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2011.03.2349日の法要

先週末、父の49日法要のため、故郷愛媛の松山に帰ってきました。

松山市内のいたるところで学生さんやボランティアの方が、震災で被災された方に送るための

義援金を集めていたり、救援物資を預かるための活動をしていました。

若い人のその「なんとかしてあげたい、力になりたい」という純粋な

エネルギーが街中に溢れている、そんな感じでした。

一日も早く、復興できることを祈ります。

 

今回の49日の法要は私の兄が喪主だったので、「俺が全部するから」と

大風呂敷を広げていたのですが、実際前日になって蓋を開けてみると

「ちょっと・・・・なんもできてないやん・・・・(><)」状態で、真っ青!!!

 

慌てて父の妹の叔母と私と母で諸々の準備を。

叔母いわく、「まったくこの家の男は口は達者で何も出来ないんだから!」と

笑いながらあきれておりました。

odango.jpg

仏さんにお供えするお団子もこうやって作ったのですが

祖父が亡くなった時にも祖母がこうやってせっせと作っているのを

横で見ていた遠い記憶があります。

でも、実際に「さあ、作ってごらん」と言われると

作れません。

odango2.jpg

odangotsukuru.jpg

家族のみんながコネコネして1個づつ丸めてあげると仏さんは喜ぶそうです。

oryougu.jpg

こんなお霊具膳も一体おはしの向きがどっちやら?何をどこに置くのやら?

祖母がいないので叔母以外、誰も知りませんでした。

 

お坊さんとのやり取りや

お墓での決まりごとも

叔母以外誰もしらない状態です。

 

兄のお嫁さんに

「あなたが覚えておいてね」と話をしていましたが、なかなか難しいですよね、きっと(^^:)

 

叔母がダッシュでいろいろなことを取り仕切って動いてくれたお陰で

なんとか無事49日の法要を済ませることができ、父の骨もお墓に入り

あとはGWに高野山に小さい骨壷を納めにいくだけとなりました。

 

49日の間はなんだかとってもバタバタと行事が続くせいか、

悲しんでいる暇があまりないんですね。

うまく出来てるなあ~と勝手に感心しました。

 

大切な人がいなくなってしまって、49日間の間にいろいろと行事を重ねることで

残された人は気持ちの整理を少しづつできるのかもしれません。

 

法要が終わり、親族みんなで食事会をしました。

その食事会は、「今日って49日の法要?」ってほどにぎやかでみんな好きなこと言って

大笑いしていました。

「みんなが楽しそうにしてるほうがお父さんがうれしかろ?」と

伊予弁で話す叔母。

 

父と離婚した母と、父の妹の叔母が「あっはっは」と本当に打ち解けて話をしている

様子を見ていると、時間というものは人の心をこんなに変えていくものなのかな、と

感じます。

 

別れる、別れないだのすったもんだしている当時は

嫁VS姑

嫁VS舅

嫁VS小姑(笑)

嫁VS夫

とすさまじい闘いを日々繰り返していたのに、今となってはもうすべて笑い話しのようです。

 

「あん時は、若かったわね~」

「本当、仲良くしましょうね~~やっぱり女同士はいいよね」

 

おばちゃんパワー炸裂というか、そのおおらかさに私もビックリです。

30年前に和解してちょうだいよ・・・(--:)と言いたいところでしたが止めました(苦笑)

 

人間、そうそういがみ合ってはいられないものなんですね。

しんどいから、仲良しの方が楽なんです。

対立するより、和解した方がよっぽど楽しいんです。

 

ずーっと不協和音を醸し出していた人同士が一気に打ち解けてしまうと

今度は、以前よりもずっとその関係は濃いものになるようで

今回の父の葬儀以降、いとこ同士や、親戚同士の絆が濃くなったような

気がします。

 

 食事の席で、こんな話になりました。

「しかし、うちの家の男はもう見事にマザコンだらけだね」と(笑)

 

「マザコン」という言葉は一般的に聞くと

きっとイメージが悪いんでしょうか?

 

自分のお母さんには頭が上がらないことを一般的には「ダメ男」という

イメージを持つ人ってきっと多いですよね。

 

でも、私は実は「マザコン男」万歳派です(笑)

 

自分の母親に頭が上がらないとか

自分のお母さんをとっても大切に思うとか

自分のお母さんに恩を感じるとか

実はお嫁さんよりも、お母さんの方が大事とか、

きっと日本人の大半の男性はそうなのではないでしょうか?

 

少なくとも、今まで38年生きてきて

ああ、素敵な人だなあと感じる男性は例外なくこういう↑人です。

これって「マザコン」?だとしたら、マザコン万歳です。

 

母親に恩も感じず、

母親のこともまったく気にもかけず

母親のことを大切にも思わないし、しない

そんな人はきっと「情」も薄いか、たぶん、ないに近いです。

私はそういう情の薄そうな人はとにかく苦手です。

 

実際、うちの院長も、120%「マザコン」です。

口ではそっけない様子ですが、誰よりも母親を大事に思っていますし

母親が困っていたら自分なりのやり方でサポートしています。

 

でも、それが私にわかるのが嫌なので

私にわからないようにこっそり、サポートしているようです(笑)

 

男の人の中にも、

自分がお母さんに優しくしていたら、マザコンと思われるんじゃないのか?

と思ってしまう部分があるのかもしれません。

 

私は女なので「マザコン」ではなく、どちらかと言えば「ファザコン」です。

でも、「マザコン」も「ファザコン」も絶対OKです。

お母さんの喜ぶ顔が見たい

お父さんの喜ぶ顔が見たい

これって純粋な欲求だと思いませんか?

人として。

 

子供心に、もちろん大人になってからでも

自分の親に喜んでもらいたいという素直な気持ちは

誰しもあるのではないでしょうか?

 

子供は親に愛情をかけられていると感じていたら

そういう風に勝手に育っていくものだと私は思います。

 

本当に子供のことが大好きな親は

子供に何かいいことがあれば素直に喜びます。

「やったー」

「すごいね~」

「よかったね~」

と無条件でチューしちゃいます。

 

そうやって親に喜ばれた時に、子供もまたそのまま純粋に

親の愛情を感じてしまうと思うんです。

 

喜ぶということは、もう反射的に感情がわきあがってくるものです。

だから、子供の心にスーッと入っていくんだと思います。

 

ちまたでよくいう

「子供を褒めましょう」という作為的な行為ではなく

もうまったく無意識に起こる反応です。

褒めて育てる、なんてマニュアル本がよくありますが

作為的に褒めるのは逆効果なのでやめたほうがいいです。

子供は純粋なので、大人の「作為」はお見通しです。

 

また、それは職場での上司と部下との人間関係でも一緒だと思います。

作為的に褒めるととても疲れますし、

作為的に褒めると、その「作為」はイマドキの若い人には全部お見通しです。

とっても神経が細やかなのが今の20代です。

私は38なので、もう結構図太くなっていますが。。。。

 

最近うちの医院にもお越し下さっている方で

大きな会社のちょっとえらい方の話をします。

 

この男性は母親の愛情をいっぱい受けて育った男性です。

さらに、お姉さんからも愛情をいっぱい受けて育った人です。

 

