やってみる
面白くなる
快感

までいくまでにやめちゃうから、です。


快感は「気持ちいい」ことなので
人間気持ちいいことは
繰り返したくなるもの、なのです。
麻薬と同じです。

快感なので。


なんでもやってみる
そして
快感になるところまでやってみる

もはやそれをしないと気持ち悪い毎日にまで
やってみる


それをしなかった毎日はどうやって過ごしていたんだろう
って思い出すことさえできなくなるまで
やってみる


そのパターンが自分の細胞に
しみわたったなら
次に何かを取り組む時
「ああ、これも同じだろう」
と、あとは勝手に脳みそがやってくれるのです。

オートマチックなんです。


オートマチックになるまで
やるんです。

オートマチックにしておけば
あとは、
エンジンを切らずに
その快感のレールから決して降りないように
するんです。


自分から積極的に取り組んでいく
自分から世界に心を開いていく
そうするのが
もはやあたりまえになっていくと

面白いことに出会えないことのほうが
おかしいんです。


最初は
自分で自分の受信機を徹底的に
耕すんです。

性能のいい
受信機に。


感度がいいと、
ピンと、くるように、なるんです。
感度がいいと、
なんでも、快感になってくるんです。


不感症は、面白くないんです。

そして、
不感症の人と一緒に過ごさないといけない人は
もっと面白くないんです。

何をやっても
誰がきても
何をもらっても
反応できない自分は
面白くないんです。

自分も面白くない
それに付け加え
関わる他人も
「面白くない」と感じるのです。
だから、離れていく
だから、あきるんです。


感度良好
な自分

自分からつかみ取りにいく自分

そして
あとは、
「ま、どうにでもなれ!」という覚悟。

これでばっちりです。


頭で考えすぎて
がんじがらめになってる時は
のびのびしてて
あんまりタブーがなくて
楽しそうな人に会うと
私は、
一気に体にまとわりついた鎖がはずれます。


「そっか、そっか、しょうもないこと考えてたわ、あほらし」
と笑い飛ばせるから、です。

それくらい
人が大事です。


会う人で
自分はいくらでも感化してもらえます。
そのことを
人は肌で知ってます。


だから
「あの人には会いたくない」
なんていわれちゃあ
悲しいですよね。


いい感化をもらうために
感度良好な自分を。


■次回母性型勉強会
2015年7月28日(火)18時30分~20時30分
高松国際ホテルにて
会費:3,000円(夕食代込み)

母性のものさし

2015.07.03不安で不安で自分以外のみんなはどうやって生きてるんだろうと思う

そうこなくっちゃ


私は、大きく手を叩きました。
若いスタッフ達と話をしている時のことです。


将来が不安なんです。
nouda_3.jpg

若くて本当に可愛らしい子が
こういうのです。

何が不安って
自分でちゃんと稼いでいけるのか?
食べていけるのか?
もし、結婚しても離婚するかもしれない

今のままの自分なら
不安なんです。


不安で不安で自分以外のみんなはどうやって毎日生きているんだろうと
思う


20代の私は、当時ずっとそんなこと
同じように考えてました。


今のようにスマホもインターネットもない時代なので
ここまで情報に溢れて不安材料はなかったけれど
それでも
不安でした。


20年前の私がこんなに不安だったので
今の20代は、もっとさらに不安なんだろと思います。


特にスマホとにらめっこする時間が長い人は
不安な時間はさらに増えているでしょう。


SNSやインターネットの画面では
近い他人の華やかで楽しそうな映像や文章が
どんどんアップされます。


どうだどうだと
楽しそうな華やかな瞬間が映像となって
目の前に現れてくる

光輝いて見えれば見えるほど
自分の影が濃く感じるようになるのです。


隣の芝生は恐ろしく青く見えるものですが
そのことに気がつくには
まだまだ体験が少ないのです。


華やかで楽しそうに見えるお隣さんでも
その実態は、まったく間逆のものかも、しれない。
でも、その実態は、わからない。


自分だけを置いて
みんながどんどん先に先に
楽しそうな華やかそうな方向に
行ってしまっているような気がするのです。


SNSのお陰で
仲良くなる人がいる反面
SNSのお陰で、嫉妬に苦しみ、自分をどんどん苦しめる方向に
向かう人が、いるのです。


会って話せば、なんてことないことが、たくさんあります。
顔を見て、
声を聴いて、
目を見て、
近い距離で
自分から心開いていくことで
「あれ?なんでこんなこと思ってたんだっけ??」
感じるのです。


スマホの画面から伝わってくる声と
実際に会って通じ合うものは
別ものなのです。


若い頃の自分は
いつも自分の中で何かが足りない
何かが大きく欠けている
どうやったらこの欠乏感が消えるのか?
どうやったらこの穴が埋まるのか?
どうしたら満たされるのか?

ひたすらひたすら
考えて
あっちいっては頭をうち
こっちいってはお尻をうち
遠くにいっては、さらにひっくり返り
そんな繰り返しでした。


何もかも、あるのに
満たされない
どんなに外から与えてもらってても
満たされない

そんな感じでした。


喉がからからで
水を飲みたくてしょうがなかったから
必死でつかみとりにいこうとしたし
このままじゃいけない
こんな自分じゃ、死ぬに死ねない
こんな自分は大嫌いだっ
って吐き気がするほど嫌だったからこそ、
自分を成長させてくれる人に出会えた時には
必死でくいついていけたと思うのです。


