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2016.02.01こんなに大変って聞いてなかったんですけど。。。。

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昨日NHKスペシャルで「ママたち非常事態~最新科学で迫るニッポンの子育て」ってのを
観ました。


産後ウツになりやすい原因や
産後、なぜか、一番話し合いたい主人に対してイライラの感情が抑制できないのか?
「ママ友」って、日本特有の社会現象
とか、

へえーー、10年前に放送して欲しかったわ、これ。
ってうんうんうなずく49分のドキュメントでした。


離婚が一番多いのが
産後1、2年以内なんですって。


なんでも、妊娠中から出産までぐんぐんうなぎのぼりに
増えているエストロゲンホルモンが
出産した瞬間に一気に減るんだそう。


その影響で、
孤独を感じやすい
不安を感じやすい
ストレスを感じやすい

そんな脳になっちゃうんですって。



だから、些細な主人の言葉にカチン。
何か手助けしようと思ってやったことが
すべて裏目にでて
余計に奥さんかチーン。


嫁:「よけいなことしないでよっ!!!きーっ」(怒)


夫:「こ、こわい・・・・」


出産するまであんなに
気があっていた二人が
育児に入った途端に
どんどんかみ合わなくなってくる。


奥さんイライラ制御不可能状態。
そんな奥さんが怖いので
さわらぬ神にたたりなし状態の主人。


だんだん距離が離れていき、ついには。。。


いやーわかるなあわかるなあ
と過ぎたことだから
ポッキー食べながら余裕でテレビ見てたけど
長男の出産&育児中の渦中にいる時は
私まさに、このテレビの中の奥さんと一緒でしたね、ほぼ。




妊娠中は
特に一人目は
赤ちゃん育てることなんて体験ないので
いいことしか、思い浮かべてないんです。
妊娠中は、なんだかふわふわと
結構しあわせホルモンばんばん出てることと
時間もあるので
友達としょちゅう会えたりコミュニケーションも順調。


子供がお腹の中にいる時は
泣きもしないし
おむつもかえないし
自由に動けるし
まあ、楽ちん。

そんな風に
ひとりで自由な快適な生活から
一転して
まったく自由がきかない状態に。

だから、
出産直後から
赤ちゃんがひとたび
おなかからでてきた瞬間から
「ね・・・眠い・・・寝たい・・・」
「おっぱい張って痛い・・・痛い・・」
「しんどい・・・」

になっちゃって
もう想定外!


おっぱい飲ませてる時期は
1時間外に出るってことも本当に大変。

外に出かけるのも
一苦労。


こんなの全然聞いてませーん。



最大の共同保育者である夫は
仕事が忙しくなかなかイクメンも難しい
日本の夫の家事育児時間は
スウェーデンが3時間21分に対し
日本は1時間7分
だそうです。

1時間7分もかなりすごいと思いましたが私は。。。


そしてベビーシッターの利用率はたったの2%。


なるほど、
出産後1、2年目のお母さんと接点もなかったは
その時期、みんな家の中に引っ込んで
外と交流しないから
「大変でっせ」という情報が耳に入ってこなかったんですね。



なにがつらいって、
眠いこと。


人間眠れないってことって
地獄です。
思考ストップ。

イライラしか、ないんです。
でも、外では「いい顔」するので
家族にはキツイんです。


テレビの中で若いお母さんがこうつぶやきます

「何の地獄かと、思いました。。。
こんなの聞いてなかった
子供のことでこんなに自分が落ち込んだり
自信がなくなったりするんだ」


「私って、母親失格???」

「毎日が予想の下を下をいく生活でした」



自分の母親からも
「母親なんだから、それくらいしっかりしなさいよ」
なんてこと言われて
かっチーン。
カッチーンとくる私が相当イライラしてたんでしょうね。きっと。



なんであんなにイラついてしんどかったのか
過ぎてしまえば不思議なんですけど、
渦中にいる時は必死なんです。



でも、あの時の私はとっても大きな収穫があったんです。


脳内地獄のような体験をしたことで
「もう二度と過ちはおかすまい」
と思考をチェンジすることができたから、です。


10年前の私の口癖は
「子供のためだから」
「奥さんなんだから」
「ちゃんとしなきゃ」

・・・で、
「こうでないといけない」ってことを
本当によく言ってたし
他人に対してもそう言ってた。


言ってることは
頭の中で考えていることそのものなので
当時の私は
「こうでないといけない自分」ってものに
がっちりがんじがらめ。


私がこうしたいなーー
じゃなくて
「なにがなんでもこうしなきゃ」
「こうできないのはダメ!」
そんなこんなが
つもりに積もって
心も体も撃沈。


結婚する前までや
結婚してから子供ができる前までは
あんなに自由な頭で
あんなに自由に動けて
「他人様がどう思うか」なんて気にもならないほど
かろやかだったはずなのに。


やはり
最初の子。

いきなり「私、お母さん」
っていうカードに変わると

どこからともなく
「ちゃんとしなきゃ」って頭に切り替わるんです。


その「ちゃんとしなきゃ」ってのは
奥深いところまで
浸透してて
その間違いに気がつくのに
私はしばらくかかりました。


子供や
家のために
「お母さんである私」
「妻である私」
はきっちんとしてないと
いけない。
たとえ、何が起こっても
きちっとしてないといけない


子供はちゃんと育てなきゃいけない
栄養は大丈夫?
環境は大丈夫?
もう、心配だらけ。


自分で作りこんだ「こうでないといけない完璧な世界」
押し付け

わかってくれなかったら
「私、こんなに頑張ってるのに、なんでわかってもらえないの?」
「私はこんなにちゃんとしてるんだから、みんなもちゃんとして」


周囲ははた迷惑です。
主人も怖いんですきっと妻が。
で、子供はそのイライラを察知して余計泣くのです。


日本女性の
骨の髄までしみ込んでいるのは
「女だからきちんとしなきゃいけない」
特に子供ができると
「お母さんだからきちんとしなきゃいけない」
「妻はこうであるべき」

という
自分で自分かけた
呪縛です。



子供のためにつらいこともぜんぶ我慢するのが美徳

そんな呪縛があります。


実際私も父方の祖母に
嫁に行く時に長々と手紙をもらいました。

「ご主人様をたて、
腹が立つことがあってもぐっとこらえ
決して口応えせず
子供ができたら、子のために尽くし
我慢することを喜びとし・・・」



子供のため
家庭のため
お金のため
家族のため
あなたのため
親のため


こんな言葉が自分の中から出てきた時は
危険信号です。


その言葉につかまって
自分の人生どこまでも狂うんです。


◯◯のため、
という言葉に続くのは
◯◯のために、私は苦労しているんだ
私は努力しているんだ


です。


そしてその言葉の水面下には

あなたのためを思って、私は・・・
親のために私は我慢して・・・・
子供のために、やりたいことを我慢して私は・・・


だから
こんな我慢している私をいたわりなさいよ
ねぎらって当然

というものが潜んでいるんです。


これら全部、
聞こえのいい
「逃げ」です。


子供にしてみたら
頼んでませんけど?

親にしてみたら
望んでませんけど?

夫にしてみたら
そこまで求めてませんけど?


ということなんです。


あなたのためを思ってお母さんはやりたいこと我慢した
とか言われても子供は重荷です。
で、そんなお母さんに育てられた娘は
同じように母になった時、
娘に同じことを言うのです。


だーれも、私に苦労と我慢をしょいこんで生きていけ
なんて頼んでないんです。


頼まれてもないのに
勝手に
「こうでないといけない私」を作りこんで
「できない、つらい、苦しい」
って周囲と比較して
自爆してるだけ。



思いっきり
体壊して
このままじゃ心もおかしくなちゃうって
危機を感じた瞬間に
「やーめた!」
と、すべて吹っ切れるんです。


私のこの体だけが
私の今日も明日もあさっても、人生を
歩くことができるのに
その体と中身のエンジン部分の心まで
破綻しちゃいそうになって
そこまでして守りたい
「こうあるべき自分」って、何??
「お母さんだから、こうあるべきって、何?」


ニコニコ笑って
幸福感じてるお母さんに
抱っこされてるほうが
子供はよほど安心します。


イライラして
かっかっして不安で孤独なお母さんが
抱いていると
子供も伝染するんです。

母子一体なので
気持ちがぜんぶ通じていってしまうんです。



長男の育児期に
ちょっとおかしくなってた私を
「もとの私」に引き戻してくれたのが
イキイキして心が自由だった頃を一緒に駆けていた人です。

「ちょっと、あんたおかしいよ、目覚まさなきゃ」
って。


はっ
ここはどこ?
私はだれ?
何してた私?

ってくらい
目が覚めたんです。


それくらい
パカッと光が見えた。


我に返るってこういう感じです。


それほど、
日本女性のだれもかれもに
しみ込んでいる
「女だから、こうしなくちゃいけない」
特に
「母だから、こうであるべき」
の目に見えないプレッシャーは強いんです。


誰がかけてるでもない
自分で自分にかけるプレッシャーです。



私達は、自分自身というものをしっかり持っているようで
実は違います。



「私」というものは
今まで親や学校、近い友人、から
繰り返し繰り返し聞いたり、言われた言葉の
暗示で出来上がっています。


自分の趣味、思考、異性の好みまで
すべて「自分」が選んでいるようで
実は積み重なった親や学校、近い関係の人間からの
言葉かけや見たもの、聞いたもので
できあがっているんです。


人は人に影響される生き物なんです。
感化される生き物なんです。


その「好き」は本当ですかっ?って話なんです。



信じることができるのは
なんとなく感じるからだの違和感だけ、です。


ありますよね?
特に女性はこういう言葉のやりとり、普通ですよね。


「条件はいいんだけどねーー。なんか、どうもうさんくさいんよねー」
「いい人なんだろうけど、どうも会うと疲れるのよねー」
「うーん、言葉にできないけど、なんか全体が漠然と嫌」
「どうも、乗り気じゃないんよねー」


男性からすると
「なんですかい?それは」
「はっきりしてくれん?」
「数値化してよ」
「漠然としすぎ」

と思うんでしょうけど、
この女性の「なんとなくねーー」ってのは
皮膚感覚で感じる違和感なんです。


逆に
「あ、いい!」
と思った瞬間には
間髪入れずに
もう動いてます。
もう距離がちかずいてます、勝手に。
それが全ての答えです。



「ちょっと考えてみよう」
って時、
それはもう違うんです。


60兆個か何個か知りませんが
全身のすべての細胞でもって
「いわかーん」を教えてくれてるんです。


その違和感を無視して
頭で考えて
「でも、◯◯だし・・・」
と理屈で納得させて
動かそうとすると
体は破綻します。


自分でも大病院でも病名のつけられない
病気にまで発展しちゃったりするんです。


違和感って大事です。


なんか、へん。

なんか、違う。



違和感をひとつひとつ丁寧に感じていくようにすると
自分がやってることの間違いや
一緒にいる人が間違ってますわ、ってことに
すぐ気がつきます。


人は人に影響されるんです。


よくも悪くも。


だから、その性質にのって
自分を感染させていったんです。


自分を変えようとする時、
誰かの影響を受けてしまうのが
一番てっとり早いんです。


人は憧れてる人と同じ方向に向かうようになります。
あんな風になれたいいな
あんな風にできたら楽しいだろうな
あんな風に生きれたら素敵だな
なにより、かっこいい!