私はこの人の行動や言葉を見ていてとてもその生い立ちや環境に

興味を持ちました。

いろいろお話する中で、わかったことがあるんです。

 

「小さい頃から女性の愛情をたくさん受けて育った人は強い」

ということです。

 

お母さんやお姉さんがめいいっぱい愛情をかけて育てちゃうと

普通に考えたら、どこか頼りなさそうな、超マザコン男のように育ちそうですが

実際は、競争に強く、過酷な中でも頑張れるんです。

 

さらに、何が素晴らしいってその「共感能力」が抜群なのです。

つまり、他人の気持ちが自分のことのように感じることができる、という能力です。

 

愛情をたくさん受けて育っているので

ここぞという時には、素直に人に甘えることができます。

実は、こういうことで悩んでる

とか、

実はしんどいんだ、

とか、

ちょっと頼むよ

とか、

ポンと言えちゃうわけです。

これって、すごいことです。

特に男性は。

 

女はべらべらしゃべって発散しちゃいますからね(笑)

 

素直に人に甘えられない人間は

どういう行動に出るかといえば

ひねくれる

すねる

ひがむ

ふてくされる

・・・・・といった感じです。

「どうせ自分なんか・・・へっ」と殻にこもってしまうよりも

自分の弱さやつらさも素直に表現して、困った時には

困ったと言える人の方が最終はきっと強いです。

 

なぜなら口に出して素直に言えた瞬間に

周囲の人は、なんとかしてあげなくっちゃという気にさせてしまうからです。

 

人に素直に甘えられる

というのは一種の能力だと思いました。

 

私は根本の性格がひねているので(--:)こういう素直でストレートな人に

パッと会うと、もうすっかり惹き付けられてしまいます。

 

それはどうしてかと言うと

自分にないものを持っているから、です。

単純に、「うらやましい」と思うからです。

 

「マザコン」「ファザコン」もきっといいマザコンと悪いマザコンがあるのでしょうが

自分の親を大事にする子供はよその親も大事にする

というのが私の考えです。

 

なのでこれから結婚する女性はぜひ、「マザコン」をお選びください(笑)

そこで結婚した相手がお母さんを大事にしてても

怒ったりせず、「そんな人だから、自分のことも大事にしてくれるはず」と

捉えてみてはいかがでしょうか?

 

男の人にとって、どんなに大好きな女性がいたとしても

心の中にいつも大事に想っているのは「お母さんの存在」です。

「お母さん」はきっと特別です。

お母さんの一大事に息子が飛んでいくのはこれ、当たり前。

飛んでいかないような息子なら、ちょっと考えた方がいいかも?

 

それは「情」の問題であり、親子関係は切っても切れない縁があります。

合理的に、効率的に理屈で結論が付かないのが「心の問題」です。

 

特に日本人はそういう民族ではないでしょうか?

26の時に、知覧にあるの特攻記念会館に行った時に

特攻隊員が書いた数万という手紙が展示してありました。

その手紙のほとんどは、「母上様へ」というものです。

 

特攻隊員が最後に書いた手紙のあて先は「お母さんへ」なんです。

すごいと思いませんか?

 

父親からでも母親からでもお姉ちゃんからでも、もうめいいっぱい愛情を受けて育った

人は、総じて性格が歪みにくいと思います。

 

英才教育をしてすごーく勉強が出来きるけど、性格が最悪

と人っています。

ものすご~く美人でスタイルもいいけど、性格が最悪って人もいます。

 

それは、愛情を受けて育ってないのかと言えば

そうではなく、その愛情はきっと「条件付きの愛情」を注がれたから

そうなったんだと私は思います。

 

ものすごく勉強ができて、優秀な学校に行ったから

「あなたは素晴らしいわね」

と誉められたり

 

ものすごく顔が綺麗だから、

「あなたは可愛いわね」

と誉められたり

 

そういった表に見える部分だけを評価され続けて大きくなったりすると

そりゃ、性格も歪になりますし、ひねくれもします。

そう思いませんか?

 

「じゃあ、僕はいい大学に行かなきゃ愛してもらえないのか?」

「じゃあ、私は綺麗じゃなくなったら愛してもらえないのか?」

子供心にそう思ってしまっても無理はないです。

 

これは大人になっても同じです。

たくさんお金を持って地位も名誉もあって

そのことばかりに目を向けられると

「じゃあ、自分が全てを失ったら愛してもらえないのか?」と

不安になるのと全く同じです。

 

◯◯だから、好き

◯◯だから、愛してあげる

という条件付きの愛情と

 

もう無条件でその存在を愛している

というのは、見えている部分は同じようでも

心の中身を育てている要素はもう全く違うんです。

 

母親は子供がどういう状態でも、どんな子供でも

自分のお腹を痛めてでてきたこの分身を愛しますし

無条件の愛情を注ぎます。

 

大きくなって勉強がもっと出来たらいいのに

とか

もっと顔が可愛かったらいいのに

とか

いろいろ欲も出る時もありますが

最終は、「元気で幸せにやってくれればいい」とただ幸せを願います。

その存在そのものがいとおしいんです。

 

そう考えると

母親にめいいっぱい無条件の愛情を注がれて育った人は

どんな状況でも意外に強く生きていけそうな気がしませんか?

 

大人になると挫折やプライドをへし折られることがしょっちゅう起こります。

女性にはもともとそういうものがあまりないのでこういう精神的な挫折は

少ないのですが、男性はプライドをまとって生きているようなものですので

些細なことで意外にヘタッと折れてしまう瞬間がありそうです。

 

そんな時、

素直に人に甘えられる

愛情をたっぷり受けて育った「マザコン男」は強いかもしれません(笑)

 

ピキーンと張った枝はすぐに折れそうですが

しなやかな柳のような枝なら、グニャグニャしながらも決して折れそうで折れません。

 

うちの医院では、「母性型経営」って考え方で日々、やっています。

日々模索しながらですが、

気持ちはこれとまったく同じです。

母性型経営は言い換えれば「マザコン経営」????(笑)

 

 

例えば、うちの歯科衛生士の田中が、技術が高く仕事がよくできるから

大事にする

とか、うちのカウンセラーの森下がコミュニケーション能力が高いから

大事にする

とか、

そういうことでは、きっとないんです。

 

同じ人間ですので、いい時もあり、悪い時もあります。

調子のいい時もあり、悪い時もあり

仕事に対してやる気がある時もあり、ない時もあり

アップダウンがあるのが人間です。

 

要は、どういう状態でもいつも変わらず見守るという

気持ちの問題だと思うんです。

そしてそれを時間がかかっても、わかってもらえるように

伝え続けることだと思うんです。

 

自分がどんな状況にあっても、守ってくれるという安心感があってはじめて

全力で何かしようと思えるものです。

支えがあるから、突っ走れる

そう思います。

 

◯◯だから

大事にする

 

という条件つきの愛情は、受けた側も実は心の奥で淋しいんです。

 

人は誰だって無条件の愛情が欲しいです。

言い換えれば無条件に自分に愛情を注いでくれる存在を

死ぬまで探していると言ってもいいのでは?と思うほどです。

 

無条件の愛情を注ぐシンボルは、世界中どこを探しても

「お母さん」ではないでしょうか?