行け、と言われたら間髪入れずに行く
やれ、と言われたら間髪入れずにやる

行動を起こすための
理由や
「それをやったらどんないいことあるわけ?」なんて
裏付けがなくても
なんだかわからないけど、とにかく行ってみる、やってみる

という習慣がついたんだと今は、思います。


いろいろな自己啓発の本や勉強会がありますが
しょせんは
いいこと知っても
いいこと聞いても
やるかやらないか
だけ、です。


どんなに素晴らしい先生に
どんなにいいことを教えてもらっても
「ああ、いいこと聞いた」

で、
「でも、それをやってどうなるわけ?」
「お金かかるしな」
「でも、時間ないし」
「でも、面倒くさいな

ってなる「ためらい癖」がついてると
お金と時間がもったいないのです。
これは、癖ですので
癖を直すには
新しい癖をインストールしか、ありません。


ぐたぐだ言わずに
とにかく動いてみる
それだけ。


就職も
仕事も、
恋愛も、
営業も、
人付き合いも
とにかく、
行ってみる
やってみる
会ってみる

そこを通過しない限り、どうにもなりません。


ああ、不安だな
なんだか、不安な自分が嫌だな
と思ったら、チャンスです。


自分を考えるチャンス。

どっちを選んでもいいんです。


不安だけど、頑張ったり勉強したりするのは
面倒だから、このまま年とるわ
誰かがどうにかしてくれるでしょ

ってのもOK。
社会人ですので
誰も怒りません。


不安な自分を不安じゃなくするために
自分の中身をギュウギュウに磨いていきます
どこに行っても、誰にとっても
どんな場に行っても
「あなたがいてくれないと困る」と思わせるような
私になる

という道を選ぶのもOK。

どっちをとってもいいんです。
自由です。


人は放置しておくと
不安に傾くもの、です。

それが、普通。


私は、不安という言葉がよぎる暇もないほど
何かをしていることが、好きです。
それが、習慣です。


不安な時=暇な時
と定義してるので、
私の中では
「ああ、このままじゃどうなるのかな?」なんてことが
頭によぎった瞬間には
「あ、私、止まっちゃってるのね」と思うことにしています。


止まっている時は
私は絶不調になるので
どんなにゆるやかでも、止まらないようにしています。

止まってる時に出会うのは
やはり、止まっている人。
止まっているので
同じところを何度もグルグル回って
不安な人。
不安で不安でしょうがないけど
とりあえず
さみしさや不安をまぎらわすために
今日という時間をなんとなく過ごす。

突っ込んだ話は
誰もせず、
当たり障りのない「関係」。
だから、つまらない。

魂揺さぶられるような瞬間も、ない。
「よっしゃ」と熱くなるようなことも、ない。
ただただ、退屈
ただただ、不安
長い長い時間です。


止まらないためには
つもストーブに薪を入れて
火を絶やさない感じです。
とろ火でもいいんです。
いつでもガンガン燃え滾ってなくてもいいんです。


一度火が消えると
またいちから火を起こすのが大変だから、です。


火が消えてしまって
心が止まってしまって
何をするやる気もなく
毎日なんとなく過ごすことが
どうしても嫌なんです。
性分なので、しょうがないんです。


知りたいことは山ほどあるし、
読みたいものもたくさんある
勉強しにいきたいこともあるし
子供をちゃんと育てたいなとも思う
院長の仕事をもっとうまくサポートして
「さっすが、マネージャー」と言われたいという願望もある。


きっと誰しもあると、思う。
「あなたがいてよかった」と言われて
誇らしいな,自分は、と思った瞬間が。
自分の中から
「自分ってなんか、いい感じ」って思った瞬間が。


何もできない自分よりも
何でもできる自分の方が
きっと使ってもらえるし
そばにいてくれたら得だと思ってもらえる


できないことがたくさんある自分より
あれもできるよ
これもできるよ
って自分の方が、心は自由です。

そして、不安ではなく
安定です。


誰かが必要としてくれてる
さらに、そこに対価が支払われる(←お金は大事です)
となると
鬼に金棒。

私、いっくらでも走れちゃいます。


不安な要素を減らしていくために
できることができる自分にしていくんです。

自分がこれだけできる!
っていうのじゃなく
人が自分を求めてくれる
ってのがひとつの指標です。


職場でいないといけない存在になる。
夫に
妻に
他に代わりがない存在だと、「強く思わせる」(^^)

彼氏に
彼女に
「この人じゃないとだめだ、この人についていきたい」
「この女じゃないと、他に代わりはない」

と、「強く思わせる」


友達に
「この子以上に、自分を大事にしてくれる人はいない」
と「強く思わせる」


そんなふうに
相手が、周囲が
強く自分を思ってくれる自分って
どんな人?
って考えていくと
やること結構でてくるもんです。


自分が相手を選んでいるようで
実は
選ばれています。


選んで頂いて、ます。


自分が相手を好きかどうか、じゃなく
相手は自分をどう思っているか?
必要としているか?


目からウロコの視点ですが、
私はそう考えた途端に
やることいきなりでてきて
大変でした。

おっと、間に合わない
おっと、生きてる間に間に合うか
って感じです。


自分にふさわしい相手を探すんじゃなく
理想とする人が
「ぜひ、あなたに一緒にいてほしい」と
強く強く欲してもらえるような
ものを提供できる自分に。


あの人いや
この人いや
あの職場いや
この職場いや
あの仕事いや
この仕事いや
あの客いや
この客いや

じゃなく


あなたがいい、と目がけて欲してくれるような
自分を作っていけば、
自分は不安じゃなくなります。


欲してくれる人が
たくさんいる

自分を求めてくれる人がいる

自分を必要としてくれる人がいる

これ以上の心の安定は
ないと思うんです。


わお、この人って愛されてるな
って思う人や
この人は職場で大事にされてるなあ
って人は
かならず
そういう雰囲気醸し出してます。


大事にされるには大事にされるような言葉、ふるまい、態度をしているんです。
可愛げがなくなると、感謝の気持ちを言葉に出さないようになると
もらえるものが、どんどん減ってくるんです。

男性が女性に
釣った魚に餌をやらないのには
ちゃんと理由が、あるんです。

釣られた魚として
「私を釣ってよかったでしょ?ね!長い目でみてお得だったでしょ?」と
強く思わせる何かを提供しないと
そりゃあ、私が男でも
釣った魚に餌はやりたくないものです。