たくさん話を聞いて
たくさん話をして
たくさん会って
たくさん読んで


自分で自分の頭を「洗脳」していくんです。


そして
会話によって、
自分の頭の中を塗り替えちゃうんです。


それは具体的な作業です。



誰と一緒にいるか
誰とたくさん会話するかで
あっけなく自分の頭の中って変わるんです。
良くも悪くも。



その性質を
知ってはやく習慣にしたことが
今、とっても良かったと思うことです。



類は友を本当に呼びます。
同質のものが引き合います。


さんざん
自分にうんざりしたら
チャンスです。
その時がチャンスなんです。


自分の考えに固執して
体まで壊してあげく
精神までおかしくなりそうになったら
もうチャンス。


大きく負に傾いたら
今度は
その反動で
一気に明るい方へ、飛びたくなるからです。
「私、今まで何やってたんだろ?」
自分を大笑いできるチャンスです。




さて、ドキュメントの中で
こんなことがお話されていました。

出産直後にエストロゲンが極端に減少し
不安や孤独を感じる脳になってしまう
この体の仕組みは
共同で子を育てることを
促すためのものだとも考えられているんだそう。


つまり、
出産後に母親が
不安や孤独を感じれば
一人でなく
仲間と一緒に子供を育てよう
つながりはじめるから、だとも。



人間という存在は
もともと共同で養育する生き物であって
今のように核家族化している中で
たった一人で子供を育てるような
体の仕組みにはなっていないんだ、と京都大学の
魅力的な先生がお話されてました。


つまり、
今のこの子育ての状況は
人類の危機である、と。


そもそも
人間は一人で育つものではなく
共同でみんなで育てていくもの。

今の子育てウツ&産後ウツ
そして、出産後、妻が夫を大事にしなくなる
いや、優しくする余裕がなくなるといいましょうか
大事にする余裕がないとでもいいましょうか。


女性の力
女性が社会で活躍
って、言われても
実際、女性が安心して子育てして
仕事していける環境が整っているとはいいがたいです。


でも、だからといって
社会がダメ
環境がダメ
こんな世の中だから
私は苦しいんだって、引っ込んでへこんでいちゃあいけないんです。


どんな時代も
自分が生きてる時が「最高に整備された社会」
であるはずは、ありません。


どんな時代であっても
どんな社会であっても
生き抜いていくことが、大事。


文句言ってる間に
わが子は育っていきます。


文句言ってる間に
時代はどんどん変わってく。



周囲がどんなに過保護にしてあげたって
理解をしめしたって
自分で自分を縛ってる自分に気がつかない限り
この子育てストレス
育児ストレス非常事態
改善はしません。



どんなに制度が良くなったって
妻が夫にイライラすることはなくなりません。
さらに加速するでしょう。


わけわかんない言葉に
がっちり捕まって
私達は生きることにがんじがらめです。

「こうであるべきだ」


そしてそれは
素晴らしく正論であり
どこをとっても正義であり
神棚に飾らなくちゃいけないくらいの
「美徳」ふうです。


でも、
そんな言葉につかまっちゃうと
頭の体も動けなくなるんです。



2番目の子を楽々出産した後は、
もうそっからこっち
ずっと、自分のやりたいことを思いっきりやってます。
やりたいことをするために
やるべきことは、恐ろしく段取りよくなります(笑)

やりたいことをしたいがために
自分のやるべき役割を果たすために
すっごく工夫するんです。
もっと、効率よく
もっと、段取りよく
そのための工夫は苦労じゃない。
むしろ、楽しくおもしろい。


段取りは
下心がある時の方がよほど
うまくできるのです。


そして
仕事は好きです。
なぜ好きか?
「私はこれをやろう」って自分で決めてやってるから、です。
やろうと決めた瞬間に、
やらされる感は消えるので
「ま、私がまいた種ですからーー」と納得なんです。


奥さんだから
仕事も手伝わないといけない
という言葉に捕まると
私はきっととっとと病気になってるでしょう。
モタナイ。



言葉を変えるんです。
そして頭の中を塗り替えていくんです。


私がやりたいから、やる。
私がそう決めて、やってる。


そうやって小さいことから大きなことまで
ぜんぶ、
口にして
動く癖つけてくと
おもしろいことが、起こってくるんです。


そうやってると
同じように考えてやってる人と
出会うようになるから
もう本当不思議です。


ある時期、
自分の頭を徹底的に矯正する時期は
大事です。

私は自分の脳ミソ全然信じてなかったので
徹底的に矯正しました。


矯正成功です。


あのままいってたら
きっとずっと
私、しんどい
私がおもしろくないのは周囲のせい
って、被害者意識せおって
つまんないつまんないって
言ってたと思うんです。


矯正する時は
徹底的に、です。

徐々に、じゃなく
一気にやる。


少しづつ
ぼちぼち
自分のペースで
じゃダメなんです。

無理しなきゃダメなんです。

無理しちゃだめ
という言葉に捕まると
また、ダメなんです。


無理をしちゃ体を壊す
と自分の頭が思い込んでいることの
プログラミングの間違いです。


人が何かを変えたい
現状をよくしたい
どうにかステップアップしたいって時に
「自分のペースで無理しない範囲」にやるなんて
日本語そのものが、おかしんです。


自分が無理をしたから体を壊す
と思い込んでいるから
本当にちょっと負荷がかかっただけで
本当にその通りに体を壊すんです。



自分の人生振り返ってみただけでも
無理せず
何かを獲得したことなんて
ただの一度もないはず、です。


新しい考え方を自分の中に獲得していく
自分で作った小さい小さい殻を中からガンガンぶっ壊していく時に
「自分のペースで無理なく」なんて
無理なんです。


そんなことやってる間に
どんどん退化です。
周囲は進化してるのに自分は退化、なんです。



自分の頭は放置しておくと
何も考えずにいると
不安と
恐怖
で9割以上になるんです。


そして、
身動きとれなくなる
誰と話してても保険をかけたような
つまんない話しかできなくなるから
あたりさわりのない時間になるんです。


グイグイ矯正して
がんがん頭の中を
「もう止まりませんぜ」って方向に
矯正していくんです。


子育て中は大ストレスだとしたら
きっとチャンスです。
実際私は大チャンスだった。


1人目の時と
2人目の時と
同じように
子供を育てて
同じように仕事をしている
生活そのものはなにもかわらないんだけど
やってる本人の頭の中は
なにもかも、違うんです。


まさに地獄から天国。



長男出産から次の子の出産まで3年間
とてつもなくしんどくって
頭の中ぐるぐる
同じことばっか巡って
小さいことが気になって不安で孤独で
もう、「誰?」ってくらい
心が弱い私になってたので
(そんな時期は人生初のアレルギーまで発症)


心がからっからに餓えてたんです。
だから、反動がすごかった。
飢え乾いていた。


私、そういう時、
すっごいチャンスなんです、いつも。
どう考えても、そうなんです。


今度は、
そのからっからに飢え乾いてるものを
満たしたい、という欲望がメラメラ湧いてきて
もう、とにかく勉強して
仕事のことよく知って
どんどんいろんなとこいいものみにいって

見るもの
聞くもの
教えてくれること
もう、なにもかもが
お宝のような言葉じゃないですかってくらい
貴重に聞こえて
一言ももらさないように吸収させて頂きますっ!!
という脳ミソの状態でした。
会う人会う人
神様みたいに思えた。

会う人会う人
「こんな素敵な人いるんだ」
「なんてすごい世界に生きてる人がいるんだ」
瞳孔の奥までぱっかり開いて
もう目の玉で全部吸い取っていくかのような
スポンジ力でした。


だから
とにかく元気。
長男の時の育児期とは明らかに、違う私。


まだ5ケ月くらいの娘預けて
どんどん勉強に出かけてました。


長男の時には
「こんな小さな子供を預けるなんてとんでもない」
って思い込んでいたのに。
嘘みたいに。
なんで、あんなに自分の行動を
自分の思考を縛っていたのか、もう本当不思議。


せいいっぱい
周囲に甘えて
お願いして

そのぶん
預けてる時間は
1秒でもおしくて
吸収できるだけ吸収させてくださいって
頭になってたんです。


2人目の子は
気がついたら
7歳になっていました・・感じです。



私達は、言葉に捕まって動けなくなるんです。

自分が言った言葉を一番最初に聞いてるのは自分です。
自分が自分で使ってる言葉が
わけわかんないと、
その言葉につかまってどんどん迷走するんです。



頭はもう見事に体を支配してるんです。

頭で「もうだめだ」と思ったら
本当に体はもうだめになっていくんです。


「もうだめになっていいですよー」って司令送るので
忠実にその通りになっていく。


「私は、もう年だから、どんどん悪くなっていってしょうがないのよ」って
いってると本当に
「歳だからどんどん悪くなってしょうがない」
私に体がなっていくんです。


だから、マイナスの言葉を言うな
ではなく
そんな言葉が頭をよぎる暇もないほど
やるべきことに向かうんです。


具体的な今日するべき仕事がある人は
幸せです。
「あートイレ行く暇もない」ほどあっという間の時間だった
という仕事を持ってる人は
しあわせです。


今日、朝から夜まで
やるべきことがちゃんとあり
役割があり、その役割を果たす
その繰り返しが、
「病気」になる暇を与えません。
頭の中に不安がよぎる暇を与えません。


あちこちが痛くなることを
忘れるほど
何かに夢中になるんです。


頭は体の中に入っているものですので
頭の迷走を止めるには
体を動かすんです。


お客さん相手の仕事なら
いくらでも工夫はできます。
工夫してる時は
「私の将来どうなるんだろ?」なんて
実は考えてもしょうがないこと
は頭をよぎりもしないんです。



人は
考えてもどうにもならないことを思考してる時間は
実は意外にも多いんです。
そして、その時間はとてもしんどい。



子育ては
一人でするんじゃなく
昔のように
よその子もうちの子もみんな一緒って育てるのが
うまくいくんだろうな、と思います。


テレビの中では
アフリカの映像で
わが子を他のお母さんに預けて
水を汲みにいく
お母さんがいない間は他のお母さんが
おっぱいをその子にあげる

こんなの今の日本で、ないです。


自分の子供を
「ちょっと、みよってー」とぽんと預けて
「はいはーい」と預かってもらえる
暗黙の空気が、ない。


他人様に預けるなんて、とんでもない。
悪いし、遠慮する
かえって気遣うから疲れる


他人に甘えることが
恐ろしく下手です。


隣に醤油かりにいくなんて
とんでもない。
感じです。


昔よりは
電気機器も溢れ
家事もらくになり
情報も溢れてて豊なはずなのに
実際はとっても
しんどい。


この心の中がかっらからなので
一番身近なパートナーや親に
イライラするんです。


疲弊しちゃってるぶん、
その反動で
みんながみんな
心を求めてるんです。


損得じゃない関係
心通じ合いたい
隣の人を信じたい
もっと近づきたい
もっと、大好きになりたい
もっと遠慮しあない関係が欲しい


とんでもなく
希薄になっちゃったぶん
その反動で
すんごく求めだすんです。



いいことです、それはきっと。
人間やってみて
カッラカラに渇いてみないとわからない。
ああ、水がないとこんなに苦しんだってことが
わからない。


逆に餓えて渇ききったからこそ、
強烈に求めだすし
大事なことが見えてくる。


生きていく心と体を壊しちゃ
なにしてるこっちゃわかりません。



みんながここあちこで
「非常事態宣言」を出すことは
いいことなんです。



リセットするチャンスなんです。
tounyu03.jpg
今日も作ってみました。
大根
ごぼう
たまねぎ
はくさい
ベーコン
ウインナー
はと麦
大豆
ヒヨコマメ
豆乳
toun02.jpg
大なべにかえてみた。

根菜たっぷり食べると
午後から体がポカポカ。

おなかの調子もよく。

毎日具だくさんスープ、すっかりはまっちゃいました。


明日はポトフです。

2016.01.29ひとりになるのが怖い

ひとりになるのが怖い
って、きっと子供の頃にうえつけられたようなものじゃないかなと
思います。
kodoku.jpg

思い起こせば
小学校の時、
転校生だった私を
「一緒にトイレ行く?」と誘ってくれたのがきっかけで
仲良く遊ぶようになった友達。

なんでトイレ?
と思うけど、男の人には意味わかんないかもしれないけど
女子は、小さい頃つるんでトイレ行ってたんですよ。

一緒にトイレ行く子がいないと
さみしい、とか。

中学になると
トイレに加えて
お弁当一緒に食べる子がいないと
さみしい、とか。

一緒にお弁当食べるグループから
はじきとばされたら
もう最後、学校行くのが怖くなる
とか。


大人になって考えてみると
なんて恐ろしく狭く小さな視野しかない世界で
勝手に怖くなって
勝手に縮こまって
生きてたんだろう
って思うんですけど
私は、そんな感じの小心モノでした。