 

私はもっと男の人は大きな顔をして母親孝行してもいいんじゃないかと

思います。

イタリア人並みに。。。。

 

隠すと歪になるので、すっかりオープンにしてしまって

「お母さん大切にするから」と公言しちゃってもいいと思います。

 

そこで奥さんは、そのことを「まあ、素晴らしい」と褒めたたえてみては

どうでしょう?

拍子抜けして男の人も肩ひじはらなくても自然体で

いられるような気がします。

 

今のような核家族社会が普通で地域の繋がりが薄い時代には

縁という縁はすべてたぐり寄せて、一人でも多くの人と仲良くなっておく

方がどう考えても得です。

それは親も含め。

 

人間は生きているとしょっちゅう困ったことが起こるし

気持ちがブルーになって落ち込んで死にそうになることだって

多々あります。

でも、そこに人のあったかさや、声や、手があると

びっくりするくらい回復できたりするのも人間です。

 

つくづく、人は水や空気と同じくらい人との心のふれあいが

必要な生き物なんだと思い知らされます。

 

人は人によって癒されるし

また、人との関係なしでは、 実はまともに生きていくことだって

できない存在です。

 

最近私は思うのですが

いい意味で、私達の世代の男性は少しづつ変わってきていると私は思います。

母性型経営勉強会にお越しになる男性の参加者は30代~40代前半がほとんどなのですが

みなさん、共通の雰囲気があるんです。

 

それは、肩肘を張らずに自然体である、と言う点です。

 

もっと上の世代になると、まだちょんまげがついているのかも?と思うほど

男の沽券とか

男の意地とか

男のプライドとか

たくさん身にまとっている人がたくさんいます。

 

そういう強くして実は内面はとてもナイーブな男性をうまく支えてきたのが

日本の女性だったんだと思いますが

幸か不幸か、そういう「献身的に男性を支える」女性は

圧倒的に少なくなりました。

 

それよりも、自分の人生を!という方向に意識が向く女性の方が

圧倒的に今は多いです。

学歴が高い女性も男性とほぼ同数くらいになっています。

地位の高い職業につく女性もすごい勢いなんだそうです。

 

時代は変わりました。

しかし、今面白いなあと思うことは

一人一人内面を深く知っていくと

男性も女性も、もっと人と精神的な繋がりを持って自分の人生を生きたいと

願っている人が少なくない、ということです。

 

右肩上がりの時代には

いけいけどんどんで経済成長によって物が豊かになることが

幸せと信じてきたけれど、

いざ蓋を開けてみると

その中には、肝心な自分の根源的な心を満たすものが

入っていなかった、

と感じている人は多いと思うんです。

 

「昔はよかった」と昔の人は言いますが

いつの時代もきっとみんなそう言っていると思います。

 

今に生きている私達は、少しでも居心地がいいように

自分の生き方や考え方を微調整していけるんです。

 

肩肘張らなくても、自然体でも自分が生きていける方法があるなら

その方がいいと思いませんか?

 

2010年頃から、人の価値観が大きく大きく変わるということは

よく言われています。

多かれ少なかれそう感じている人は多いのではないでしょうか?

 

価値観が変わる

ということは

今までは、これが普通だと思っていたことが消え

まったく違った考え方が普通に感じるようになってくると

いうことです。

 

面白いですよね。

 

どんなに時代が変わっても

人の心理はそうそう変わらないと思いますし

男はやっぱり男であり、男の特性があります。

女はやっぱり女であり、女の特性があります。

 

その特性を生かすことが、きっと一番いいのだと私は思います。

もともとあるものを使うので、余計な力がいらないんです。

 

ほんの少し、母性型的な世の中に流れが変わりつつあるのかなと

今、感じています。

 

北風と太陽と同じで、居心地のいいところでは人はたくさんの

鎧を着込まなくてもよくなります。

 

力で対立して征服する考え方はもう終ってます。

攻めて攻めて自分だけが勝っていく

それもたぶん違います。

 

話せばわかる、ではありませんが

もっと隣の人と話をしたいと思います。

頭の中で考えていることはきっとみんな全然違います。

似たようなところがあってもきっと違います。

 

だから、話し合いをしたいと思います。

言わずしてわかるようになるまでせっせと話をしたいと思います。

 

私は価値観が違う相手であっても、うまくやっていくことは

できると思っています。

また、違っているからこそ一緒にいる意味があるとも、思います。

だって、面白いじゃないですか?

全部自分と同じだったら、あきますよ(笑)

 

些細なことでケンカになっても、めげずにやっぱり話をして

仲直りをして、を繰り返したいです。

もっと仲良くなりたいから、ケンカをするわけであって

どうでもいい人とはケンカもしません。

 

私達吉本歯科医院では、話し合いをするために

せっせとミーティングを重ねています。

それは気持ちのすり合わせをしたいから、です。

 

自分の気持ちもこれだけ日々変わるのに

他人だけ変わらないなんてことないですよね?

 

コロコロコロコロ変わるんです。気持ちは。

 

だから、しょっちゅう話をしたいんです。

 

顔を見て目を見て話せば、わかることがいっぱいあります。

メールではダメなんです。

 

どんなに便利になっても、最終は手が繋げる距離感で私は人と話をしたいです。

それも毎日です。

 

死んだら人間本当に冷たくなっちゃってカチコチになってしまうんです。

父が死んだ時、あっという間に冷たくなっていくその変化にビックリしました。

その時、生きていることと死んでいることをはっきり感じました。

 

生きている

ということは

呼吸してて、心臓が動いてて、熱い血が流れてて

皮膚が柔らかくて、あったかいんです。

 

でもその時間は誰も例外なく、期限付きです。

期限がきたらもう見事に切れるんです。

 

生きているのは

当たり前のことじゃない、

そう思いました。

 

すごいことかも?

とも思いました。

 

冷くなった父をさわりながら、そんなことを一人思っていた私は

ちょっと変でしょうか?(笑)

 

今、目の前で会っている人との関係だけが

自分にとっての現実です。

今、目の前の出来事だけが、現実です。

それ以外は、たぶん妄想なのでほうっておいてもいいです。

 

今、私は38歳なのですが、あと何年生きるか分りませんが

そのことだけはいつも心に置いておこうと思っています。

 

最終は人と人です。

それ以外は、ない、です。

 

49日の法要から、マザコン男にきて、何と最終は人と人だ、とまとめてしまいました(笑)

なぜなら、向こうで私を呼んでいるから。。。。はやく仕事しろと・・・・・。

2011.03.234月母性型経営勉強会お知らせ

4月母性型経営勉強会お知らせ

■平成23年4月21日(木)午後6時半~8時半

■高松国際ホテル (高松市木太町)

■会費:3000円(食事付き)

■定員20名(定員に達し次第締め切ります)

■お申込お問い合わせは吉本歯科医院マネージャ-吉本委子まで

info@8181118.com

2011.03.15東日本大震災

311日、その日は大阪で3時半から始まる結婚式に出席するため子供達を連れ新幹線に乗っていました。

まもなく到着ということで、席を立ち出口に向かって歩いていたその時、急に新幹線が止まりました。「あれ?何か変なところで止まったな」と思っていたらアナウンスが入りました。

「ただ今、東北地方で大きな地震がありました。その影響で新幹線しばらくこのまま停車します」

満席状態の乗客がざわざわしはじめ、一斉に携帯電話をかけはじめたり、携帯のテレビや、携帯サイトで情報を探し出しました。

何度も何度もアナウンスが流れ不安は増します。

「関東でも大きい地震があったらしい」

「千葉で地割れが起こったらしい」

乗客からいろんな声が聴こえてきます。

福島に住んでいるあの人は?