時々、オヤジ化してる脳ミソの私なので
思考が男化してるので
よくわかるのです。


こんな女性なら
そりゃあ、餌もやりたくなるわな~

こんな女性なら
そりゃあ、一円もあげるの惜しくなるわな~

ってのが
明らかに
目に見えてわかるんです。


ここまで手の内を見せてくれているんだから、
お互いだましっこしあえば
楽しい男女関係
夫婦関係が築けるのではないか?
と勉強会ではいつも、そう、思います。


演技でもいいんです。
人は、自分を大事にしてくれて
受け入れてくれるところに
やっぱり、いたいと思うものなんです。


さて、次回母性型勉強会

2015年7月28日(火)18時30分~20時半
場所:高松国際ホテルにて
会費:3,000円(食事代込み)
お問い合わせは
http://boseinomonosashi.com/study/

2015.06.18私は家政婦じゃない!俺は金づるじゃない!母性型勉強会でした

boseigata.jpg
夫への不満
妻への不満
友達への不満
上司への不満
同僚への不満
部下への不満


妻は夫に「私はあなたの家政婦じゃないのよっ」
夫は妻に「俺はお前の金づるか???」


あの人が許せない
あの人のあんな言動が許せない
あの人がこんなことしたから、私はこんなに苦しい
私はそんなつもりじゃないのに、相手が勝手に勘違いして怒ってる
なんでももっとこうしてくれないのっ
なんでなんでなんで???

人間関係のトラブル
といえば大きな話のようですが
なんか心の中にひっかかるなあ、という些細なことまでひっくるめると
私達が生きてる毎日は
顔を合わせる人と
うまく気分よくやっていけるかどうか、にかかっています。


しかし、これが今は本当に難しい。
人とたくさん接触して
たくさん話して
「え?こんな人がいるんだ」ってことに気がつく機会をたくさん
持ってる人と
ほぼ、人と接触せず
自分の中だけで、相手を決め付けちゃってる人が
まぜこぜごっちゃごちゃになってます。


「あの人が許せない、だって、こんな人で、ああで、こうで」
と言ってる時、
その話は必ず一方的な内容です。

人との揉め事は
必ず五分五分。


だから、人の話は
両方から聞いてみないと、わからないのです。
夫のいいぶん
妻のいいぶん
上司のいいぶん
部下のいいぶん
彼氏のいいぶん
彼女のいいぶん

どちらも、相手を攻撃する時は
「私がこう不快に感じた」→ゆえに→「そう感じさせた相手が悪い」
という思考パターンに陥ってるから、
堂々巡りなのです。


私が、こんな風に相手を感じた
だから、相手が悪い

で止まっている時、
その人は、その嫌いな人が去ったとしても
また同じような嫌いな人が目の前に現れます。


男と女の関係も必ず五分五分、です。
夫婦も同じ。
相手だけが、悪い
ということは、ないんです。

私は、
俺は
こんなに妻に尽くしているのに
こんなに夫のいうことを聞いてるのに
妻は
夫は、
感謝しない
喜ばないどころか、反発する
そして自分を裏切るようなことをした
・・・・


これだけ尽くしたのに
という言葉はよく出てきますが、
夫は妻は、相手は、
「そんな尽くされ方はいやだ」
むしろ「苦痛」
むしろ「真逆をやって」
実は思っているかも、しれない


そもそも、そんなこと
のぞんでないし、
そもそも、そんなもの
欲しくもなかったし
って思ってるかもしれない


往々にして、
男性が、オンナはこんなことしてもらったら嬉しいんだろ
って想像することは
「いやいや、それは望んでないし」
と心底思ってることの方がほとんど、です。


いい加減に、はやく気がついてよ
と口に出して言えないもどかしさを
察してよ、というのがオンナの本音ですし
逆に男の本音もあるでしょう。

女性は男性に
基本、いい顔をします。
言いにくい
本音は言わない言えない
だって、そんなこと言うオンナは可愛くないの知ってるし
そんなこを言う女は嫌われそうだし
だから、言わない
言えない
言えなかった本音を女子会でぶちまける
という流れです。


本当は面と向かって
「あのさ」と言える関係が一番すっきり。
それが一番はやい。
でも、そうなるためには
時間がかかる
理解しあうために摩擦もある

理想は
やっぱり
「言わずとも察してくれる」
これは誰しも求めます。
男も
女も


夫婦だから
結婚してるんだから、
私の気持ちをわかってよ
俺の気持ちをわかれよ
私のことを心配してよ
俺のことを心配しろよ

もっとかまって
もっともっと
もっと心配してよもっともっと

かまってくれるのがあたりまえ
心配してくれるのがあたりまえ
と思い込んでいると
不幸になります。


「ああしてくれこうしてくれ」
という自己主張を出し合ってぶつけ合ってる時
それはお互いにストレスをかけあってるのです。


自己主張は攻撃です。
自己主張はいいことです、なんてとんでもない話です。
もっと言いたいことを口にして言いましょう
なんて真にうけてやってると
大事な関係は
あっという間に崩壊です。

自己主張はストレスのかけあいをしてるだけなんです。

夫婦でそれをやってると
妻は老け込みイライラし
夫はストレスで家を飛び出し外の女性に目が行き
家の中はすっからかん、になってしまうのです。


どんなに高価なサプリメントを飲んで
どんなに高価な化粧品を使っても
夫婦でストレスのかけあいをしている毎日だと、
アンチエイジング追いつきません。
心の力の方が大きいのです。


そもそも
結婚しても
夫や妻は自分のものではありません。
自分のものだと思うから、腹が立つ。
相手は他人です。
自分以外の他人です。


土足で入っちゃいけないんです。
夫がどう感じようが自由で
妻がどう感じようが自由なんです。

ヒットラーじゃあるまいし
人の心の中まで支配しようとすると
自分が苦しくなるのです。


自分と同じように感じてくれるはずなんて思い込んでいると
えらい目に遭います。


私がこう感じるんだから、あなたもそう感じてくれないと許さない
と他人の心の中まで介入しようとすると
どんな人でも重いんです。


夫婦でも
友達同士でも
職場でも
同じです。


「あの人、ちょっと感覚おかしいよね。嫌な感じ」って、
普通にありますよね。
でも、相手も自分のこと思ってます、
「あの人とはどうも合わない」って。
そんなものです。