一番大好きだった
中学の親友が
他の子と遊ぶのを見て
本気で怒って嫉妬してたり。

独占欲まるだし
そして一人が怖い感まるだし
です。

「なんで私のこの子(親友は自分の所有物だと思ってる)と勝手に遊ぶんよーー許せなーい、私以外の子と遊ぶあんたも許せなーい!」
(あんたは何様ですか?)と私は過去の自分に言いたい(--)


もう、ありえませんってくらい子供だったんですが
実は大人になっても
この「ひとりになるのが怖い」という
穴から抜け出すことができていない人は
いっぱい、いるのです。


大人になって
社会人になって会社に勤めるようになっても
子供ができてママ友と付き合うようになっても
どんな場でも
人は、つるみたくなる。


あるグループに所属していたら
そこからはじかれることを
極端に恐れるんです。
怖いんです。


平日の昼まっからママ友と何時間も
お茶&ランチしてる仲間同士でも
すっごく楽しくて大笑いして
でも、すっごく不安。
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不安で不安でしょうがないから
死ぬほど気遣って関係をつなごうと、するんです。


だから、疲れる。

本当は遣わなくていい神経ばかり遣ってると
外で「いい人」やってるぶん
反動で
家の中の「主人」&「子供達」&「言いやすい母親」に
当り散らすのです。

なんだか、わからないけど
イライラするわって
ことになるんです。


イライラの正体は
外で死ぬほどいらん気遣ってるから、です。


仲良くなって、頻繁に会い過ぎると
今度は一気に嫌なところが目につきはじめて
「あの人なんかねーー」と
一人が言い始める。
言い始めると
みんなが
「そうよねー」と後に続く。


いじめの構造ってきっとこうですよね。


仲良しグループは
お手手つないでにらめっこ、です。
不在者裁判のようで
その場にいない人がターゲットとなり
愚痴悪口噂話が展開されるんです。



小学生や中学生に
はじめるこの嫌な構造は
何も大人になったらストップするわけじゃなく
大人になっても
おばちゃんなっても
おばあちゃんなっても
同じこと繰り返す人は
同じこと繰り返す仲間とつるんで
同じことやってます。



人間関係は
固定されたものじゃなく
生モノです。


生モノなので
何かしらのことをしてないと
あっという間に関係は腐るんです。


最初は面白いと思ったけど、最近面倒くさい
最初はいいと思ったけど、なんか嫌になってきた
なんだかあの人、八方美人すぎて嫌


こんなことが、起こるんです。


相手がいきなり変わったわけじゃないんです。
自分の見方が変わったんです。


一度仲良くなったから
このままずっと固定されたものだ
と思ってるから、
ガッカリするんです。
腹が立ち出すんです。


人間関係は
生もの
これは原則なんです。


そこから「はい、いち抜けた!」って
気がついて
外に出ちゃった人は
すっごく楽になるんです。


一人でもいいじゃないか
って腹くくってると
同じように
「一人でもいいじゃないか」って人と
出会うのですよ。


みんなと一緒にいなくても
楽しいし
熱中できるもの持ってるから
逆に
みんなと一緒にいる時も
ただ、楽しいんです。
不安が消える。


濃い関係の友達や
親友と自分が本当に感じあえる関係なんて
1人いれば、いいほうです。


勉強会には、まだ小さい子供を育てているお母さん達も
来てくれます。

私もそうでしたが
最初の子供がまだおっぱい飲んでる頃なんて
もう、ちょっとそこのスーパーへお買い物ってことも
難しかったんです。


あんなに外に出てたのに
いきなり牢屋の中に閉じ込められて
誰とも会話しない日
が続いたりするんですよ。


勉強会に来るのも
子供を預ける段取りを何週間も前からしてきて
あたゆることを済ませてやっとこさ夜出られるんです。


女性にとって一番大事なのは
気持ちをさんざん吐き出せる場と聞いてくれる人
なんです。

正しいことじゃなく
立派なことじゃなく
絵に描いたような理想論じゃなく


今、このモヤモヤしたイライラや
自分で言語化できないような不安を
「そうそう、わかるよーー」って
共感してくれる存在と場。


愚痴の吹き溜まりのような場では
大笑いはしてるけど
実は死ぬほど気遣って他人に合わせたりしなきゃいけないから
疲れるんです。


私はもう長男の出産後はほぼ産後ウツ
でしたし
いわゆる産後の肥立ちが悪いって状態でしたので
髪は抜けるわ
はげはできるわ
肌はかさかさ
白髪はすごいわ
目は乾くわ
胃が痛いわ
痩せ細るわ
気力は失せるわで
もう大変でした。



あきらかに知識不足による、産後ウツ&肥立ちの悪さ

でした。


なので、その痛い経験を胸に
2人目の子の産後は
もうパラダイスでしたよ。


お産も最高。(ぼっこ助産院で、細胞全部リセットしちゃいましたって感じのお産でした)
産後も最高(こちらもぼっこで、滞在一ヶ月、どんなリゾートより快適)。


子供を愛しいと思えるのも
ああ、生きててよかったこの子に会えて
やっぱ愛よね
とか
すんごい言葉が出てくる時っていうのは
余裕というものがあってこそ。



1人目と2人目では
ゾンビと天女ほどの違いでしたので(私の状態が)
女にとって何が大事か
痛いほどわかるんです。



どんなに素晴らしい教えも
どんなに立派な知識も
自分がかっらからに渇いて心がさみしくてしょうがない時は
入らないんです。
「あーーそうですかーー、そりゃすばらしーーー」って実は右から左です。


小さい子供育ててる時の女性って
心に隙間風ふきやすいんです。
さみしくなりやすい。


家の中に閉じこもってる女性って
こうなりやすいんです。
雨風しのんであったかい部屋の中にいて
風邪ですかいっ
甘えんなっ
って世間様から叩かれそうですが

何も具体的な仕事とかすることがなく
物理的に一人でいる、
情報だけが入ってくる
って状態は
もっともあぶなくなりやすいんです。



家の中で
一人でしゃべらない乳児と
スマホ片手に
ひたすらミルク&おっぱい&おむつ
繰り返してたら
頭おかしくなっちゃうのも
しょうがないんです。


情報だけが
入ってくる。


他人の華やかな光だけが
クローズアップされて自分の視界に入ってくる。


知らなくてもいい周囲の知ってる人の情報が
どんどん入ってくるようになると
疑いが多くなるんです。

他人のいいところよりも
なぜか嫌なところが目につきだす。


他人と自分を比較することにより
どんどん
自分で自分を落とていくんです。
自爆です。

ドッカーン
誰が爆撃しかけたのでもない
自分で勝手に埋めた地雷を
自分で踏んだだけですが、
勝手にドッカーン



友達のマル子ちゃんは
あんなに楽しそうにイキイキ仕事して活躍して・・・・


私は、といえば
疲れ果てて
子供のうんち替えてる・・・・・


泣きたくなって当然。


友達のマル子ちゃんの苦労も知らず
マル子ちゃんの作られた華やかそうなイメージだけをみて
勝手に、自爆するんです。


こんな話本当にたくさん聞くたび、
自分もそうだったなと思うんです。


ですが、
過ぎてしまえば、
本当に「そんなことあったけ?」ってくらい
なんてことない生活に戻るんです。


子供に手がかかって
知識だけが頭に入ってきて
身動き取れない私って時期は
永遠には続かないんです。


私も子供が保育園行ってる頃は
このめまぐるしい毎日が永遠に続かと思いきや
もう今では
上の子は
私に寄ってくることもなく
抱き寄せると逃げる
3歳までおっぱいすっとたんやけんねーー!と
叫んでも
「あ、そー」とスルー。


かまってあげてたつもりが
「ああ、私を捨てていかないで」状態です。
少し、最近さみしい。



家族と一緒にいられる時間なんて
実はそう長くない。



人間本質は変わらないので
仕事好きな人は
子供少し大きくなったら
またバッリバリ仕事しはじめてますし
実際私もそうでしたし。


そのある時期だけ、
気楽に乗り越えらえるいい場
あったらいいのになあって思います。


だって、
現在の子育て事情や
女性の働きながら家庭やってる状況なんて
緊急事態宣言ですもの!

どんなに制度が整ってたって
足りませーン。


でも、子供はある一定の時期は
安心して育てたい。
ある程度育ったら、もう大丈夫。
だから、緊急事態宣言のある一定時期は
お母さんは、死ぬほど、周囲をフル活用したらいいんです。


甘え上手になる
お願い上手になる
話を聞いてくれる人をたくさん持っておく
「ここがダメなら、よそにいくらでも私の場所なんてあるわ」
とかまえておく。



女子が一番したたかに生き抜かないといけない時期
子育て期間中です。
人の手なんていくらあってもいいし
お金だって、遠慮なく頂戴
手助けしたい人いたなら、ええ、どうぞどうぞ
でいいんです。
優しくしてあげたい人はいくらでもいるんだから
優しく聴いてもらえる人や場は
いっくらあっても、いい。




愚痴悪口いない人のうわさ話じゃなく
死ぬほど共感して思いっきり聞いてもらえるけど、
その後は、発展的な方向へと指し示してもらえるような場や人。


そんな場は
少ないんです。


さみしい人がいくら集まってもさみしいの2乗3乗でもっと
さみしくなるだけ。
不安な人の3乗はさらなる不安をあおるのです。


不安な時
なんだかうまくいかないなって時こそ
同じような状態の人と一緒にいたがるんです。
なぜか、つるむ。
人間、磁石で引き寄せあってるので
もうどんなことしてでも
つるみたくなるんです。


あぶないあぶない


今いる場所で
一人になったって
グループからはじかれてると感じたって
大丈夫。


関係は次々変わって当然なんです。

独身時代は独身時代の仲間
同じ境遇の人と共通の話題で盛り上がる
これ、当然

でも、結婚して
子供できたりすると
やっぱり同じ境遇の人
同じ悩みを今現在抱えている人と
盛り上がりやすい
共感しやすい



そしてもし自分の親や義父母の親が
倒れたりして
面倒みるようになったら
やはりそこで
同じような境遇の人と
「わかるわーーー」と共感しあいやすいんです。


これ、当然です。


自営業の社長さんが
なぜ一緒に飲みたがるかっていうと
同じ孤独感をもってるから
同じ悩みをもってるから
同じところで、地雷ふんで
同じところで、痛い思いしてるから
共感できるんです。


サラリーマン同士も同じ。



特に女の人生は
結婚、妊娠、出産、育児、介護・・・・・
仕事同時平行しながら
いろんなことやってのけちゃってるんです。



その時その時、
「共感しあえる人」と出合って楽しんでいけばいいんです。


ひとつのグループに属してないと
私、恐ろしい
ってことはないんです。



それはいらん呪縛です。



固定された関係でないと
不安になる
って思っているなら
それは
私の中学1年の時の
「ちょっと、私の友達と勝手に遊ばんどいてよーーきーっ」ってのと
同じ痛い状態になってます。


かなり、危険です。



そんな人の口癖はきまってこうです。


誰それが来てというから、しょうがなく行く
誰それが誘ったから、しょうがく買う
誰それが・・・


私は、どっちでもいいんだけど
あの人がどうしてもっていうからね。


他人のせい、なんです。



私がこうしたい!
私がこれを好き!
私がここに行きたい!
私があなたに会いたい!