一瞬恐怖がよぎりました。

東京でも大きな揺れ?

あの人は大丈夫?

どんどん不安が大きくなりますが、もちろんそんな状態の時に携帯はどこにも繋がりません。

 

幸い新幹線は20分程度で新大阪駅に到着し、私達は新幹線から降りることができました。

そしてその後テレビから刻々と入る情報を見ながら被災地の受けたその被害の大きさに驚き、信じられないものを見ているようでした。

 

たまたまこんな悲惨な被害が起こってしまったのが東北だっただけであり、もし場所が違っていれば、そしてその場に自分がたまたまいれば、今こうしてテレビから流れてくる状況を見ているだけの立場は逆だったのかもしれません。

 

誰しも、今、そう思っているのではないでしょうか?

 

これは他人事ではなく、困って苦しんでいるのはいつ自分の身に起こるかもしれない、と。

 

地震が起こってからずっとテレビから流れてくる映像を見ていますが、この地震ほどリアルに津波の猛威を目にしたのは初めてです。

 

何もかもを一瞬で消し去ってしまいました。

人も街も何もかも。

大自然の前に人間はなすすべもありません。

 

どんなに、「耐震をしてるから大丈夫」「設計がきちんとしているから大丈夫」「津波がきたって大丈夫」とうたっていても、人間側が一方的に大丈夫と捉えていただけで、大自然の前では、実は無力なのかもしれません。

 

原発だってきっと被害はもっと大きいのでしょう。

想定外のことが起こっているような気がします。

その情報は知らされなくとも。

 

3日間行方不明になっていた妻を捜し続けてやっと出会えた夫がテレビに映し出されていました。

歩いてくる妻を見た瞬間にお互いに吸い付くように抱き合い、「お前がおらんようなったら生きていけん」と必死にボロボロ涙を流して生きていることを確かめるように何度も何度も頭をなで肩を抱き、手を堅く握り合って歩いていく姿がありました。

 

逆に、夫と娘3人が行方不明なんです、と不安げに探す女性。

「私、一人ぼっちになってしまう」と嗚咽をあげて泣きだしてしまう姿。

 

 

家族を探し、友達を探し、「生きていてくれるだけでいい」と必死で願う姿。

 

 

小さな子供を抱え寒さから守るようにずっと自分のジャンパーの中に子供を抱きかかえ「大丈夫よ、大丈夫よ」と笑いかける若いお母さんの姿。

 

 

3日ぶりに救出されたおじいちゃん、「また再建しましょう」と笑顔で答える姿。

 

涙が出ます。

 

人との絆、家族の大切さを今、誰しも強く感じている時だと思います。

 

しかし、これだけの災害でありながら、強奪とか店舗荒らしがない、あるいは少ないそうです。

こんなことは世界でも珍しいんだそうです。

 

「自分さえよければいい」ではなく、お互いが支えあい、助け合い、とにかく励まし合っていこうというその一人一人の気持ちがエネルギーになっているんだと思います。

 

被災地から遠く離れたこの地にいても、一人一人の意識が大きく変わっているのを感じます。

そして私自身も。

 

この地震によって多くの人の価値観は大きく変わると思います。

 

支えあい、助け合い、繋がりはじめる。

そうしないと人は生きてはいけないからです。

 

被災に合われた方には、他人事で本当に申し訳ないです。

 

東日本大震災で犠牲になられた方々に心からお悔やみを申し上げるとともに、被害にあわれた方々にお見舞い申し上げます。

2011.03.10定例ミーティング

今日は定例ミーティングでした。

今日は、お客様3人をお迎えしてのミーティング。

最初に、先日ブログでもご紹介したサプライズファクトリーの上原訓さんが

ご自身が作成したビデオを上映して下さいました。

 

母性型勉強会でこのビデオを見て、その感動をどうしても

うちのスタッフたちと共有したく、今日お越し頂き上映して頂きました。

そのビデオはこちら。

ご紹介してもOKなんですって。

https://www.youtube.com/watch?v=9jYNBfagjG4

 

目を真っ赤にしてポロポロ涙する当院の歯科衛生士田中彩夏の姿を見て

作者の上原さんが思わずもらい泣き・・・・・。

親のことを思ったりする気持ちはみんなそれぞれに深い想いがあるんだなあと

一人一人の顔を見ながら感じました。

 

今日の場を作れて、よかった(^^)

 

そして何より、今日は揃ったメンバーがよかったせいか?お天気のせいか?(笑)

とってもいい話し合いになりました。

 

今日のテーマは、「マイナスの感情をどうプラスに変えるか」

というちょっともっともらしい、テーマでした。

 

カウンセラーの森下が口火を切りました。

「部下の立場では、上司には絶対に文句を言えないですよね。

本当は怒っていても、いわれて腹が立ってもそれを上司には言えないですよね。

私は、こう見えて結構言うほうですが、それでも言いにくいです。

そう思うと、私も後輩達からはそう思われているのかなあとふと思うと

ああ、いけないなあ、気をつけないといけないなあ、と今感じています」。。。と。

 

そう、組織という中では、上司と部下、先輩と後輩、この関係においては

下の立場にある人は、上の立場にある人に対してはどんなマイナスの感情を抱いた

としてもそれをそのままぶつけることは、なかなか、できません。

 

「なんでも言ってね」とどんなに上司が言っても本音を言ってくれることは

ありません。

 

社長が部長をいじめ、いじめられた部長は課長をいじめ、課長はそのうっぷんを係長へぶつけ

係長はそのイライラを新人社員に向けます。という構図は、どこにでも、あります。

 

人は誰しも怒ったり、腹が立ったり、理不尽な持って行き場のない感情が

湧き上がってくることが、あります。

組織の中では、思い通りにならないことが多く、そういう負の感情が

湧いてくる方がきっと多いと思うんです。

 

人は、抱えた感情を吐き出さずにはいられない生き物、です。

形を変え、表現を変え、どこかできっと吐き出しています。

 

そして特に、負の感情、怒りや淋しさ、など持って行き場のない感情は

イライラとか、やつあたり、という形で、出てしまいます。

出てしまう相手は、いつも決まっています。

 

自分より立場の弱いところにもっていくのです。

言いやすいところ、

いじめやすそうなところ、です。

 

決して自分の上司や、自分より立場の上の人のところでは

吐き出すことはしません。

 

だから、やっかいなのです。

 

「接遇をきちんとしよう」とあわてて社員を集めて接遇教育をしても意味がない

というのはこういうこと、です。

その人が抱えている心の状態が悪いのに

その表面の「接遇」という形だけを上から教育したとしても意味がないんです。

 