同じように感じる人でないと付き合えない
では、しんどいんです。
好きか嫌いかという話ではなく
同じように感じなくても
うまくつきあっていける、というほうが
楽なのです。

他人の感じ方に介入していくと
腹が立つんです。


私自身、幼児期にドロドロベッタリの家庭環境の中で
生きていたので、そのうっとしさ、そのべっとりした気持ち悪さは
嫌というほど、わかるのです。


父が母に
「妻のくせに」
「母親だろう」
姑は母に
「嫁はこうあるべき」
「母親はこう」
こうあるべき論で支配されると
家の中は真っ暗闇になるんです。

心の中でどう感じるかを
支配しようとされると
苦しくなって逃げ出したくなるんです。


人は一日生きてると
職場での人間関係
上司と部下
お客さん
子供の関係のお母さんの付き合い
所属するグループの人間関係
あっちもこっちも
いろんなことがあります。

あって、当たり前。

そんな中で
「私は全然悪くないのに、」「私は間違ってない」
ってことが起こるのが
これ、人生です。

相手が誤解してたり
自分が予想していた通りにならなかったり
相手が自分をわかってくれなくて大きな問題になったり

「ちょっと待ってよ」
と思うようなことが起こった時

どうしても
「文句」を言いたくなります。
誰かに、聞いて下さいよ、こんなひどいことがあって
責任転嫁したくなる。


私も、もちろんあります。
「は?」
と思うようなことが。

「え?これ?私が悪いわけ???」

と思うようなことが。

でも、やっぱり、
よーく考えてよーく遡ってみると
気がつくことが、あるんです。


ああ、自分の態度があいまいだったな
自分のあの時の言葉が悪かったな
ああ、よかれと思ってやったことが間違ってたな
ああ、知り合いだからと思って油断してたな
とか、

出てくるでてくる
100%自分のせい、とは言い切れませんが

その問題を引き起こすにいたった経路の中で
自分が種を蒔いてたなということに
気がつくんです。


私は、過去に上司にこっぴどく怒られたことがありました。
うんと若い頃ですが。
みんなの前で大きな声で自分だけ呼び出されて
しこたま恥ずかしい思いをしたのですが、
その時は、「私悪くない!」って心底思ってました。

怒られた
ということに対して
とにかく腹がたって、素直にきけない
なんで、私が、なんで私がって
思ってたんです。


怒られたことだけに
腹が立って、
なんで、そうなったのか?
というところにまで頭がいかない。



感情で頭がゆだっちゃって
理性でちゃんと考えるってことに
たどり着かないんです。


つまり
知性がついていってないんです。
感情ですぐにかーっとなって、
頭に血がいっちゃって
理性で判断できない。
「私、かなしい」
「私、くやしい」
「私、腹が立つ」
「私、あの人嫌い」
で止まるんです。


冷静になれない。
だから、判断がおかしくなる
選ぶものを間違う
選ぶ人も、当然間違う。


それが当時の私の思考パターンだったんです。


その思考、その頭の回路しか持ってないので
同じことを何度も繰り返します。
繰り返して繰り返して
「私は悪くない」って思考パターンの回路だけ
どんどん太く強くなるンです。

思考パターンの回路は
使えば使うほど、同じ回路を通れば通るほど
強くかたくなるので、
ますます
「私、悪くない」というパターンの私ができあがります。


何やってもうまくいかなかった時
ある人との出会いで衝撃的に気がつきました。

「お前は、あほか」
と全否定された瞬間から、
私ははたと気が付きました。


幼稚な自分にはじめて「恥ずかしい」と思ったことと
穴を掘って隠れてしまいたいとその人に言った時に
穴掘ってる暇があったら、大人になりなさい、と言われたこと。


起こること、全部自分が種を蒔いてる
ってことが腑に落ちた瞬間は
電撃が走る体験だったんです。



人生うまくいかないなあ
人がうらやましいなあ
あの人いいなあ
もしくは
なんだか嫌な人ばっかり
あの人嫌い、この人嫌い
ってパターンの時
頭の中で起こっていることは
みな同じです。


自分にとってよくない出来事が起こった時、
「なんで起こったのか?」という原因を冷静に見ず、
感情だけで、
「許せない」「私はつらい、悲しい」
をクローズアップしてるんです。


自分に湧き上がった
許せない
嫌い
さみしい
って感情だけが自分の中で大きく残り
感情だけがグルグル回って大きくなるから、

実際にその人の言葉となって

あの人、嫌」
「許せない」
「私、悪くないのに、あの人が」

と恨みがましいことになってしまうのです。


私悪くない
ってことは
その向こうに
「だから、相手が悪い」という言葉が
もれなくついてくるんです。


私は、被害者
相手が加害者。
だから、私に味方して
だから、私に同調して
だから、私に共感して
という気持ちが透け透けになってしまうのです。


透け透けなので
周囲で聞いてる人は
「そう、それは大変ね」と言いながら
興ざめしちゃうんです。


そして冷静にちゃんと見れている人から
うつるその人の姿は
とっても幼稚に見えちゃうものなんです。



実際、OLしてた頃の私、
どっぷり、こんな感じでしたので
今思えば
嫌なオンナです。
べっとり重い女です。
そして、あまりにも、幼い。←頭が。


仕事の仕方と
人間関係の構築のしかた
友人とのつきあいかた
恋愛のしかたは
すべて連動してます。
だから、
男にとって重たいかまってかまってオンナは
職場でも上司にとっては「面倒臭い部下」なのです。
友達も付き合いにくいのです。