こう言いきれないさみしさが、あります。



何をしても
何をやっても拒絶されない安心感がある
そんな域までお互い心食い込んでいる
食い込まてる関係なら
遠慮はいらない。


会いたい、会おうよ
が、すーっと言えるんです。


拒絶されたら恥をかく
暇だと思われたら嫌
自分から誘ったら負けた気がする
自分だけが相手を好きな気がする

遠慮しあう
気を遣いすぎる

これ、すっごく疲れるんです、


その根底にあるのが
「ひとりになるのが怖い」
そして
「嫌われたくない」
です。



まずは、「はい、私、イチ抜けた!!」です。
そこから
いろんなことが
ぜーんぶ、拓かれていくんです。

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イチ抜けたのドアを開くのは
やっぱり、自分です。


さ、熱く語ったところで今日のお昼ご飯

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今日のみんなのお汁はこちら!
大根
ごぼう
たまねぎ
れんこん
人参
ベーコン
はと麦
ねぎ
の味噌汁

汁を吸ってしまうほど具だくさん
なのが好みなので
ついつい
入れ込んじゃいます。



お鍋すっからかんに、なりましたーー。
お昼ごはんに保温鍋のスープ、すっかりはまってしまいました。便利!!
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朝ご飯の残りをそのまま詰めた手抜き弁当
なんとレタスちぎって塩こんぶ乗っけただけ。
森下の田舎から持ってきてくれた豆腐がメイン。


明日は、白菜がゴロゴロ転がってるので
白菜スープです。

2016.01.27猫の手もかりてるくらいでした

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やっとお送りできます。
52号の「歯を失わないためのお話」

歯の神経ってどうなってるの?シリーズ第一弾です。

印刷はできていたのですが
発送準備がなかなか。。。。

もう本当に猫の手を本当におかりしてるほど
診療室が忙しかったので
やっとこさ、今発送準備に取り掛かっております。
nl5.jpg
今年はてんぽよくお送りできるよう
計画立ててますので
どうぞお読み下さいね。


知ってくださることで
歯を失う可能性はぐっと減ると確信してお送りしています。

52号の登場してくださっている
素敵な患者さんの体験談も
ぜひ読んで欲しい!


なんなら、直接会って話を聞いて欲しい
ってくらい
リアルな体験談をお聞かせ下さっています。


寒い冬
おこたの中で、どうぞ読んでください。
みかんの皮置きにしてくださっても、結構です。
目につくところにおいて下さるだけで、ありがたや。

2016.01.27受講生の方から感想を頂きました

https://www.8181118.com/manager/2016/01/3-5.php
1月6日にお邪魔した
シケン様から受講生の感想を頂きました。
この笑顔の時のです(笑)

DSC_5123.JPG


・技工・歯科、医療や人の体の奥深さを感じ衝撃的だった

・ルート営業で各先生方の好みはある事は認識していたが、患者様の状況によって適した技工物は違うことや患者様ふぁ納得した技工物をセットするために、医院で工夫されていることを知り
今後はそのあたりを意識して仕事をしたいと思った

守・破・離についてもう一度基本を見直しつつ、今後の営業活動に活かしたい。

・守・破・離はすごく参考になり、営業所に戻った後すぐに仕事用の手帳に大きく書きました。

・個人的に母性型人材育成(話はなかったがHPで閲覧)が大変興味をもった

・守・破・離の話では、それぞれをわかりやすく話して頂きこれから進んでいく道や仕事をしていく中で
守・破・離を思い出しながら行動していきたい

・第一声を聞いた瞬間から吉本先生は非常に明るく気さくな方だろうと思った

・専門の違いや相手への物事の伝え方など普段自分もうすうす感じていた事に対しての対応のヒントを教えて頂いたように思いました。

・自分(技工士)は営業との電話や教育担当の新人に物事を伝えるのが得意ではないので、
これから聞き手が理解できるように積極的に連絡、コミュニケーションを取り、満足できる技工物を作れる技工士になりたいと思った


・吉本先生の講演は是非来年の4年次の人にも聞いて欲しい

・去年の4年次研修を受けた先輩から吉本先生の素晴らしさや面白さはかねがね聞いておりましたが、想像以上にパワフルで1時間があっという間でした。


・守・破・離は吉本歯科医院のホームページを見た時に読ませていただいていたのだが
実際に先生の感情の乗った話しを聞いたほうが頭にしっかり残りました。

・一つの症例に対して5人が作れば5つの正解があり、その正解にたどり着くためには
まずは基礎である守を徹底しなければならないとは何となく理解していましたら専門の離にたどり着くには本当に学ぶことが多いなと思い、まだまだ守を徹底して作業していきます。


ぎっしり3ページにわかってすべての方から頂いた感想をいただくことができました。
中からほんの一部抜粋してみました。


ありがとうございます。

頂いた感想文は私達にもとても気がつかせていただくことばかりでした。

2016.01.27いろんな考え方がありますよね、って言ってる時の自分は迷ってるんです。

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母性型勉強会でした。
昨日は14名の方にお集まり頂きました。

残ってくれた方と写真撮影♪


いろんな考え方があっていいんですよ。
と言われるほど、不安なことは、ないんです。


それはもう
自分が難病にかかってて
それを治すために遠くのえらい先生のところにまで
診察に行って
あたりさわりのないことを診断されて
「ま、あとは心のストレスを減らすことが一番大事です」
と言われた時の「なんじゃそれ感」と同じです。



指針が欲しい
確かなものが、欲しい
これだ、というものが、欲しい

私はいつもそう思ってたので
「まあ、いろんな考え方がありますから」
とか
「みんな違ってるから、このままでいいんですよ」
なんて言われちゃうと
ガクッときてしまうのです。


いろんな考え方があっていい
という言葉には
受け取る側によって、違います。


周囲と衝突ばかり起こしてる自分でも
自分が何かをしようとしても周囲が助けてくれなくても
具体的に応援してくれる人がでてこなくても
近い関係の人とトラブルばかりでも
何かをしようとしても、続かない自分でも
すぐに落ち込んでブラックホールに入り込んでしまう自分でも
疑心暗鬼になって、他人が信用できない不安な自分でも


そんなあなたでも
今のままでいいんですよ。
だって、いろんな考え方があっていいんですから。

だって、価値観は多様ですから。


耳に聴こえはいいけれど、
そのまま真に受けてたら、大変です。


うまくいってるなら、いいんです。
うまくいかないなら、やり方に問題があるので
修正が必要なんです。


自分の思考には
パターンがあるんです。

自分の好みにもパターンが、ある。

自分を大切にしたい
自分らしく生きたい
なんだか、私らしさを失ってるようでしんどい・・・・


女性はよく自分がへこんで落ち込んでいる時
こんな言葉を口にします。

友達にそう相談するかも、しれない。


その時、決まって返ってくるのは
「そうよ、もっと自分を大切にしなきゃ」
「そうだよ、あなたの良さがあるから、あなたらしく生きればいいのよ」


・・・・・・・。

そして、その結果、
ドツボに落ちるのです。


ゆるくてあいまいで漠然とした言葉を飲み込むと
ゆるくてあいまいで漠然とした不安が全身を蝕むのです。


人は何かに向っている時、
自分の存在を忘れてます。

あそこ!という旗に向って走ってる時だけ、
その躍動してる渦中の中にいる時だけ
自分の頭を忘れるんです。


私が、人生最初に我を忘れて「あそこへ!」と走った時には
明快な存在が、いました。

あこがれる存在です。


もう、圧倒的にすごい。
自分の今まで生きてきた中で頭の中に詰まったものなんて
捨てちゃっていい。
はい、さいなら。


自分の脳ミソなんてまったく信じてなくて
自分が、ただただ、ひきつけられてしまうことに向って
ただただ、意識を集中していくことができました。


その数年間、私は「迷い」なんて言葉を持ってなかったし
自分らしく
なんて言葉さえ、自分の中になかったんです。


圧倒的な「あそこ」に向っていってる時は
迷いは消えるんです。


圧倒的な「あそこ」は、常に進化して止まっていないので
私もすごい走ってないと、距離が縮まらない。
だから、いつも走ってる。
止まってない。


具体的な何かに向ってる
そこに向って今まさに私は走っている
その習慣を体に叩き込むんです。


昨日まで走っていたように、今日も明日も同じように走るんです。
止まると、しんどいくなるんです。


でも、世の中は
「止まりなさいよ」とメッセージを送ってきます。


「そんな頑張り過ぎないで」
「すこしは立ち止まって考えることが大事よ」
「癒しとゆとりが大事」


真に受けて
「そっか、すこし止まろうかな」
「そっか、癒しとゆとりが大事かな」
と、ブレーキかけたが最後。


そこから、頭だけが迷走をはじめるのです。


だれもかれもが「ウツ予備軍」になってしまうのです。


考えすぎる
気にしすぎる
神経質が止まらない


これは地獄です。
頭の中で起こっている地獄です。



その前提として
走り続けることはしんどい。
頑張り続けることは、しんどい。

という「考え方」が頭の中に入っているから、です。


走り続けることが、心地いい。
頑張ってることは、気持ちがいい。

逆に
止まっているほうが、しんどい

そんな自分の頭に矯正するんです。


心が躍動している時の体の状態を
心の状態を
いつもいつも
寝てもさめても
忘れないように叩き込んでおくんです。
力技で矯正していくんです。




心について考える時、
心は目には見えません。

目には見えないけれど
心は
自分の習慣のかたまり、です。

思考も自分の長年の癖、です。


育った環境
親から刷り込まれたもの
自分で思い込んでしまったもの
それが自分の思考のパターンとしてかたまってるだけ、です。


いきなり凡人がイチローにはなれませんが
自分で作った心の癖を直すことは、簡単にできるんです。


たとえば
いつも文句ばっかり言ってる人がいます。
「私だって、チャンスさえあったらできるのに」って言い訳ばかりしてる人がいます。
あの人ばかりずるいっていつも嫉妬してる人がいます。
いつも自分にはいい出会いがないって言ってる人がいます。
自分の周りの人の悪口ばっかり言ってる人がいます。

周囲から見たら
「ああ、この人は人生うまくいかないだろうなあ」ってことは
一目瞭然です。


でも、誰も、言いません。
それを言うと嫌われちゃうし
自分のお客さんかもしれないし。
だから、言わない。
妻でも夫でも言わない。言うと怒鳴られるから。
言うと怒るから。
言うと機嫌悪くなるから。

言ってくれないんです。



でも、ひとたび頭の中に
「自分を振り返る」という反省回路というパイプが通ったとしたら
その人は、一気に変わるんです。


何か、うまくいかないな
なんだか、みんなと調和できないな
なんだか、自分がはじかれてるな
ってことを感じた時に

「だって、あいつが悪い」
「この会社、最悪」って
言葉にする前に

「私は、どうだったんだろう?」と
外じゃなくて
自分に向かう反省回路を
通すんです。


その反省回路を自分の頭の中に作り上げている人と
そもそもその回路が開通してませんわ
という人では、
「なんだか、私、どんどんよくなっていくわ、状況が!!!」という
世界への出会い方が違うのです。



勉強会では、先生は「生きづらくありませんか?」と問いかけてきましたが
生きづらいのは自分が生きづらくしてるから、です。
環境のせいでは、ありません。
社会のせいでも、ない。


生きづらい人と
生きやすい人がいるだけ、です。



今、生きづらいと感じている人から世界を見ると
世の中の人みんなが「生きづらいだろうな」と言う風に
見えるだけ、です。



人が生きていると
傷つくことは、あります。
傷つけられたと感じることも、ある。


過去に同僚がなにげなく発した言葉がショックで
もうずっと傷ついてしまって立ち直るのに時間がかかったと
いう話を聞いたことがあります。
ま、よくある話です。


たぶん、言った方は言ったことさえ、忘れてます。


そこで、「いろんな感じ方があるからしょうがないよね」
では、すまないんです。



傷ついてばかりの自分でいんですか?
ってことなんです。
それを受け入れるんですか?
ってことなんです。
そんなに自分で自分を弱くしちゃって大丈夫ですか?
ってことなんです。


誰の言葉にでも傷ついていくと
生きていくのは、地獄です。


同じ言葉を聞いても
「あ、そー」でスルーする人と
「許せない、殺してやりたいほど、憎い」と感じてしまう人が
いるってことなんです。

ささいな言葉に傷ついていく人は
そのたびに
周囲を攻撃します。

「あんな言葉いうなんてひどい」
「あの人は思いやりがない」
「許せない」
「私ばかり、こんなつらい思いして」


同じ言葉を言われても
「あ、そー」でスルーしちゃう人は
なんか、かすった?くらいにしか受け止めないので
自分の人生を止まらなくてすむんです。


でも、スルーできず
とっても大きな「傷つけられてくやしい!」と受け取ってしまう人は
その出来事のたびに
自分の人生がストップするんです。
へこむんです。
その期間が長すぎて
出てくるのに時間がかかりすぎちゃうんです。
だから、効率が悪い。