 

今は、イライラしている人が増えてきました。

何をしているわけでもないのに、どこか不機嫌そうな人が増えてきました。

 

心の中が不機嫌ということは

その心の中の根底にあるものは

怒りや、淋しさです。

 

もっと自分を受け止めてもらいたいのに、そうならない

自分の思うようにならない

だから、イライラするし、不機嫌になってしまう

 

こんな人が、今とっても多いです。

 

しかし、人の空気は感染してしまいます。

少し時間一緒にいる人くらいなら、なんてことないかもしれませんが

長い時間一緒にいる人がこういったいつも不機嫌な人だったとしたら

周囲にいる人は本当にたまったもんでは、ありません。

 

私は、このミーティングで一番やり続けててよかったなあと

思っていることが、あるんです。

 

それは、胸の内をお互いが言葉にしあうことで、

理解し合えるから、です。

 

私は思うのですが、お互いがきちんと胸のうちを相手にわかってもらえるように

言葉にできることができれば、そうそうおかしな関係にはなっていかない、と思います。

 

特に女性は男性よりもとっても単純でストレートな面があります。

「ありがとう」とか

「今日は助かった」とか

そういう何気ない想いを言葉にしてくれるだけで

極端な話、一生頑張っていけるという世界があります。

 

たった一言です。

 

私は、もっともっとこの場で、みんなが心の内をどんどん話せるようになったら

いいなあと思います。

 

自分の胸の内をどんどんオープンにしていける人って、素敵です。

そしてその出てくる言葉と行動が一致していたら

さらに素敵です。

 

今日のミーティングはいわば、吉本歯科医院のスタッフ達のメンタルヘルス講座です(笑)

人から受けるストレスに強くなるために

私達はどんな考え方を育てたらいいのか、

こんな話をしていきました。

 

ストレスに強い人と

ストレスに弱い人の違いって

何だと思いますか?

 

それは思い方だと思いませんか?

ストレスに強い人は

相手に対して何かをしてあげたい

相手のことをどうにかわかってあげたい

と、まず思考する人。

 

逆にストレスに弱い人は

自分のことをわかってもらいたい

相手に何かをしてもらいらい

と、まず思考する人。

 

この差は大きい、と思います。

 

そして、自分をわかってもらいたいと思うよりもまず

相手はどんな気持ちなんだろう?と考えてしまうのは

きっと女性の方が得意なのかもしれません。

 

誰かが何か些細なことで怒ったとしても

 

ああ、今、この人は淋しいんだわ

だからこうやってイライラしてしまうのね

もって行き場のない想いがたまらないのね

きっとつらいことがあったんだわ

 

と一瞬で感じとり、どうにかこの人の心が落ち着くように

一生懸命話を聴き、愚痴も聴き、怒りも受け止めることが

できるのは、女性の方が得意ではないでしょうか?

 

私は、うちのスタッフ達を見ていてもいつもそう感じます。

若くても、大人だなこの子は、と思わされることは仕事の中でも多々あります。

 

男性よりも、女性の方が長生きなのには理由があります。

体のつくりがそうなっていることもありますが

実は、「女性がいないと家の中がまわっていかないから」

神様は女性を長生きできるようにしているんだと思います。

 

朝起きてご飯作って子供の世話をして洗濯して

掃除までしちゃって、さらに会社行って仕事して気配りして

さらにお年寄りのお世話まできちんとしているのは

日本全国見回してみても、女性の方が圧倒的に多いはずです。

 

くるくる目が回るほど一日中働いて動いている女性ですが、

実はそうしていることで救われているんだろうな、と私は最近思います。

 

自分がいないと回っていかない

という自覚と

誰かの役に立っているということで

やはり元気になっていけるんだと思います。

 

自分だけを快適にして、自分だけが楽しんで

自分だけがお金を使って遊んでも、私はまったく癒されません。

 

一生困らないお金があって、

高級な家に住んで、毎日ショッピングして

毎日エステに行っても、

自分が動いたことややったことで誰かが喜んでくれない

毎日だとしたら、私はきっと病気になりそうです。

 

 

誰かがいて、関わっていくことで

その過程の中で、元気になってまた明日も生きようと

思えるわけです。

 

なんでもかんでも

して欲しい

与えて欲しい

受け取ってあたりまえ

になってしまうと

もはやそこには、「ありがたい」という気持ちは微塵もなく、

出てくる欲望は「もっともっと」と際限がありません。

 

相手に要求だけをしている時の人間の顔は

きっと一番醜い顔です。

 

人に自分のことをわかってもらいたい

もっと認めて欲しい

大事にして欲しい

と思うのは、きっと誰だって一緒です。

 

でも、禅問答のようですが

欲しいと要求すればそれは得られず

逆に、私がわかってあげたい、という気持ちに変わってしまえば

欲しいものは全て与えられる、そう思います。

 

私は、26歳の時にある人に言われた言葉があまりにも強烈で

その言葉が今でも残っています。

 

それは、

とにかく自分がいる場所で、「あなたがいないと困る」存在になりなさい。と。

そこまではとにかくしたたかに頑張れ、と。

 

これって、仕事でも人間関係でも通じることだと思いませんか?

 

では、「あなたがいないと困る」そんな存在ってどんな人でしょうか?

もちろん仕事の場では、その人がいないとどうにもこうにもまわっていかないような

素晴らしい仕事をすることです。

 

人との関係においては

ここまで自分をわかってくれる人はもう他にはいない。

そうそうここまで自分を大事にしてくれる人はいない。

という人をあなたは切れますか??

 

私は、無理です。

さみしいから。。。

 

私は、今周囲にいてくれる人を見回してみると

「う~ん、私はすっかりやられてるなあ」と嬉しくもくやしくもある時が、あります。

そこまで私を、そして私の医院のスタッフを大事にしてくれたら

嫌なことなんでできっこないし、私だってずっと大事にしようって思ってしまうじゃない!!

と思ってしまいます。

 

 

こういう心の話を突っ込んでしていけるのが

吉本歯科医院のミーティングです。

心を共有できないと実は一緒に仕事なんて、できないんです。

 

仕事は人が動くこと。

人が動いているのは、心です。

 

「接遇」や「コミュニケーションの技術」などは、心が動けば

一瞬で身についてしまうものです。

実はとっても効率的(^^)

2011.03.09話す前にわかっていること

先週1週間、胃腸風邪を引きずーっと体調を崩していました。

もうすっかり良くなったのですが

ふと、こんなことを考えました。

 

風邪の引きはじめって、みなさんどうやってわかりますか?