さわやかに人と付き合うことができる人は
「私は悪くないのに」って意識は
まず、ありません。


自分では対処できないような
かかえられないような苦しいことにでくわすことは
誰だって、あります。

楽しそうにしてるあの人も
幸せそうで何の苦労もなさそうなあの人も
みんな何かしら、起こってます。
隣の芝生が青く見えるのは
皆同じです。


嫌なことが起こったり、
腹がたったり、
理不尽がことが起こった時、
ただ、そこに立ち止まって悩んでいる人と
冷静に対処しようとする人が、います。

わあわあ叫んで
それを自分にかぶせた相手が、環境が許せない
って言ってる人は
止まってる人、です。


「自分らしさ」というわけのわからない呪縛に捉われて
動けなくなってるだけなんです。
湧き上がる感情で頭がいっぱいになってるだけなんです。
苦しい
悔しい
許せない
あらゆる感情をおさえ、冷静に冷静に
「自分は種を蒔いてはいなかったか?」
と客観的に、
刑事が事件を探るように
自分はまるで部外者の目で
自分を見てみるんです。


そうすると
「ひょえーー、相当自分勝手な私だったかも」
ということに気が付いてくるんです。


きがついたならばしめたもの。
気がついて
ああ、悪かったかな、自分、って反省した途端に
事態は好転しはじめるんです。


私はそんな瞬間がたくさん、ありましたし
今も、あります。
だって、聖人ではありませんので
昨日、反省できる私だったとしても
今朝にになるともう「私、悪くないし」って思ってる自分がいるから、です。

だから、
うまくいかない時は
原点にいつも戻るんです。


なんで反省した瞬間に現実の出来事が
いいように変わってくるかってことですが、
私が思うに、
自分の心模様が変わるから、その変わった心が
相手に飛んでいくんだと、思うんです。


悩むということは、同じところを
グルグル回ることです。
時間とお金の無駄使い。


悩んでいる時は
自分の感情でいっぱいになってるんです。

それは、苦しいんです。


冷静に、冷静に。
はいしゃいでいるようでも
冷静に。


幸せになりたいって
みんな思ってます。
私だって思ってます。

幸せは感じるもので
今、ああ、瞬間幸せって感じても
翌日になるともう消えちゃってるものです。


幸せーって瞬間は
もう別に他になんもいらないなあって
コップがひたひたに満たされてる感覚です。
からからに渇いてなくて
溢れそうにひたひたに何かあったかいものが
注がれてたのか
中から溢れてきたのか
そんな感覚です。


誰かが何かをくれたから、とか
何かをもらったから、とか
そういう瞬間の高揚とは、ちょっと違う感覚。


結局は
自分の中を「何か」で満たそうとする
努力なしには
この「ああ、なんか満たされるわ」って境地にはいくことはできないんです。
だって、誰もくれないし。


人からもらおう
人にしてもらおう
どこかからいいものがやってくるはず
何かすごいことが起これば
って考えてる時はそこには
いけないんです。


頭がかーっと熱くなってる時は
やっぱり、ダメなんです。


自分の中身をいいものでいっぱいに
満たしていく作業抜きには
やっぱり、感情だけでカーッとなって
自己嫌悪の繰り返し。


頭に血が上って感情でものを言うのは
女性って相場は決まっていましたが
最近はでは、男性もそうなってきつつあります。


頭に血が上ってるなあ
って時に
「まてよ」と、深呼吸するって
大事です。


まてよ
ってなるために、
相手の話に集中するんです。


相手の話に集中してる瞬間は
自分の頭の中は
自分のことを考えていません。
自分のことばかり考えてる時
「ああ、腹が立つ」
「ああ、許せない」って感情に飲み込まれるんです。


今、自分は腹が立って怒っているけど
自分もまた相手に同じような気持ちをさせているかもしれない
もしかしたら、自分も相手に知らないうちに
嫌な気分にさせるようなことをしてたかもしれない


私が私が、私が、
かまってかまってかまって
いたわっていたわっていたわって
優しくしてもっともっと
ってやってるうちは
真逆のことが起こるものです。


私達は言葉を使って日々生きてます。
お口チャックして生きてるわけではありません。

だから、言葉はとても大事。

自分の感情だだもれで
不愉快さ極まりない自分の不満や
怒りを言葉にしてぶちまけちゃったら
もう止まらなくなるんです。


怒りをすぐにぶちまけて言葉にしちゃうのも
習慣です、きっと。

言わない人は、本当に言わないので
きっとそうです。


「あの人嫌い、許せない」って
口にしちゃうと、10嫌いだと思ったことが
100嫌いになっちゃうものなんです。

100嫌いになっちゃったら
しんどいのは自分なんです。


人をむやみやたらに嫌うのは
むやみやたらに嫌いと感じる側に、
問題があるんです。

相手じゃない。


自分が出したものは全部自分に返ってくるんです。
いいものも
悪いものの
まあまあのものはまあまあとして。


集まって下さった
職種も背景もばらばらのみなさんと
毎回、いろんな話を出し合っているうちに
自分の幼稚な部分や
出すぎてる部分がクローズアップされてきます。


でも、引いてちゃ
何も始まらない。


積極的に受け取りに行きつつ
すっと自分の内面を振り返り反省。
この繰り返し

「ああ、私だめね」って落ち込んでる時間など
1秒もなく
「ああ、そうかあ、間違ってたのかー!」とはたと気がついたら
その瞬間から手のひら返したように
チャンジすればいいんです。