ずっと、止まらず少しづつでもアクセルふかしてる人と
何かあったらすぐ感情的になって怒って
自分の生活環境を変えたくなったり
人間関係遮断したくなったり
もうアップダウンでしんどいんです。


もちろんそのアップダウンに巻き込まれる家族は
たまったもんじゃないんです。
他人なら逃げられますが
血が繋がった親子や
籍が入った夫婦は
逃げられない。



価値観が違うと難しい
育った環境が違うと合わない
あの人とは自分と感じ方が違いすぎて合わない

そんな考え方が自分の頭にばっちり食い込んでいるならば
それは、間違いです。


違いがあるから、面白いんです。
特に男と女がまったく違う。

私なんて、男の人は、「レプタリアン星人」でしょう、くらいに
今はもう思ってますので
日本語通じちゃうだけで、
「おー、ブラボー。よく勉強したねーーすごいすごい」って感じです。


期待してないし
過剰な妄想も抱かない

女性はよく相手に
「自分を高めあえる関係の人と付き合いたい」
なんていいますが、
自分が成長もしないでずっと止まってる女なら
相手もまた同じようなのが見事にやってくるので
こっちもつまらないけど
相手も自分につまらないんです。


すべてはお互い様,相互の関係。

周囲の人間関係は
自分のレベルをうつす合わせ鏡。


こんなしょうもない旦那と結婚して
私の人生最悪っ
って思ってる時は
相手も同じように思ってます。



自分は自分勝手な思い込み
相手はこうあってほしい
こんなことを提供してほしい
私にこんなことをしてほしい
こんな暮らしを保証してほしい
それらすべてひっくるめて
幼稚な思い込み、です。

そんな幼稚な思い込みを
相手に当てはめていって
「うーん、この人は当てはまらない」
「うーん、この人も当てはまらない」


そんなフィルターを自分の頭の中に持ってる限り
誰がきても
うまくいきません。


「私には合わない」
「私と相性が悪い」
を繰り返すのです。


噛み合わないことが、面白い
違いがありすぎて、面白い
そう自分の頭を矯正していくんです。


今の自分の完璧に共感してくれる人を求めて
さまよい続けてると
本当に苦しみだすんです。


共感を求めると
苦しいんです。

同じように感じて欲しい
そうあってほしい
と求めだすと本当に生きることが苦しくなっていく。


人間関係
とくに夫婦の関係で
ウツとかになっていっちゃうのは
女性がほぼ9割でしょう。


女性は、めちゃめちゃ相手に求めますので
それが得られないとあきらめはじめた時に
希望が見えなくなって
脳みそが迷走しだすんです。


「私は、もうこのまま一人ぼっちじゃないか」
「私は、死ぬまで誰とも心打ち解けられないんじゃないのか」
「私は、誰にも理解されないまま死んでいくんじゃないんだろうか」


長い間、ずっと
同じ思考回路で
ずっとずっと考えすぎて深刻なっていった人は
みな同じ言葉を言うのです。


だから、成長しなくちゃいけないんです。
誰もが、成長しなくちゃいけない。


だって、心が弱くって傷つきやすいと
生きていることがつらくなるから、です。


何が起こるかわからないのが私達が生きてる現実です。

「きっと、大丈夫」なんて思ってたって
いきなり災難が降りかかってくることが、あるんです。



頭だけでどうにもならないことに
遭遇するのが私達の現実です。


昨日の勉強会でも
「ああ、そうやな」と自分のことのように思ったことがありました。


自分でお店をして
子供を2人育てている肝っ玉お母さん。

子供が受験です。
もうあとちょっと。


それまでは、
「受験なんて人生の通過点。なるようになるわよ」
と、言ってたし、そう思ってた。


でも、いざわが子のその時となって受験勉強に必死になってる
わが子と受験生の母となると
もうそんな絵に描いたように理想論、右から左へスルー。


感情だだもれ。
「どうすんのよーー!!もう、なんでしっかりやらないのよーー」
「やらないと大変なんだからーー!!」
もう、日常生活支障きたすわ
感情はゆれるわで、もう大変。


冷静でなんていられない自分に
もうビックリ。


そう、そんなものです。


他人事は、なんとでも言えるんです。
他人事は、理想的なことが言えるんです。
他人事は、客観視できるんです。
他人事は、冷静なんです。



わが身にふりかかった時、
さあ、自分はどうするか?


結局は、自分との戦いです。


で、それを逃げるんじゃなく
「きたぞ、やってやろうじゃないの」と向っていくんです。
おたおたする自分
よそではいいこと言えるけど
わが事になると全然できないじゃん、ってことを確認して
「じゃあ、どうしよう」って成長する材料ができるんです。


今までの自分の体験になかったことは
今現在の自分の頭の中には「こうやったらうまくいく」という
ことが内臓できてません。


内臓できてないから、
向っていくんです。

緊張する
ドキドキする
恥ずかしい
あたふたする
胃が痛い
しんどーいい!!

そんな実際の体験を通して
新しい行動の体験を
新に内臓していくんです。


知識でどんなに勉強してても
実際には、使えないんです。


例えば、うちにも
年に1回くらいは
「ひょえーーーー、おっそろしーーこわーいい」
という方が窓口にお見えになります。

「おい、予約制って、痛いのに診てもらえんのかい?」(オラオラ系)


ひょえーーーーーっ


もちろん
マニュアルはたくさんありますよ。


こういう患者さんが来た時には
こう対処しましょうと、細かく。



でもね、でもね。
使えないんです。


最終は
腹くくって向き合っていく
しか、ないんです。


怖い、
逃げたい、
誰か変わって
背中に大汗
顔面蒼白


そんな状態になった時
「えいやっ」
と足を出せるかどうか、なんです。


足を出せた時
その体験は
私の血となり肉となり
そして、私の中の「対応術」として
実際に使えるようになるんです。



度胸
勇気
思い切り
どうにでもなれ!


こういった能力?は
残念ですが
本やセミナーでは
得ることができないんです。


どんなにウン百万円の教材を買ったとしても
身につかないシロモノなんです。




そうか、
クレーマーがきた時は
こうやって対応するんだな
とどんなにマニュアル本読んでも
対応できるようには、なりません。


それは
恋愛テクニック本を山ほど読んでも
目の前のあの人をゲットできないのと、同じ。


合う合わない
好き嫌いなど
横へ置いておき
自分らしさ
自分にやさしく
なんて言葉も破砕ゴミくらいに捨てちゃって


とにかく
やったことないことに
足がひるむようなことに
逃げたくなるようなことに
入っていく
緊張するなら
もっと緊張する場所へ
緊張しすぎて吐きそうになっちゃうような場所へ
足を向けるんです。


そしたら
その動いている過程で
必ず、自分の体中の血がぐわーーって渦巻くほどの
過度の緊張を体験したり
おしっこちびりそうになったりする体験したり
するんです。


本当はうんと若い頃に
一番訓練できるのが
恋愛です。
だから、10代20代にうんと恥ずかしい思いしたり
うんとぶつかって玉砕される痛いことしたり
することってすごく大事。

その時の痛い体験は
きっと30代40代からボディブローのように
効いてくる。



若い頃の恋愛って、こんな感じのオンパレードじゃないですか?

終わって冷静になってみたら
「俺って・・・」
「私って・・・」


なんで、あんな熱くて痛くて重くてやばい女だったんだろう。
と振り返ると思うのですが、
渦中にいる時は、まったく気がつかない。

きっと、みんなやってますよね、そんなこっぱずかしい体験のひとつやふたつやみっつ。


相手がどうであれ
もう欲しくて欲しくて欲しくてたまらなくて
もう感情だだもれで
突っ走ってしまう。

自分のご都合だけで
自分の感情だけで
思いっきりつっぱしる
北海道だろうが
九州だろうが
沖縄だろうが
後先考えず
気がついたら私来ちゃいましたーーーーなんてこと
平気でやってのけるのが若いってことの特権(だと思う)


親がひやひやするようなこと、さんざんやってると、
大人になってから
あんまり痛いことしなくなるんです。



仕事の中でも
そんなチャレンジするシーンはいくらでも、あるんです。


そこを通過する度に
確実に
「あれ?前の自分はすぐ緊張して胃が痛くなってたけど、今はならないわ」
「あれ?前の自分だったら、すぐ怖くて逃げてたけど、今は誰が来ても怖くないわ」

て自分に出会うんです。


いろんな考え方があるよね
って言葉につかまらないこと、です。


考えないこと、です。


止まらないこと、です。


私が20代必死で「あそこ」というところへ向って
走っていた時、
私はずっと手帳に書いていた言葉あるんです。


「今の私の頭で何を考えたところで、
できない言い訳しかでてこない」


動いていない時
勇気がない時
周囲の目が気になりすぎて動けない時


かならず、
人はいい訳をします。



いい訳してるうちに
人生は終わるんです。



あいまいな言葉にまどわされないために
動くんです。


先人の言葉や
倫理道徳
座右の銘
素晴らしい言葉はいっぱいあります。


でも、動けてなんぼ、です。
言葉をもってるけど
動けないなら
そんな言葉ゴミと一緒です。
捨てちゃう,私なら。



動いてみたから
あの言葉の意味がわかる


この順番でないと
言葉は意味なし、です。




あそこに、向って動いてる。
躍動してる過程にのみ、
人は「ああ、生きてるな」って実感するんです。


止まって考えてる時には
漫然とした不安
そして
誰も信じることができない
ということになるんです。



みんなが当りさわりのない言葉でやりとりをしています。
日常は、全然それでいんです。
むしろ、それが潤滑油なのでOK。


でも、自分を動かすガソリンは
明快な言葉がいい。


もうこうしちゃいられないっ私っ

そうやって自分を動かしてくれる存在を
持つんです。
そんな言葉がたくさんあったらもう最高!

そうしたら
止まらずにすみます。

そうしたら
ウツにならずに、すみます。


いろんな考え方がある
その言葉は深いんです。


なにもできてない時に
私の考え方に固執すると
なにもできない自分で止まっちゃうんです。



より深いところに、浅い自分を合わせていく
右だと思っても深いものが左だというのなら右へ行ってみる
赤がいいと思ってもより深いものが青だというなら
青を飲み込んでみる。


自分の合う合わない
自分が好き嫌い
を超えたところで
びっくりするような自分に出会うんです。


あらゆる違和感を飲み込んで
ギュイギュイ自分の器を中からひろげて矯正していくんです。

歯列矯正って、そうなんです。
歯がガタガタになってるところに
金属のワイヤー歯の表面や裏側にくっつけるんです。
痛いんです。
歯が動き出すから、痛いんです。


でも、何年かすると
「もう前の歯には戻れませんわ」ってほど
美しく並ぶ。



それと同じ。
「あそこ」という着地点が見えているから、希望が見えているから
そこにいくまでの過程は肥やしだと思えるんです。



こういうやりとりを
たくさん聞けるから
人が集まる会は面白い。







2016.01.27歩き出したカウンセラーはるみ

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うちのカウンセラー森下が、
歩いてるんです。


あの大寒の日から
一年発起して、「歩いて通勤」を始めました。


ことの発端は前回のミーティング。
体が大事。
体が資本。

ってことを痛感した森下は
みんなの前で
「私、歩いて通勤するわ」
と宣言。


そして、今朝もちゃんと歩いて通勤。
スニーカーで登場。
1万歩軽く超え。


「お、お尻が痛いんです。。。」
と言いながらも
ほっぺがほんのりピンク色の
「ああ、血の流れがいんですねー」って女性の肌です。



すごいですね。
私も触発されて、歩きますよー。
寒くても。
階段だって、8階くらいエレベーターじゃなくて
階段にしちゃいますよ。



とにかく今、うちの医院は
健康志向なのです。


新枝先生は、現在スイーツ断ち。
院長も、炭水化物断ち。

車よりも自転車
自転車よりも、歩き


そして、
昼食には
なぜかみんな私の「お汁」&「スープ」を食してくれるのです。


レンコン
ごぼう
ねぎ
かぼちゃ
大豆
はと麦
なんでも煮込んで
お味噌や
トマト味にしてるんです。


ちょうど
保温鍋というものを
もらったのがきっかです。


朝出勤した時に
2階のキッチンにあがって
根菜さくさく切って
ベーコン等いためて
あとは
だしをいれて
保温鍋に入れて13時まで煮込む。
所要時間5分。


昼休みになると
ほかほかの
具だくさんスープができています。


それをみんなで
「あー、あったかいね、しみるー」
とか言ってもらいながら
お鍋からっぽにしてもらうと
私はすごく、嬉しい。


お調子ものの猿なので
ほめられたり
おだてられると
どこまでもやるんです。

なので、上手に使ってくれると
嬉しいマネージャー。


だいたい1月2月って、寒いんです。
手先も冷えて女子は
冷え症な人多いから
体調悪くなりがち。

体が滞ると
ココロまでうつうつしてくるんです。

そうなると
私はとてもつらい。


自分がいる場所
つまり職場を
あっためておきたい
という気持ち
ま、自分勝手な欲ですが
が非常に強いので
スタッフの手足がポカポカで
内臓もあったかくなってると
やっぱり嬉しいんです。