私は、どうも胃のあたりが気持ち悪くなり、そしてだんだん吐き気がしてきて

その後、寒気がやってきました。

さらに、関節のふしぶしが痛くなり、さらにさらに体の表面の皮膚が

ちょっと風が吹いても痛くなりました。(それって通風みたいですが・・・)

 

これは体からの信号です。

頭で考えて「この症状は風邪だ」と判断したわけではなく

体が何かしらの違和感を感じたわけです。


これと全く同じことなのですが

人が集まる会に行ってもふとそんな違和感を体に感じることが、あります。

どうも嫌な感じ、頭痛がしてきたり、あるいは気分が悪くなったり。

 

また、自分のいる場所に一人でも嫌な存在が入ってくると

その一人の出している空気を感じ取り、なにかしらの不快感を感じることもあります。

 

街を歩いていて、どうもおかしいな、この人・・・と感じることもあります。


それは頭で分かる前に、すべて体が先に「どうもおかしい」と違和感を感じているんです。

 

人とのコミュニケーションは、実は会って会話を始める前からすでに

はじまっています。


職場の中に、一人でもイライラして怒っている人がいれば、それはもう面白いくらいに周囲に伝染します。


私は伝染しない、と頭で考えていても、悲しいかな、体はきっちり影響されています。


かちこちに緊張している人がやってきたら、こちらまで体がカチコチになりませんか?


にっこにこで、明るい笑顔で優しい雰囲気を持っている人がそばにいると

こちらまでそんな明るい気分になりませんか?

 

私達は、一人として例外なく、関わる人、そして身をおく場に
面白いほど影響されて生きています。


自分がいつも関わる人と環境を整える

ということの重要さということをお感じなりませんか?

 

「なんとなくおかしい」
「ここにいると疲れる」
「この人といると疲れる」
「この場にいるとエネルギーが損なわれる」


こういったなんとなく感じる違和感って、素通りしてしまおうと
することが多分一般的です。

ましてや、組織の中にいると、
何をそんな甘いことを言ってるんだ、と喝を入れられそうです。


私の医院では、職場の雰囲気をとても気をつけています。

そして「気をつけていること」なのですが、それはきっと

あまりない視点だと、思うのです。


でも逆に、「どうしてそこをきちんとしないんだろう?」「きちんと整えれば
流れにスーッと乗っていくのに」と???ばかりです。

 

それは一人一人が言葉以前に醸し出している雰囲気を

とにかく気持ちのいいものにする、ということです。


イライラしたり、怒ったり、つらいなあと思うことはもちろん人間ですのであります。

しかし、その「人が出している妙な雰囲気」は、誰かがキャッチし、

即、フォローします。

何があったのか?

どういう気持ちなのか?

吐き出すべきものはきっちり吐き出してもらおうと努力します。

吐き出せば、楽になりますし、

マイナスに向かっていた心の向きが、少しづつでもプラスに変わってくるものです。

 


今、私の医院にいるすべてのスタッフは、この2年ほどで格段に成長しました。

何が成長したのか?

それは、「これはおかしい」という違和感をきちんとキャッチできる

つまり、「違和感を肌で感じる」ことができるようになった、ということです。

 

「これはおかしい」「イヤな感じだ」ということが肌で感じるようになれば

逆に、それに対して「いい状態の時の自分」に戻ることができます。


自分の快、不快が肌で感じられない人に、そういうことはできません。

 

 

なぜ、そういうことができるようになったのかと言えば

それは場の雰囲気がそうさせてしまったのです。

 

今、私達の医院に、誰か一人でも、「嫌な空気を出す人」が入ってきたとしたら
みんな一瞬で、「何か嫌な感じ」と思うでしょう。

そして、それを口に出すでしょう。


平坦ではないけれど、私達が基準として考える

最低限守りたい職場の雰囲気というのがあります。

それは数値化できませんし、理屈では説明できないものです。


でも、「ああ、今日もなんとなくスムーズで人との関係にひっかかりがないな」という状態です。


■あの人が気に入らない
■あそこにいるとイライラする
■とにかく疲れる
■嫌なことばっかり考えてしまう


こんな状態は、私達の職場にとっては、「もう絶対イヤ!」な状況です。

 


気配りをできない人は嫌だ

と感じるから、自分は人に気配りをしようと思います。


人にイライラする人は嫌だ
と感じるから、自分は人にイライラするのはやめようと気をつけます。

 

自分が困っている時に、
手をさしのべてもらってうれしかったから
私もまた、同じようにしようと思います。

 

少ない人数の職場ですが、日々お越しになる患者さんの数は
かなり、多いです。

そんな中ここでいる人みんなが

お互いに気を遣い合っているので、仕事はとてもスムーズです。

 

連携が取れていない
言った言わないの伝達ミス
意志の疎通ができない
仕事が進まない
トラブルが多い

というのは、「一人一人の心を通じ合わせていない」というところから
出た氷山の一角です。

仕事は人がするものです。

人が動くのは、脳ミソで考えて動いているようで
実はそうではありません。


その前に、「私はこう動きたい」という心があります。

親切にしよう、という気持ちがそこにあれば

行動は明らかに変わります。

何も考えず、動いている人とは表情も出てくる言葉も違うのです。

 

私は、自分がいる場所を、もちろん職場だけでなく、関わる人の場を

あったかいもので満たされた中にしたいと思っています。

それはいつも思っています。

その方が居心地がいいし、そういう中にいると、一緒にいる人のことを

とっても好きになってしまいます。


嫌いな人が多い人生より

大好きな人が多い人生の方がいいと思いませんか?


以心伝心という言葉がありますが

私は、「自分が好きな人は、相手も私を好きなはず」と勝手に思っています(笑)

逆にどうも好きになれないな、という人は相手も必ず私を嫌いです(--:)

でも、それはそれでいいのです。

嫌いな人にわざわざお願いして好きになってもらう努力をするほど
人生の残り時間はないのです。

 

好き、とか、嫌いというのは

本当に些細なことだと思うんです。


大恋愛の話は別として、職場で人と関わっていく、仕事で人と関わっていく
という場合においては

きちんと周囲が見え、自分はどう振舞えば受け入れてもらえるかな?ということを
想像でき行動できる人であれば、たいがいは好かれていくと思うんです。


他人への配慮、つまり、思いやり、です。


本当にささいなこと、です。


どうしたら、この人は喜ぶかな?助かるかな?
ということをずーっと考え、そして動くのが、言ってみれば仕事です。


私は当院のスタッフたちから、心憎いなあと思うような気遣いをしてもらうことが
本当によくあります。

よくよく観察していると、私や院長にだけでなく、やはり患者さんに対しても

業者さんに対しても全く同じように気配りをしているんです。

若いスタッフであっても。

 

ああ、この人は気配りのいき届いた人だなあと
感じたら、その人のことを嫌いになりますか?


自分に対して、思いやりを持って接してくれる人を
嫌いになりますか?

絶対なりませんよね?