その変わり身の速さは
いいのです。

聖人ではないので
間違うんです。
人を攻撃したくもなるんです。
人のせいにもしたくなる。


でも、逆に
素直になって、
貴方の気持ちもわかってあげようとしてなかったね
という風に心が傾くと
相手もまた変わるのです。


意地を張ってる時間などなく
とっとと、切替えちゃうんです。


それをサクサクっとできるようにするのが
訓練です。

そのほうが、ずっと楽しいし
ずっと楽ちん。


私は誰とでもつきあっていける
ってところを
目指したい。


近しい関係には
ものすごいエネルギーを注いで
大事に大事にしていきたい

中をぎゅぎゅっと
あっためて、
外に溢れさせるんです。


枯渇しないように
人にあげられるように
いつも溢れさせておくんです。


もらおうもらおうと思ってると
枯渇します。
あげよう、あげようと思ってると
なくならないどころか
無尽蔵に溢れてくるんだと
思っておくんです。


思ったもん勝ち、なんです。

思わなきゃ、損。


次回も、お楽しみです。

2015.06.18今日は顔が見れると思った

iwai.jpg
「今日は会えると思って楽しみにしてきた」
とご夫婦で定期的に通って下さっている患者さんが
っしゃって下さいました。

ご主人と一緒にたくさんのあじさいを
抱えて。

以前お越し下さったのが半年前です。


育児休暇から戻ってきた当院受付の松本の姿を探します。

今日は、たまたま松本がお休み。
「復帰してるけど、今日はたまたまお休みなんですよ^^」」と
お伝えしました。


松本が長期休暇の間も
「いつ、戻るの?」
「そろそろ赤ちゃん大きくなったんじゃない?」
「これ、ももこさんに渡しておいてね」

たくさんの患者さんにそう声をかけて下さいます。

松本が患者さんに大事にしてもらってることを
そのたびに知り、嬉しくなります。


待合室で、患者さんに
「さっきの衛生士さん優しくて上手だった」
とか
「先生がよくしてくれた」
とか
おっしゃって頂くことがあると
嬉しくてすぐ本人に言っちゃいます。

こんなこと言ってくれてたよーー。
身内をほめてくれるのは
とにかく嬉しい。
おせじも入ってると承知でも
嬉しい。


優しい言葉をかけてくれると
お返ししたくなります。

バイ返しで、いいや、もう10倍くらい倍増して
優しい言葉を返したくなります。


気分があったかくなるのは
ただ言葉を交わしているだけじゃなく
言葉に乗って嬉しい気持ちが
伝染するからだと思います。


今日は、外は雨降りで
じめじめしていますが、
玄関に大きなあじさいを飾った途端に
待合室にいらした他の患者さんが
「あじさいが、綺麗に咲いてると
梅雨もまたいいですよね」
と声をかけて下さいました。

なんだか、いい気分。

2015.06.15「私が、する」という言葉をきっかけに、物事が動き出す

ある出来事に出会い
ある人に出会い
「そうだ!こうしよう!」とテンションがあがり、
一瞬変わったような気がして、
あたかも自分が生まれ変わったような気がしていたのに

1週間もすると
またもとの自分に戻り
あいかわらずの同じような悩みを抱えている
kaisetsu_9.jpg

こんなパターンに陥っている時その人の話す言葉を聞いていると
共通することが、あるんです。


「あの人が、いいっていったから、私もしたのに」
「みんながするっていったからしたのに」
「私はそんなつもりなかったのに、あの人が」


どんな前後があるにしろ
その行動をとったのは
他でもない、自分です。

そうしなきゃ後ろから包丁つきつけられて
刺されるような状況でもない限り、
やっぱり、自分で決めて
自分が動いているんです。



いま、
突発的に
何か自分にとって困ったことが起こったとしても
その出来事は
ある日突然天から降ってきたような
自分にたまたま降りかかってきたようなものではなく
その種は自分が蒔いてます。


あらゆる出来事は
外からいきなり自分めがけてたまたまやってきているのではなく
自分を一度通過してから、やってきてます。
kaisetsu_10.jpg


私は、そんなつもりじゃない
私は、そんなこと考えたこともない

ってことでも、
客観的に他人から見てみると
「あ、この人はこれが原因で、今、こうなってるのね」
ということが、わかります。


えらそうに言ってますが
私自身がそうなので
身近な誰かに指摘されて
はじめて気が付くことなのです。



自分のことは
さっぱりわかりませんが
近くですぐに指摘してくれる人がいると
記憶を辿っていったところに
確かにその「種」はあります。


自分が種を蒔いているんだ、ってことに
気がつくまで
エンドレスで次々といろんなことが
起きます。


小さなことから、
大きなことまで、
全部こうなってます。


自分はそんなつもりじゃないのに
相手には全然違うように受け止められてしまったり
自分が言ったことに対して相手が
「なんで、そんな風に思われるの?」
となってしまったり。

嫌な気持ちになってりすると
心の中で自分を誤解している相手を批判してしまったり
することだって、あります。

kaisetsu_6.jpg


人はみな感じ方が違う
これは理屈では頭では、わかります。
でも、腑に落ちない
感情がついていかない


そういう人との関係でグレーな感情になることは
誰しもよくあることです。


人に誤解されたり、
批判されたり
誤解されたまま距離が遠くなることは
生きていると
誰だって、あります。


その時に
大事なことは
逃げ腰にならないことだと
思います。


逃げ腰、とは
被害者的な意識を持たないこと
です。


あの人がこう言ったから、私はこんな嫌な想いをしてる
あの人がこんなことしたから、
あの人にこんなことされた

一時が万事なのですが、
そういう言葉を使わないことが
ミソだと思うのです。


あの人にこうされた
という言葉を
私がこうするよ
という言葉に変えていくと
その言葉をきっかけに物事が好転しはじめます。
nouda_12.jpg


特に女性は
「だまされた」
とか
「ふられた」
とか
「都合のいいようにされた」
とか
口にしないこと、です。

そンな言葉が
自分の口から出た瞬間に
自分で自分を「私は価値のない女」
しっかり心に刻み込んでしまうから、です。

一度自分で下げた自尊心を
引き上げる作業は
なかなか大変なのです。

だから、絶対に
自分で下げないこと。
nouda_11.jpg


いじけた言葉を使ってると
いじけた口元になります。
いじけた口元は表情筋を歪ませますので
いじけた表情になり
その結果
「いじけた印象の顔だね」という人になるのです。


いじけた人間に
人は冷たいもの、なのです。
yobou_6.jpg


泣きたくなるような状況でも
「そりゃあ、あたしのせいじゃないでしょ」って状況を
突きつけられたとしても
uehara_3.jpg

「よっしゃ」
と前のめりで
必死で取り組もうと決めると
どよんと悩んで暗く過ごしている時間は減るのです。


どよーんとした状況は
そこで思考が停止して
「ああ、どうしよう」とグレーに感情にとどまってしまうから、
継続するのです。


考えてる時間があったら、
「じゃあ、どうしましょ」と打つ手を探すほうに
足を運んでると
必死で動いている間は頭の中は真っ白なので
「ああ、どうしよう、いやだな」っていう感情に
支配されることはないのです。