気分は伝染するので
みんながあったまってると
私もあったまる。
私があったまってると
みんなもあったまる。


そうしてると
ここにお越し下さる患者さんも
その結果として、あったまる。


そう思ってるんです。


歩くことが苦痛にならないのがいいんです。
楽しい
しんどくない。
快適。
気持ちいい。


「歩かなくちゃいけない」
ではなく
「あ、今日歩こうかな」
くらいの軽い感じで
継続していくのが
きっといいんです。



「あいたたた・・・・」とお尻をなでている
森下ですが、
明らかにいい空気を漂わせているんです。

2016.01.27予想される悪玉菌を徹底的に潰していった今年のスタートでした

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今日はあったかいです。

今年は、1月4日に仕事はじめしてからずっと
ご機嫌&体調良し、です。

これは偶然では、ありません。

私は昨年の年末年始、死ぬかと思うほど
しんどい想いをしたので
その恐ろしさから、今年は年始の10月くらいから
これでもかってくらい
計画を立てていました。


体調壊すとすべてがパー
なので、
体調を維持することを
徹底的に管理していたんです。


ふだん日曜日でもあまりゆっくり休む習慣がないので
年末年始や長い休日になると
気が抜けて
スイッチ切ってしまっちゃったりして
年明けて2月、3月までろくな仕事ができませーんってことにならないように
ばっちり、準備してました。


小さい目標をたくさん作って
そこに向ってコツコツシコシコ。
することを具体的に記入しておくこと
習慣にしていくことで
「さあ、これが完了、次はこれだね」と
いっこ動き出すと
動いている最中に次の目標が出てきます。
そして次、次。


ここまでに、
これをやり終える。
そのためには、この日にはこれ、と。


優先順位をはっきり書いておくことで
イライラしなくてすんだし、
余裕ももてた。

余裕があるから、
いろんな面白いことが発見できる。



いい循環です。


そもそも
人がイライラするのは
自分の思う通りに物事がいかない時です。



自分が思った通りせめて8割くらい
順調に進んでいることが目に見えてわかると
なんとも一日は充実するものです。

そして、朝も気分よく目が覚めるのです。


今日、すべきことが具体的に、ある。


人間にとって一番大事なことです。

自分の意志で取り組んでいる
ことを意識していくことで
俄然、元気が出てきます。



私は、もともとそんなに体が丈夫じゃないし
胃も弱いし
口内炎もすぐできるし
寒いの熱いの苦手だし
なにも考えず
「ただ忙しい」「何をやったかわからないバタバタした一日」が続くと
すぐ疲れ始めるんです。


同じ一日でも
「これをやろう!」と決めて
それをやれた一日と比べると
達成感が違う。


42歳にしてはじめて
計画をきちんとたてて
その効果が感じられる
ということを
体験しています。


すごく、いい。


年末年始も、
いつも通りに
朝ははやく起き
ちゃんと動く
食事もでかけてるとはいえ
食べ過ぎない
夜も遅くまで起きてない
本もちゃんと読んで字も書く

いつも通り。


これができている時が
私はとても調子がいいんです。


大笑いできるには
余裕が必要です。


去年の1月はしんどくて1ケ月ほど病人だったので
もう二度とこりごり。


体も道具なので
ちゃんと使ってやると
ちゃんと動いてくれて
体の中にある心もちゃんと稼動してくれます。



たった今、お昼休みに
大好きな夫婦が話をしに医院に来てくれました。

きっかけは、
先週ある社長さんの会社に呼ばれて
でかけて行った時に
たまたま数年ぶりにその会社で再会したこと。
「わお!お久しぶりです!」


会うことはなかったけど
そのご主人のメルマガはいつも読んでて
その日の朝一番に読んだメルマガに
「わかるわー、そうそう」って共感したので
プリントアウトして手帳にはさんでいたんです。


そんな日の
偶然の再会!
「わお!先生ひさしぶり!今日、メルマガ読んだとこ。
ほら、これ印刷したもの・・・・・」(驚)


意識していたから、会えたのか。


そしてもうひとつ、
仲良し夫婦の先生方とお昼休みにコーヒー飲んで
話してるところに
携帯が・・・。


こちらも、いつも自営業で忙しくしてて
なかなか会えない友人から。

今ね、こんなご夫婦が見えててね・---
と話すと
「え?知ってる、私の先生だものーー、ちょうど近くまで来てるからちょっと寄るわー」

ってことで
急きょ合流。


4人で話をしていると
「今日ここで会えてるのもなんだかすごいね!」
ってことになり、
たった1時間でしたが
相当のエネルギーチャージ。



私は、こういうことの流れを偶然だとは一度も思わないんです。


面白いな、嬉しいな、なんだかいいな
って心の中が思っていると
もっとそう思うような出来事が起こるんです。
これ、本当にそうなってるんです。



逆に
なんか
腹立つわ
イライラするわ
調子悪いわ
って心の中が思っていると
もっとそう思うような出来事が起こるんです。



これは法則なんです。
笑っているから、もっと笑いたくなるような出来事が起こるように
現実が引っ張られてくるんです。


怒っているから、もっと怒りたくなるような出来事が起こるんです。



だって、笑うようなことないんだもん
だって、嬉しくなるようなことないんだもん

って、ふてくされてると
その現実は継続されます。


人は、今の状態を維持しよう維持しようとうする
生き物だから、です。


怒っている人は、ますます怒りたくなるような出来事が起こり
感謝している人は、ますます「ああ、ありがたいな、ラッきー」っていう出来事が起こるんです。




イライラしてるから、
そのイライラをもっと継続させるように
さらにイライラさせるような出来事が起こります。
入った店が感じ悪かったり
仕事でミスしたり
いまのイライラをさらに増長するような出来事が
面白いほど、起こるのです。



嬉しくて気分がいい時は
その気分をもっと維持させようという出来事が
起こるのです。


その仕組みをちゃんと知っておくことが大事なんです。
知っていたら、
自分で断ち切ることができるから。


水車と同じです。
水が流れ出すと
どんどん回ります。


いい流れに回りだしたらどんどん回り続けるんです。
むしろ、止めるほうが大変。


最初に大きくいい方向に回す舵をきるのは
やっぱり、自分です。
そう、私。


ささいなことを、
面白がっていく
奇跡じゃない?ラッきーと面白がっていく
これって、こんなに素敵なことじゃない?って
自分の頭に覚えこませていく。

そして、言葉にして他人まで
巻き込んでいく。


人は、「あの人に会うと力湧いてきた」
「元気がでたー」って人に会いたいんです。


自分が止まっているとしたら
その止まっている自分を
巻き込んで一緒に連れて行ってくれるほど
勢いがついている人に会いたいんです。


ドヨーンとしてる人に会いたくない。
大笑いしたい。
面白がりたい。



計画たてて「やることを決めておく」
「やらないことも、決めておく」
これを私に詳しく詳しく教えてくれた人は
いつも
淡々と仕事をして
アップダウンがなく
安心感を与えてくれる人だったんです。


強靭な精神の持ち主なのかと思いきや
一定した高い精神状態を維持するには
いい習慣を持っていました。


すごいなあ
と思う人は
絶対なにか訳があるんです。


ぐいぐい入り込んで
教えてもらうと、
本当に
よくなっちゃいました。


ささいな習慣ですが、
今実際にやり続けていると
「なんでこんなすごいこと
私やらなかったんだろ?」と
?だらけです。


そんなことが
世の中にはゴロゴロ転がっているんです、きっと。

2016.01.16場の空気を作る、すごさ  学習塾って私が行きたい!

kumon.jpg
子供達が通っている公文の先生のところから毎月頂く
お便りです。
この教室を主宰されている先生が手作りで作っています。
ぎっしり6ページ。

書いていることと
教室の雰囲気と
先生が子供達にいつも言ってること
先生が私達親に言ってることが
いつも一致している。


先生が自分の子育てした時に
悩んで困って乗り越えた実体験など、
書いてる時もあります。


だから、先生が書いてくれる文章は
毎回私の中に響いてきますし
読んでいると
私自身がここに通いたい、と思うんです、いつも。



塾や
習い事を主宰される先生の
苦労は場の空気を作ることです。


生徒さんを集めてくる
集客よりも
その場を「成長できる場」に
維持していくことが
何が大変ってそれが、大変。


塾や習い事に限らず
大人になっても
いろんな勉強会や研修会で
みんなが好き勝手やって
スマホもOK
おしゃべりOK
他ごとOKな人が集まっている場は
心落ち着きません。


ダレちゃってる
何してもOK
態度の悪い人がいるけど
何も言わない
ってことを放置していると
場の空気はどんどん乱れます。


そこにいるみんなが
先生の話に集中し
一緒にその場の「いい意味での緊張感」を
作り上げようと意識を張り巡らせている時は
なんともいえない心地よさをそこにいるみんなが
味わうことができます。


一体感です。
みんなで、一緒に、意識をひとつに。


学びたい
という姿勢と
教えきりたいという思いが
一致した瞬間は
もうたまんなく「心地いい空間」です。


それは
体感するとわかることです。
一度でも、「ああ、こういう場は心地いい」
ってことを体感すると
人はその場を再現したいと思うし
そんな場が欲しいと
思うんです。


先生が、
その心地よさを知ってて
その心地いい空気の作り方を
知ってる教室は
いい教室だと思います。


特に子供相手になると
水を打ったように「シーン」と静かに集中する空気を
作り上げることは
想像以上に大変です。


そのために
小さなルールを子供にも大人にも
徹底していくよう
努力しているのが
見えます。


席を立つ時は、静かに椅子を入れてから
保護者が入れるのはここの線まで
靴はこの場所で揃えて
保護者への電話はここから
かかってくる電話を受けるのはダメ
挨拶の徹底


雑音がしないように
集中している意識が他に向かないように
小さなルールがいっぱいあるんです。



もちろん最初からきちんとできる子はいませんが
何度の何度も何度も何度も繰り返し教え込んでいくことで
「この場では、こうするもの」
というルールが親にも子にもしみこみます。


こと、
誰かに何かを教わる
自分が自分でできるようになるように教えてもらう
という場では

「お金を払ったんだから、お金を払ってる側が上」
という態度は
間違いです。


間違い、というのは
その思考では、学ぶことはできず
自分を成長させることは
できないから、です。

お金を払っているのに
損をしているんです。


教える側から
教えたい気持ちをどんどん引き出してしまうような
生徒がたくさんいれば
先生はどんなにかやりやすいだろうな
と思います。



先生の教室に行くと
先生のすごさをいつも感じます。


この空気を維持するために
水面下で
とんでもなく努力してるはずです。
あの手この手
ああでもないこうでもないと
きっと改善改善を繰り返し
そこまでしてはじめて
「シーンとした心地いい空間」が
できてるんです。



何かを提供する場や
何かを教える場は
きっと皆同じです。


そこを取り仕切ってる人の
意識ひとつ。
取り仕切ってる人の意識に
皆が引っ張られていく。


そこが低くて
ダレダレだと、
みんなが低きに流れ出す。



ここは、こんな場にしていくんだ
ということは
逆に言えば
「こんなことはこの場では許さない」ことを
しっかり決めてるから、です。


うちも同じだから、です。
教室ではありませんが
いろんな患者さんが集まって下さる場です。
いろんなタイプのスタッフが働いてくれる場です。


意識が乱れていくと
どんどん場の空気が乱れ
そこにいる人達の心の中まで
ザワザワしていくこと
知ってます。


一生懸命サポートしてきた子供が
「辞めたい」と言ったり
保護者が「もうこの子には向いてないから
辞めさせようと思う」
とか
子供によっては波があり
調子がいい時、
凹んでその気になれない時
いろいろです。