優しくされて嫌な人は、いません。

 

しかし、最近感じることがあります。


相手に気配りをしよう、親切にしてあげようと動く人は

同じだけ、いやそれ以上に相手から、喜びの表情や言葉を受け取ります。

そのことによって、本人もまた嬉しいんです。


ここにもやはり、相互の関係です。


医療は、患者さんに感謝の言葉を頂く機会が本当に多いところ、です。

「本当にありがとうございました」と涙ながらに感謝の言葉を頂く機会も

多いです。

患者さんからの「ありがとう」という心からの気持ちを受け取り

実は患者さん以上に嬉しく喜んでいるのが私達の側であったりします。

感謝されると嬉しい

嬉しいから、また一生懸命しようと思う

そうするとまた感謝される

そしてまた、また、という喜びの循環に入っていくと

人に対して配慮をする、ということが苦痛や、なにかやらされている感ではなく

「私がそうしたい」という気持ちになってくるんです。


職場全体がそういった循環に入ったらあとは、その流れを澱ませないように

気をつけること、です。


こういうことって、人との関係でも全く同じですよね。


接遇ひとつにしても、当院の受付松本を見てて思うのですが

彼女は、人に対して細かい配慮をすることが、もう『あたりまえ」になっています。

一瞬一瞬を大事に、患者さんと向き合い、いい気持ちになって帰っていただく

ということの意味を本当にわかっている人です。


こういう風になってくると、仕事はどんどん面白くなってきます。


どうやって時間を潰そうかと受付で雑誌を読んでいるお姉ちゃんとは違います(^^:)

接遇ということに関しても、精度がどんどん上がってきているので

そのやっていること、やれていることは全て松本の血となり肉となり、一生の財産です。


資格の問題では、ありません。

 

私は思うのですが、
「感情」だけが、自分自身を動かすエネルギーだと思います。


その「感情」の内容や質をどういうものを日々もっていられるか
は、やはり自分がなんとなく感じてしまう違和感を大事にするかどうかに
かかっていると思うんです。

 

私は、数年前、この吉本歯科医院に入ってきた時のショックを今でも覚えています。

「なんじゃここは・・・」の一言でした。


こんなところに一秒たりとも居たくない
こんな風に仕事をするのはイヤ

「嫌だああああ!!!!!」
って叫んでたのを覚えています(笑)


「嫌だ」と大声を出したとき、全ては動き出します。


その時からです。

ムクムクとエネルギーが湧いてきたのは。

 

私の場合は、マイナスの環境や要因があってはじめて
ドッカーンと爆発するタイプかもしれません。


まあまあそこそこ満たされた中では
そこまで「嫌だ!」とは思えませんから。


何も考えず、ただ時間だけがあいまいに過ぎていく
ということだけは絶対に嫌です。


せっかくもらった人生なので、いいことも悪いことも喜怒哀楽すべて
味わい尽くしたいなあ、と思います。


苦しいことや、自分ではどうにもならない状況でも
そのストレスが大きければ大きいほど、逆転した時の喜びも大きいんです。


何でもどっぷり深くはまり込んだほうが面白いです。

それは仕事でも人に対しても。


死ぬほどのめり込むから、離れる時は、すっきり執着が取れるということってないですか?


どっぷり浸かるから、その中のおかしさが見えてくることって私はよくあります。

どっぷり浸かるから、逆に客観的な視点で見える時もあるんです。


なんでも、傍観している、というスタンスが苦手です。

 

傍観している、第3者的なスタンスの時は、誰とも関われていないので

周囲にたくさん人がいるようで実はひとりぼっちです。


人がたくさんいるようで一番淋しいんです。

 


こういう心の中身に関して私は子供の頃からとっても興味がありました。

今でもその好奇心は止まらず、興味しんしんです。

 

みんな体という肉の塊の中でどんな心があるんだろうって、思っちゃいます。

心の中にあることは、どうしてこんなに面白いほど、現実になって出てくるんだろうって

本当に不思議です。


ある一定にメカニズムがあって、その通りになっているのかな、ってやはり思います。


人とどんどん関わっていく中で自分の心模様がどんどん変化していくことが
面白くてたまらないんです。


みなさんはいかがですか?

そんなこと、考えたりしませんか??

2011.03.084月から

今日は、とってもいいお天気です。

春のようなポカポカとした陽射し。

だんだんとあったかくなってくると、人の気分も不思議とご機嫌になってくるのか

今朝は会う人会う人、みんなご機嫌さんです(^^)

 

出勤する前に院長の両親の家をのぞいてきました。

義父が体調を崩し、その付き添いを義母しているのですが

日曜日に一緒にご飯を食べた時は、寒い雪と雨だった日のせいもあり

2人とも体調も悪そうで、気分もどこまでも落ち込んでいきそうな雰囲気でしたが

今朝行くと、このお天気のせいか、義母もどこか機嫌が良さそう。

 

「おはよう、今日はいいお天気だよ」

と話すと、表情までも、やっぱり元気そうに。

 

お天気と気分は絶対関係しています(^^)

 

こたつに入って義母ととりとめのない世間話を30分ほどして、

「じゃ、そろそろ仕事いくわ」と私。

 

「はい、じゃ、いってらっしゃい」と義母。

 

義母はいつも私や孫が帰る時には、玄関の外まで出てきて車が見えなくなるまで

見送ってくれます。

雨の日も、雪の日も。

近所に住んでいるのですが、近くてもなかなか足を向けない関係だって、あります。

 

義母は賢いなあ、と思う時が、あります。

私や私の子供達や、私の母や私の親族をとても大事にして気をつかってくれます。

それも息子(院長)可愛さゆえの親心、母心。

どう考えても私は、生意気な嫁ですからね~~(笑)

 

私も、息子がいますが、息子にお嫁さんがやってきたら

やはり、お嫁さんを可愛いがろうと思います。

お嫁さんを可愛がると、可愛がられたお嫁さんは息子にはきっと意地悪をしないと

思うから(笑)

 

また、義父を献身的に支える姿にも脱帽です。

この世代の人の忍耐力はもう本当にすごい!!

 

最後はみんな女が面倒みるんだから

と世の女性はみんな言ってます(笑)

 

男と女、うまくできてるなあと思いました。

役割が、きっと違うんですね。

お互い様の精神で、もちつもたれつで見事に支えあってるんでしょうか?

 

さて、今日は4月から私達吉本歯科医院に新しく仲間として入ってくれることになった

歯科医師の先生がやってきました。

久しぶりに見る先生は、少しキリリとした表情に見えました。

 

みんなに挨拶をして、書類の受け渡しも終わり、後は4月1日の出勤を待つばかり。

当院のスタッフの受け入れ態勢は、すごいですよ~(^^)

 

大歓迎モードです。

 

みんなで応援して、いつか彼がこの香川県で開業する時までには

「伝説のドクター」くらいにまでは成長してくれるかな??(笑)

 

「あの先生はいいよ」と評判を作れるようになるには

どんなに一人で頑張っても限界があります。

その先生をなんとか応援したいと思う人が一人でも多ければ多いほど

その先生は勝手に押し上げられていくと思います。

 

今回この先生を「採用!」となったのは、

もちろん院長視点で技術レベルが高かったことと

さらに、目が素直そうだった

謙虚だった、

ということです。

 

ドクターといえど、いいえ、ドクターとして人の上に立つ立場ほど、

一緒に働く仲間に愛されなくてはなりません。

上司が部下を見抜くのに3年かかるが

部下が上司を見抜くのには3日もかからない、と言います。

 

上に対してどんなにいい顔をしても

目下の人や弱い立場の人に同じ顔ができない人は

その様子を部下はじーっと見ています。

上にも下にも、すべての人に「ニュートラル」である、ということ。

とっても重要です。

 

私はうちのスタッフたちには

よくこんなことを言います。

 

「みんなは、いつも見られているんだよ」って。

自分が見られていない、と思う瞬間ほど、人はよく見ています。

逆に考えても同じですよね?