被害者意識で受け止める癖があると
どんなにいいものをもらっても
どんなにいい先生からいいことを教えてもらっても
「そうはいっても、できない」
「できないのは教え方がわかりにくいからだ」
「いいものだけど、私にはつかえない」
・・・と、素晴らしいいものをせっかく
目の前に
「はい、どうぞ」とくれてるのに
受け止めることができない
とってももったいない状態になってしまいます。


本当は私にくれるはずだったいいもの全部を
隣の素直で受け取り上手なあの人に
もってかれるものなのです。


これをやろうと
決めたら
そこには「あの人」も「この人」も「ああ言った」も「みんながそうだから」
もなにもないんです。


これをやると
私が決めたら
それでOKなんです。


あとはひたすら
言い訳せずに取り組む

できないことにあたっても
わからないことにあたっても
ひたすら取り組んでいく。
信じられないな
と思うことがあっても
つかめることがあるまで
やる


それでも
周囲の声が気になったり
身近な誰かの声や態度が気になったりした時には
原点に戻るんです。


何をやっていても
それをやってるのは
他でもない
自分自身なんだ、と。



子供のせいでも
親のせいでも
夫のせいでも
会社のせいでも
制度のせいでも
なんのせいでもなく、

今、これをやってるのは
自分。


やらないのも自分
頭でやろうと思ってても
めんどうくさくてやらないのも自分

と自覚していくんです。



「ああ、全部自分が決めて、自分がやってるんだ」
そこに気がついていくと
起こる出来事は本当に変わります。


「あの人がそういったから、そうした」
「みんながそうだから、私もそうした」

という言葉の裏には

私は悪くない
悪いのは自分じゃないあなた、そして環境

もっといえば

だから、私を責めないで
もっと大事にしてよ

という気持ちが隠されています。


そして
私が決めたんじゃない
あの人がいいと言ったから、そうしただけ
という気持ちもあるのです。


つまり、
自分で決めてない
というところが
ミソです。



その人がどうやって自分の毎日を生きているかどうかは
その人の何気なく使う言葉癖を聞いていたら
わかります。


何が起こっても自分が決めてやってるんだ
と主体的に取り組んでいる人

私に起こるアクシデントやトラブルは
私以外の誰かのせい
と常に被害者意識で生きる人


真ん中はないんです。

それは
その人の思考の傾向というか
パターンです。


思考のパターンを変えることは
頭の構造を切替えちゃうということなので
それは具体的な作業です。


「前向きに頑張ろう」
といかいう精神論ではなく
もっと具体的なこと、です。


頑張ろう
とか
気にしないようにしよう
とか
そういうあいまいなことを考えるのではなく

この件に関しては
私はどのように主体的に取り組んでいこう
関わっていこう
考え、動くのです。


主体的に動こう
とすると
面倒臭いことでも
「ああ、めんどうくさ」
という感情が
消え
どうやってやりとげようかなという
具体的方法に頭や体がいくので
同じ時間を使うのなら
その方が精神的にも肉体的にも健康です。


嫌なことは1分でもしたくないので
嫌なことを「主体的に取り組む」という
頭に切り替えるんです。


私達が日々思うことは
ひとつのエネルギーです。
「ああ、いやだな。面倒だな、不安だな、あの人嫌だな」って湧き上がる感情も
ひとつのエネルギーです。

そのエネルギーは消してなくすことは、できません。


できることは
「形を変えちゃう」って方法です。


てっとり早く変えてしまう方法は
言葉を変えることだと、思います。


同じような会話を展開する人同士とずっと一緒にいると
同じような考え方、感じ方が伝染してきます。


自分を変えようと
する時は
うまくいってる人の何気なく話している言葉を
耳を澄ませてよく聴きます。

そしてコピー&インストール。


せっかく
目の前で
ブロックもかけずにしゃべってくれているんだから
とっととコピーして、自分の中にインストールです。


継続的にうまくやってる人は
かならず
その種となる言葉は
そこいらの人とは違うはずなんです。

いい種をまくような言葉を、態度を
使ってる。


人からいいものを引き出すような言葉を使ってるんです。
人を安心させたり、いい気持ちにさせたりする人もいれば
uehara_15.jpg

言葉ひとつで
人を不安にさせる人もいます。
uehara_14.jpg

その種を見つけるんです。
そしていい種を見つけてひろって
自分の中に植える。




そうやって
学べるものはぜんぶ盗んで頂き、です。

この人のここすごいなあ
って感じることは
私はよくあります。


あの人苦手ーーーなんて、やってる暇なんて
人生にはそんな余裕はないんです。

苦手だろうが、なんだろうが
すごいところは全部学びとってもらってしまいたい。

好きだの嫌いだの
年上だの年下だの
どこの人だの
そんなことはどうでもよく
学び取れるものは全部まなびとる。


そのために
人の言ってることは
よく聞く、ということをするんです。


好き嫌い
苦手得意
で人の話を聞いたり、聞かなかったりしてると
幅はどんどん狭くなる。



自分に合わせてくれる人とは話せるけど
合わせてくれない人とは
話せない

こうなると
晩年つまらない人生になりそうです。


あっちもこっちもOK。
どんな話も首を突っ込んでいける
面白がっていける
タブーな話は、ほぼ、ない
って人の方の前にいくと
私は、ついつい惹き込まれます。

だから、私もそうなりたい
といつも思ってます。


あれがだめ
これがだめ
じゃなく
四方八方によし
あれもありこれもあり
ってのが相手にとっては
楽です。


主体的に前のめりで
取り組んでいく

そして

引かない

こと、です。


みんなはドン引きしても
私は引かない。


「私が、やってるんだ」
って言葉癖が
自分の脳みそを劇的に変えてくれる
キーワードなんです。



■平成27年6月17日(水)母性型勉強会のお知らせ

場所:吉本歯科医院2階(今回は国際ホテル会場が使えず、吉本歯科医院で開催)
時間:18時半~20時半
費用:3,000円(食事代込み)
申込は:http://boseinomonosashi.com/study/

2015.06.12

kk.jpg
インプラント手術後、最終的な歯がお口の中に入って5年が経過した
患者さんが、美味しそうなケーキを焼いてきて下さいました。

当院に初めてお越し下さってから今まで
一度もお約束の日をはずさず治療やメインテナンスに通って下さっています。

マロンケーキ
チーズケーキ
抹茶ケーキ
紅茶のシフォンケーキ
お茶のシフォンケーキ
焼き菓子
毎回いろんな美味しいお菓子を作って下さいます。


嬉しい!