そのたびに、本人や
保護者と
よく話をして
乗り越えさせてきたり
励ましたり
共感したり
している様子を何度も見ました。


そこまでできるのは
ただの「塾の先生」という意識でやってるのではないから
だと話をしてていつも思います。


この子供達に自分で自分を成長させるように
なって欲しい
この子達に努力すること
成長することは快感なんだってことを
教えたい
伝えたい
未来は自分次第でどうにでもなるんだってことを
伝えたい
そう、思ってるのが
伝わってくるんです。


私も、何度も何度も
この先生に励ましてもらって
何度も何度も
子供のことで行き詰まってる時に
よく話を聴いてもらい
力をもらいました。


想いありき。
まずは、想いが最初。

そこから、どうやって場を作るか決めてるんだと思うんです。


私が行きたい、といつも思う場所です。




2016年1月の母性型勉強会日程決まりました。


■日時:2016年1月26日(火)18時30分~20時30分
■場所:高松国際ホテルにて
■会費:3,000円(食事代込み)


今年最初の母性型勉強会ぜひお越し下さいね。

2016.01.15自分にとって明確な問題がある人にとってだけ、その講義は価値がある

同じ勉強会で
同じ講演を聴いて
同じレッスンで
たった数回で、何もかも変わってしまい
向う方向がばっちり決まり
その人の仕事ぶりや、取り組んでいることが
一気に加速しはじめる人がいます。
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また
同じ場にいて
同じ話を聴いて
「いい話きいた」
で終わり
現実の自分の毎日は何ひとつ変わらない
という人がいます。
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理由は明らか、です。

自分の中に「必死で答えを探している何か」
があるかどうか、です。

求めているから、探すことができる。
求めているから
渇望しているから、つかむことができるんです。



どんなことを教えてくれる場でも
現実の自分の毎日で
切羽詰った「何か」を問題としてもっていて
そのことをはっきりと自覚している人
先生の言うことを、
掴むんです。

求めている人に出会うんです。

今持っているものや人の
価値に気がついていけるんです。


先生が言うことを
「これは、自分のやってることに置き換えると」
とすぐ考えることができるんです。


「このままじゃいけない!」
という危機感
そして
自分が欠けて欠落しきっている部分を
必死で補おうと渇望する気持ち

満たされない自分の中の何かを
必死で埋めようする力

必死になって
つかみとろうとするから
どんどん入ってくるです。



必死になりたいけれど
必死な様子を見せたくない
と自分にカッコをつけていきはじめると
あらゆるシャッターは下ろされます。



自分を好きになりましょう
って、よく言われます。

どうやって?

と、教えてくれますか?


頭で考えて自分を好きになれません。
頭で考えて自分を大事にできません。
頭で考えて他人を好きになれないように。


大事なことは
「自分を好きになることです」
って、書くのは簡単。


むしろ
人間は
自分はこんなところも
あんなとこも
凹みまくって
この部分は多大に欠落してるわ、とはやく自覚した方がいいんです。


下手に
「そんなことないわよーーできてるわよーー」
「みんなそんなものよー」
「すごいと思うよー」
って言葉に安心して
自分を成長させるなんて面倒くさいから
今のままでいかな、って思ってしまうほうが
よほど恐ろしいんです。



他人と接して
深く関わるようになって
自分とは違う相手のすごさを感じて
自分の中にはそんな要素は片りんもないわ、と気がついた時
逆に
チャンスなんです。


欠けているものが大きくあるから
チャーンスなんです。


「欲しい」「欲しい」「どうしても欲しい」と
熱望するから、
力が湧いてくるんです。


思い出して下さい。
あの人にはできるのに
私にはできない
「くっそーー」
その時巻き起こる感情は
他人への嫉妬ではなく
できない自分への悔しさ、です。


きれいにまっすぐじゃなくて
凸凹にへこんでて
もっといえば、
欠けている方の面積の方が大きいことを
自分が知ってるから
その反動で
そこを思い切り求め始めるんです。


何が何でも
「埋めたい」
という力がモリモリモリっと湧いてくるんです。



今、
もうマイナスばっかりで
そのことを自分はよく知ってて
でも、そのマイナスを隠そう隠そうとしているなら
それは
力の使い方の間違いです。


逆なんです。
マイナスOK。
凹んでいるのOK、
欠けているのOK。
性格に問題ありOK。
暗いのOK。
内向的消極的OK。


マイナス要素が大きければ大きいほど
ふり幅は大きいんです。


振り子と同じです。
大きくマイナスに傾いているから
その力で
大きく反対に向くことができるんです。


大嫌いだったあの人が
いきなり
大好きに変わったりするじゃないですか?


別に
「すきでも嫌いでもない」
という人は
いないも同じなので
大好きに変化することとないのと
同じです。


行き詰まったり
迷路に入ったり
途端に動くことが恐怖になったり
そういう時は
チャンスなんです。


問題をほじくりかえす
チャンス。



吐き気がするほど
考えて悩んだりしたら
もう最高にチャンスです。


自律神経に支障をきたすくらいいったら
その時、真剣に関わってくれた人の言葉が
スッコーンと自分の中に入ります。


自分を安全な場所においたところから
自分に都合のいい知識だけちょうだいって
傍観してるうちは
何も変わりません。



必死になるって
いいことなんです。
おかしくなっちゃってます?
ってくらい必死になってる時って
他人はどう思おうがまったく聴こえてこない状態なので
自分としては最高の状態。



自分が大きく欠けている部分を
必死で埋めよう埋めようと
水面下でもがきながらも
旗を立て、「あそこへ行くぞ!」と決めて取り組んでいる時は
「自分を好きになれない」
なんて言葉は頭によぎりません。


だって、必死だから。

意味がわからない言葉につかまると
自分の人生も迷走するんです。


自分が「あそこ!」と立てた旗に向って
着実に作業をしてる時
そして、その旗に到達し、
また次の旗を立てて向い始めるんです。


私は、漫然とした不安が一番怖い。
よくも悪くもない世界に生きてるって自分がいることが
一番怖い。


自分の心と頭は放置して時代の流れのまま
みんながいく方向へ流れるままいると
あっという間に、心の病気です。

誰もかれも、他人事ではない時代。


舵を取るんです。
自分で。


他人が舵を取るんじゃないんです。
親でもなく
子供でもなく
世間でもなく
夫でもなく
妻でもなく
世の中でもなく
自分が、自分の人生の舵を取って生きるぞ
と決めておくんです。


決めるから、意志が湧いてくるんです。

自信があるから、決められるんじゃないです。
自信や才能があるから、意志があるんじゃないです。


順番が逆なんです。



人は恐怖とともに生きちゃう生き物なので
しょうがないんです。
先のことを考え
恐怖し
不安におののくことは
人間生きてるうちは
セットです。


それが消えるのは
死ぬ時だけ。


恐怖を克服するんじゃなく
恐怖を考える暇がない状態に
今日という日を取り組むんです。
頭の中に「怖くなって不安材料ばかりでいっぱになって
身動き取れない」ものが充満してくる暇がないくらいに
取り組むんです。



そのために
決めるんです。

「これをやろう!」
「こうしよう」

小さなことでも
「まずはあそこへ」と旗をたて
そこまでがむしゃらで行く癖をつけるんです。
自分の体と頭に叩き込むんです。
覚えこませるんです。

自分で自分を洗脳していくんです。



どんなに頑張ったって
100年後は生きてないんです。とりあえずは
こっちの世界は終了。


そんなに永遠の時間が約束されているわけじゃない。


余計なことが頭をよぎる暇がないくらい
心動かし
頭動かし
体も動かしておくんです。

そして、それが
できるように小さな「旗」をいつも立てておくよう
決めちゃうんです。


癒し
とか
余暇
とか
そんな概念もった途端に
心は迷走をはじめるんです。


癒しを得るために生きてるわけじゃなく
余暇でゆるむために生まれてきたわけでもないんです。


自分の中に「勢い」が消えないよう
意識的に
そして力強く
自分で舵をきっていくぞ
と決めとくんです。


心の中で決めるだけ、です。


でも、見えちゃうんです。
他人からは。


「ちゃんと決めてるか」「決めてないか」

言葉にも出てきてしまうんです。


「私は、一体どうしたらいい?」
ではなく
「私は、こうする!」

と決めていくんです。



他人とちゃんと関わると
自分自身の問題が必ず浮き彫りになるんです。
浮き彫りにならないとしたら
関わってないから、です。

表面的なところでしか
関わってないから。


相手は自分の鏡なので
相手に深く関わっていくと
「結局は、私ですか???あれ」いうところに
必ず行き着いてくる。


そうやって深みはまって
泥沼やってるうちに
どんどん自分がわかってきて
見えてきて
面白くなっていくんです。



結局、あの人と話をしているようで
自分自身とコミュニケーションを繰り返していくことに
気がついていくんです。



だから、
いつも
問題を抱えているってことは
いいことです。


問題があるから、
人の話を聴けるんです。
問題があるから、
すごいなあ
圧倒的だなあって人に
出会うことができる。



自分に面白いものを与えてくれる人は
どこにもいません。

面白がれる自分
すごいと思える自分
この人すごいと心酔して自分をぶつけていける自分
必死になれる自分


そういう自分を作っていったら
何がきても、面白い。



ちょうだいちょうだい
与えて与えて
はやめて


自分で掴めるように
自分を底上げするんです。


そっちにエネルギー向けたほうが
よほど健康寿命はあがるんです。


肉体の中には
「こころ」が入ってるので
その「こころ」を躍動させていると
その外側の肉体は「こころ」に裏打ちされたようなもの。

勝手に「元気に」なるんです。


心をどう使っていくか?
どう考えていくか?
で大きく変わるんです。


薬じゃあ、変わらない。


掴み取ろう
という自分が手を出していく
という心の積極的な動き
自分の何もかもを動かしていくんです。


2016年1月の母性型勉強会日程決まりました。


■日時:2016年1月26日(火)18時30分~20時30分
■場所:高松国際ホテルにて
■会費:3,000円(食事代込み)


今年最初の母性型勉強会ぜひお越し下さいね。

2016.01.12愛されたいという下心が、必死で手紙を書かせていた

実家の母が、私が置いていった手紙のダンボールをなんとかしてくれ
邪魔だから
と、何度も言われます。

写真はあっさり捨てちゃうけど
手紙はなぜか箱に入れて置いていちゃったんですね。


最近、患者さんからも手書きのお手紙を頂くことが多く
お手紙を頂いたらその日のうちにお返事を書く習慣がついている私は
毎日必ずお手紙を書いています。

手紙を書くことは
まったく苦痛ではなく
むしろ、快感。

小さい頃から、手紙を書くことが大好き。
文通好き。
交換日記好き。
飽き足らず新聞の「ペンパル」で見知らぬ人と
手紙でやり取りをする
とか、
してました。


だから、便箋は毎月必ず買いに行くし
絵葉書も見つけたら即購入。
切手もなくならないように必ず買っておく。

お手紙もらったら
すぐ出せるように。
はっと思ったらすぐ書けるように
家にも職場にも
手紙&はがきセットは
常備しています。


まだ携帯やポケベルなんかも
なかった時代。
私は、ずっと手紙書いてました。


それはそれは
重い文章です。
今の時代なら、
「重たい・・・」
とドン引きされそうな文章ですよ、きっと。


でも、まだ人と人とのやりとりの中に
「重いよね」
という言語さえ世の中になかった時代ですので

「こんなこと書いてドン引きされないかしら?」
なんてことは
頭に一瞬もよぎらないのです。



ただひたすら
自分が大好きなあの人に
どうか私を好きになってほしい
愛してほしい
という必死な想いだけ、です。

大学に入って
親友と関東と関西に離れた時
それはもう毎日のように手紙を書いてました。


さみしかったのと
恋しかったのと
はじめての親のもとを離れたお互いが
新たな土地で新規開拓していく
不安と期待とどきどきと(不安9割でしたが)を
心繋がっていると確信している相手に
知って欲しい
伝えたい
聞いて欲しい
という思いです。
nouda_10.jpg

もう何枚も何枚も書いて封筒に折りこんで
入れ込む時には
「これ?定型の切手で届くかな?」
ってくらいずっしり、でした。


つまり、「どっかん、重い手紙」です。


私もずっしり重いけど
相手もずっしり重いですよ。


そんなやりとりを
たくさんしている時、
私は、毎日毎日ものすごくいろんなこと
考えてました。


もらった手紙読み返してみても
相手もいろんなこと
考えているんです。
へえ、これが10代に考えたことか
へえ、へえ、と懐かしく思うんです。


書いた文章は
頭の中で考えていることの現れです。
たくさん書いてる時は
やっぱりたくさん考えてるんです。



ラブレターもたくさん書いたし(撃沈も多かったけど)
何枚も書き直しして、
翌朝、思い切って手渡しする
なんてこと、してました。


真正面から向っていって
「ごめんね」
と言われる時、
がーんとショックなのですが、
さわやか、なんです。


このふられたけど、
さわやか
という感覚は
実際体験してみると
わかるのです。


人生の中で一度でも
面と向かって
異性に思い切って告白してみる
という体験は
絶対人生に役に立ちます。
仕事にも
なにもかも。
uehara_4.jpg


ラブレターを書いて渡す前までは
緊張の極地です。
どうしよっかな
あ、きた!!!
どうしよう
いつ渡そう
ああーーーー、みんながいるしな
いつ一人になるかな
あーーー。帰っちゃうう


走れっ私っ!!