今朝は梅雨の晴れ間か、本当にさわやかな夏日です。
暑いくらい。


最近、愛媛からお越し下さる患者さんが多く
また、お問い合わせを下さることも多く
今朝も、愛媛から前泊して通って下さっている患者さんが
お見えになりました。


松山市や新居浜市は
私のふるさとですので
同郷の方がこられると
気分が「あがり」ます。

通っていた保育園を知っていてくれたり
住んでいた街の話をした時に
「知ってる知ってる」
なんて言われると
なんだか妙に近く感じてしまいます。


また、お話をしていると、患者さん同士が
お知りあいだったり、
お仕事のつながりがあったりと、
狭いなーー繋がってるなあー」
感じることがあります。

たまたま、お話をしていると
わかった、
というのがこれまた嬉しい。


話しかけ好きな私
一番好きな瞬間です。


今朝もこんなことがありました。
吉本歯科医院では、早朝と、日中と、夕方と
3人のお掃除して下さるシルバースタッフさんがいます。

早朝のスタッフの女性と話をしていると
私が中学からの親友と会う時には必ず行くお店があるのですが
そのお店のマスターの奥さんのお姉さんだった、ということがわかりました。
瓦町の「串揚げとんぼ」さんです。
もう何年通ってるんですかってほど
通ってます。


いやー、びっくり。

特に早朝のシルバースタッフの方には
寒い日も暑い日も、雨の日も、早朝から出てきてもらって
院内を掃除して頂いてます。


毎朝ピカピカに磨きあげて下さっており
花を飾ってくれたり
細かなところまで意識を配って
お仕事をして下さっている女性です。


かたや20代から通っているお店のマスターは
いつも絶妙な合いの手を入れてくれる
居心地のいい男性です。

お父さんのような方。

座る席は毎回決まっててカウンターの端なんです。
私達はお互い子供ができてからは
なかなか会えないのですが、
たまに会う時は
この席で何時間も。

しゃべってほしい時には
返事を返してくれて
入らない方がよさそうな話題なら
すっと距離を置いてもくもくと仕事をされています。

2人で会う時は
他の選択肢はなく、いつもこの店。
決まってます。


一度店が開いてない日で
他の店に行ったのですが
どうもしっくりこず。


この子と会う時は
この店の
この場所
がしっくりくる。

というのが、あるんです。
さらには、私が左で、彼女が右に座るってのも
昔から決まってて、
歩く時もかならず無意識にそうなってる。


親や家族や子供よりも
長い時間を一緒に過ごしたので
肉体の一部となってる感じです。


「とんぼ」は串揚げ屋さんなので
カウンターで揚げたての串揚げを
塩や、ソースや、ポン酢につけて
パクリとするのですが、
そのタレを小皿に入れる順番まで
決まってます。

私の相棒がタレの3セットを必ず作ってくれて
目の前に用意してくれる
という流れまで
20年前から同じ。

座る場所
右左の位置、
タレのセットされ具合
いつもと同じ
毎回一緒
というのが、どうも落ち着く。

違うことされると悲しくなるし、
こうでないといけない
というのがあるんです。


他はおおざっぱなくせに
ここなきっちり同じ流れでないと
悲しくなる。

なんでしょう?
この感覚は。


だから、このお店はなくなると困るし
この席も必要だし
昔から変わらない「塩、ソース、ポン酢」のセットも
必要です。




自分が好きだなあ、この人と思う人と人同士が
繋がってたり、
友達だったり、知り合いだったりすると
なんだか妙に嬉しくなります。

近くなった気分。


私達は、本当にいろんなところで
繋がってます。


「え?」というところで
お世話になってることが、
話をしてみてわかります。


「ええ、知り合いなの?」と嫌な顔をされる関係より
「わあ、知ってるよ♪」とぱっと顔が明るくなるような関係が
いいですね。


今朝は、「わー、繋がってたんですねー」ということが
たくさんあって、なんだか
嬉しい朝でした。

2015.06.05メール相談のお返事は必ずお返ししていますが、お返事遅くなった時はごめんなさい!

吉本歯科医院では、メールにて歯のお悩み、噛み合わせのお悩みに
ご質問にお答えしております


・・・・が、

メールを確認し、
院長に診療の合い間に「ご質問に対するお返事」を聞き
わかりやすい言葉にしてお返しするようにしております。

日によっては、
かなりの数のご相談を頂くこともあります。
パソコン開いて
「ひょえーー」
となる時も。。。。


中には
お返事をすぐにほしい、という内容もございます。


頂いたお返事に対しては必ずお返事を差し上げておりますが
頂きましたご質問内容によっては
お時間を頂くこともございますので
どうぞご了承下さい。



1週間過ぎてもお返事がない場合(休診日、日祝日を除き)
には、サーバ上のトラブルで
メールが受け取れない状態、またはお送りできない状態になっている場合もございます。

このような場合には
吉本歯科医院マネージャー吉本委子まで
お問い合わせ下さい。
info@8181118.com


たくさんのご質問をいただけることは、
患者さんの抱えているお悩みを知ることでもあります。


できる限り、わかりやすくお答えして
いきたいと思っております。


どうぞお気軽にご相談下さいね。
https://www.8181118.com/contact/

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