必死です。
それも、一人で。
恋心を成就させる時は
友達だっていないんです。
たった一人で
走っていかなきゃいけない。


みんなきっとそんな
恥ずかしーーー自分内コミュニケーションを
繰り返しながら
誰かを自分の方に振り向かせようと
してきたんです。



ラブレターを渡す
または
告白する
または
「付き合って下さい」
と宣言する
ということは
「私」「俺」という自分を
相手にどうか受け入れて下さい
とお願いしていくものです。


大好きなんだ、
あなたと愛し愛されの関係を作っていきたんだという
心の中の模様を
言葉に出して
文章にして
相手に差し出すわけです。


そりゃあ、大変な作業です。
よっこいしょが相当いるんです。


自分は相手を好きだけど
相手は自分に「そんな気はない」というリスク
自分は相手を好きだけど
相手は自分よりも他に好きな人がいるというリスク


リスクと書けばリスクですが
そりゃ、冷静に見れば
当たり前のことです。


100発100中あたるわけはない。

でも、もしかして
「好きです」と相手に伝えた瞬間から、いきなり相手が意識しはじめるかも、しれない
でも、もしかして
「好きです」と相手に伝えて相手に彼女,彼氏がいたけど、しばらくしたら
相手の方が自分にアプローチしてきはじめる
ということがあるかもれない

そして、
実際に
こういうシーンはよくありますね、現実に。


だから、わからないんです。
向ってみないとわからない。
口に出してみないとわからない。
ぶつかってみないとわからない。


化学反応と同じなので
なにもしなればなにも変化はなく
「まずは、ぶつかってみる」
というアクションを起こすことで
かならず
「何か」「変化」は起きるんです。


その変化は
すぐにはいい結果じゃないかもしれないけれど
長い目で見た時にはかならず
「あの時、恥ずかしかったけど思い切ってぶつかっといてよかった」
ということになるんです。


確実にわかっていることは
動けば、何かは変わる
ということだけ、です。



そして実際
ふられたとしても
ふられたけど、
自分は満足なんです。
やりきった感。
やせがまんではなく
これ、本当に自分の中が
なぜか満足。


で、「どうしよっかな、好きだけど、言えない
きっと誰かいい人いるし、私なんかに興味ないだろうし」
って腹の中でもんもんと思いながら
「別に好きじゃないし」って顔して
何食わぬ顔して様子うかがってる時とは
まったく違った世界を見せてくれるんです。

そして
「私、あなたが好き」
と心の中をすっかり見せてしまった後は
ふられようが
受け入れてくれようが
主導権は実はこちらに移るんです。←私はそう感じました。


私はあなたが好きだけど、何か?
だから!好きなんだってば。
しょうがないやん!好きになっちゃったんだから!


って、すっかりオープンに心のうちを見せていけた時
自分自身はすっごくさわやかなんです。


やることやって
あとは、また自分のすることに向うだけ。


「これって、
最高やん!
ってことは、
私、これから怖いものなし?」


自分が思い切って勇気だして
動いてみたことで
自分の世界がぱあーっと広がる体験をするんです。


なんだあ、こんなにスカッとするなら
とっととやっときゃよかった
と思うんです。


一度、体験したことは
何度も繰り返すことができます。


でも、一度も体験してないと
歳をどんどん重ねるうちに
どんどん怖さが増し
どんどん自分の人生で
怖いもの、恐ろしいもの、できないものが
増えていくんです。


赤の他人に自分を「好きですが!ひとつよろしく!」
ぶつかっていくことは
ある意味、
相当勇気のいることです。

恥ずかしい
人に知られるとダメになった時はずかしい
自分の方が立場が弱くなりそう
重いと思われたらどうしよう


いろんな想いがよぎります。
頭の中に
あらゆる「恐怖」がよぎるのです。


でも、たった一度でも
「えいやあっ」と
その恐怖を乗り越えて
自分の心のうちをオープンにして
いくことをしちゃうと
あとはもう簡単。



アタックする前と
もうすでにアタックした後では
見える世界は違うんです。
現実に、違う段階の世界へステージアップなんです。


思い切ってアタックする時は
たった一人です。
一人で、するんです。


ねえ、ねえ、よしこちゃん(←誰??)
一緒にアタックしよー
ではないんです。


みんな自分の人生を一段ぐいっと上げてる瞬間は
たった一人なんです。


そう思うと
すっかり気分は戦国武将でしょ?
テーマソング流れてきますよね?
自分の背中を誰か、押してますよね今?
って雰囲気に気分が上がってきますよね?




あなたが好き、そしてそんなあなたに私を好いてもらいたい」
という心の奥から湧き出てくるエネルギーは
とんでもない力を持つんです。


なぜならそれは
愛されたい
繋がりたい
という根源的欲求だからです。

命に根ざしてるからこそ、
必死になるんです。



自分で自分を奮い立たせてていく
流れてないバックミュージック(自分のテーマソング)が
勝手に流れてきて
自分だけに聴こえ
自分を「よしいけ、私、今がその時」と奮いたたせることができちゃうんです。

勝手にヒロイン
勝手に戦国武将
状態です。


主人公は、私なので、
いくらでも力が湧いてくる。


そして、そこまでエネルギーが湧き出てくる自分に
これまた「私って、素敵かも」と一人酔いしれることもできるのです。


誰に言われたわけでもなく
自分の中から湧き上がってきた
この「私って素敵かも」と「自分が勝手に思う」
という状態は
人間にとってとてもいい状態なんです。


自分自身が自分のことを
どう思っているのか
が一番大事なので、
自分のことを自分だけは、「私って、やれるじゃん」と
思い込めている時は
何をやっても
うまくいくんです。
やれそうな気がしてくるんです。


その時の
エネルギーは
そのまんま
仕事にも応用がききます。


無性に力が湧いてくる
という時の
人間の心の仕組みは
同じなんです。


力がぜんぜん湧いてきませんわ
って時は
頭で考えすぎてる時です。
こうなったら、恥をかく
こうなったら、損をする
こうなったら、ああなったら
ふられたら恥ずかしくてこの先、みんなの目がきになる
とか
いろいろです。
そういう時は
向う方向本当にしんどいんです。


湧き上がってくる
「想い」なくして、
何をどうすることも
できないんです。
つまらないし
面倒くさいし
無駄な努力がいるし
根性論になるし
「でも、こうしなきゃ」とか
いろんな「ねばならない」で自分をがんじがらめに
縛るのです。




あの人の心を掴みたくって
必死、という心の状態は
もうどう考えてもいいのです。


あの人
という対象がリアルにイメージできる時
もう脳ミソマックスに活性化してます。


お商売で考えも同じです。
お客様を喜ばせたい
と漠然としてるよりも
今、うちに来て下さってる◯◯さんという人を
どうか喜んでもらいたい
よくなって欲しい
と具体的にイメージできる時ほど、
力がぐいぐい湧いてくるんです。


女性が恋をしたらきれいになる
とか
結婚が決まると急にスリムになってきれいになる
とか
それは
もう頭の中に
「あの人」に愛されたい私
「あの人」にもっと愛されたい私
になってるから、です。

対象がある時
人は、俄然意識しはじめるんです。



なんだか
不安で
なんだか
元気がなくて
なんだか
力がわいてこなくて
なんだか
「こんな毎日が永遠に続くのかと思うと苦しい」
とか思い出すようになった時は


私はラブレターを書いて渡した瞬間を
思い出すんです。
一番再現しやすいから。


強烈な体験は
何十年たっても
すぐに再現できます。


「そうか、あの時のあの感じと同じだな」
ってことを体は知ってるので
やる気を出すなんて簡単です。



大好きなあの人に
自分を好きになってもらいたい
振り向いてもらいたい

必死な想いは
自分の心と体を一気に動かしてくれます。



仕事
遊び
人間関係
いろいろパーツであるようにみえますが
それをやってるのは
一人の「私」です。


まず、「感情」ありきです。
「必死な想い」ありきです。


「好きだ!好きになってほしい!自分を見て!」
そして
「こんなんじゃ嫌だ!!」
も同じです。


うわああっって
大声で叫びそうになるほど想いが溢れてきたら
そのまんま、体を動かしていくんです。


心と体が一致しちゃってますので
どんどんやれちゃうんです。



自分の心の中から
「下心」を消しちゃだめです。


私達は
命という炎を燃やしながら
生きてる息して心臓動かしてもらってるんです。神様に。

機械じゃないんです。
ボタン押したから
はい、動け
では
動かないんです。
動けない。


ガソリンがいるんです。
燃料が。

その燃料は
努力
根性
で頑張れ頑張れ精神論では
無理なんです。

特に女性は。


嬉しい時
あったまってる時
愛おしいものがある時
いっくらでも
力が湧いてくるんです。


「愛」とかうさんくさそうに思いますが
うん、これはもう「愛しかないね」って
真顔で
恥ずかしげもなく
言えたり
思えたりしてる時は
やっぱり命がちゃんと燃えてるんです。


知識では
理性では
動かない。


きれいごとだけで、人は力が湧いてこないんです。



好かれたい
愛されたい
繋がりたい
もっと見て欲しい
認めてほしい
あれも欲しいこれもほしい



自分の欲を満たすんじゃなく
自分の心の中にあるコップを
あの手この手で満たすんです。

心のコップが満ちてる時に
自分はどういう心模様になってるのか
他人はどう自分の目にうつるのか?
他人に対してどれほど優しい気持ちになれるのか
それを思い出して思い出して
再現するんです。

そうなった工程を
順番通りに再現するんです。


自分が欲しいものに
正直になってる時
絶対背中を勝手に押してくれる存在を
感じるんです。



好きなら好きなんだ
と言えちゃう自分

これが欲しい
これをこうしたいんだ

と正直に言えちゃう自分


心の中で「モヤモヤする」ものを
溜め込まない自分


「今日もモヤモヤ」を積み重ねていくのか
「今日もさわかか」を積み重ねていくのか


全部自分で決めちゃうんです。


2016年、よしっ
私は「うんとさわやかな方でいこう」
と先に決めておく。



20数年前のうんと「さわやかな、長い長い手紙」を
読み返してみながら
「うん、やっぱこれしかないわ」
と改めて思いました。



2016年1月の母性型勉強会日程決まりました。


■日時:2016年1月26日(火)18時30分~20時30分
■場所:高松国際ホテルにて
■会費:3,000円(食事代込み)


今年最初の母性型勉強会ぜひお越し下さいね。

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