 

見てないようで、見ていますし

聴いてないようで、本当によく聴いています。

そんなものです。

 

新しい先生には

医療の技術は院長に

そして、その他の「うまくやっていける知恵」はきっと当院のスタッフ達が

伝授していくと思います。

 

母性あふれるスタッフ達ですので

彼女達の心の中から

「なんとか、この先生を応援してあげたいわ、支えてあげたいわ」という気持ちを

引き出すことができれば、ラッキーです。

 

頑張って下さいね~~~先生(^^)

 

歯医者さんといえど、患者さん相手にお仕事をしているわけですので

通常のお客さん相手のお商売と気持ちは変わりません。

提供しているものが、「医療」という技術であるだけで、

人に対する気持ちに変わりはないです。

 

こんな言葉ご存知ですか?

 

「すべて商売は、売りて喜び、買いて喜ぶようにすべし。

売りて喜び、買いて喜ばざるは道にあらず」

 

また

 

「商人は売り先買い先は父母兄弟のごとくにせよ」

 

と。

 

ことわざや故事は本質をズバリだと思いませんか?

 

この2つのことわざだけでも、じゃあ、一体私はどうすればいいのか?

とひとつひとつ考え、行動に落とし込んでいけば、

そのまま経営理念になっちゃうと思いませんか?

しかも、そのまま実践に使えます(笑)

 

経済的成長だけで人生を豊かにできる

という考え方と

勝つか負けるか

善か悪か

という二者択一の価値観

がすっかりまかり通ってきました。

 

そして、会社という組織も、こういった価値観で動かしていくことが

「常識」だったのではないでしょうか。

 

でも、少し様子が違ってきましたよね。

それは個人単位でも、組織単位でも、

あれ?なんかおかしいって気がつきはじめた人が

増えてきたからだと思います。

 

こんなに頑張ってきたのに

心が豊かじゃない

心がパッと晴れない

おかしい・・・なんか、おかしい。。。

 

世の中見回してみるとおかしなことばっかりです(--)

 

死ぬ間際に、「ああ、もっとこうしとけばよかった」って後悔するのは

私は嫌です。

この一回こっきりの人生を、

やっぱり面白く生きたい。

きっと、誰しもそうですよね。

 

面白い!って私の中の何かが興奮する時って、

自分から何か動きだしたときだけなんです、過去の人生を振り返っても。

 

自分以外のところから何か突然面白いことが

降ってきたことなんて一度もありません。

 

人と出会って、その人との関係を面白くするのも

やはり、自分次第だと思うんです。

そして相手次第です。

すべては相互の関係ですので

私が大好き~~何か面白いことしよう~~~!!ってラブコールおくっても

「はあ?」と向こうが覚めていたら、この「面白そうなこと」は

動いていきません。

 

 

面白いね!

やろうやろう!

そうしよう!

と、息が合った時は、何でもパパパッとやれちゃうもんで

そこに難しい打ち合わせや会議も何もないのです。

 

先ほども、当院のホームページのサポートをやってくださっている

デザイン会社の方がお越し下さっていたんです。

 

「ラオスに行ってきましたよ~~」と

ラオスのお土産話をわくわくしながら、もう夢中で話してくれるんです。

その夢中で話す様子は、まるで子供のよう。

そしてとっても楽しそう。

 

「仕事にはならないんですけどね」

と言いますが、それでもとっても楽しそう。

 

丸亀うちわを、ラオスで披露する「FUNFUN展」をやってこられたそう。

もう5年間、お仲間と一緒に各地で活動をやってるんですって。

当院も以前、「オリジナル吉本歯科医院うちわ」を作っていただき私かなり

感動しました(^^)

 

好奇心って、ひとたび発動すると、止まらないですよね。

あれもしてこれもして、とどんどん脳ミソの中で膨らんできちゃうので

面白くってたまらない時があります。

 

妄想癖が非常に強い私は、それが悪い面に出る時も多いのですが(--)

いい面に出る時は結構、いいエネルギーに変わってくれるのを感じる時があります。

 

こうなったらいいな

こうしよう

あれもしよう

あの人ともこうしよう

うふふふふふ

と、頭の中ピンク色になって数時間ほど妄想してる時だってあります。

そういう時は、興奮して眠れないんです(笑)

この癖はもう一生続くと思います。。。

 

私は、見た目がどんどん老いていくことはまあしょうがないかなあと思っています。

人間最後はしわしわで死にますので。

でも、このワクワクする好奇心だけは、消えちゃったらつまらないなあと

思います。

 

人に対する好奇心

物事に対する好奇心

まだ見たこともない世界への好奇心

 

人間として生きている間の最高の快感だと思うんです。

 

人の目を中からキラキラさせるものって

私はきっと好奇心だと思います。

「もっと知りたい!!」「もっともっと」という欲求が

表に出てきてしまうから、発光するんじゃないでしょうか?(笑)

 

子供の目はキラキラですから。

 

もう何にも興味がない

別に・・・

特に・・・

そうなったら、全ての体中の機能がシャットダウンしそうです。

 

こうしちゃいられない!って動きだす時の

人間の体ってきっと躍動しています。

なので、たぶんいい感じで血が巡ってるような気がしませんか?

血流だって、良さそうです。

 

健康という概念だって、

心が決めてます。

 

新しい先生がやってきたら、毎日少しづつこうやって

吉本歯科医院マインドに洗脳していっちゃおうともくろんでいます(笑)

 

私達のこの居心地の良い空気感の中に

スーッと入ってきてくれるといいなあと思います。

 

4月1日から、若い?ドクターがやってきます。

どうぞ私達と変わらず、あたたかい目でご支援くださいますよう

お願い致します(^^)

fukinotou.jpg

「きたはらさん」が今朝、ふきのとうを持ってきてくれました。

かわいいですね。

春です。

てんぷらにして食べたい(^^)

2011.03.07きれいな言葉

吉本歯科医院には、朝に夕に私達の医院の中や外をきれいにお掃除してくれる

シルバーさんのスタッフの女性がいます。

その中のお一人の「きたはらさん」という女性のことを書きます。

 

年齢はきっと私の祖母と母の真ん中あたりです。

戦争の時代を知っている年代です。

 

私はたまたまここで「きたはらさん」と出会いましたが

今となっては、「きたはらさん」の存在は私にとってはとても大きく

生きる知恵を本当に教えてもらっている、そんな女性です。

 

「きたはらさん」から折々に聴く話には何度も何度も興味深く耳を傾けてしまうような

ことばかりです。

 

キャリアウーマンがいなくてもこの国は滅びないけれど

こういうきちんとした生きる知恵を持った女の人が消えればきっと国は滅びる

そう、思います。

 

私が男なら、こういう人が家族にいて欲しい、と思います。

 

戦争の後はみんなが貧しくってどん底だったからね

どうにかして食べていくためにいろんなことを自分達で

考えてやってきたのよ

 

こういう話を私達スタッフに時々してくれるのですが

実際、戦争体験もなく、貧乏のドン底体験もない私達が

そのリアルさを実感できるわけもなく、

ただひたすら、

「う~ん、すごいね~」

「私ならすぐめげるなあ~」

と、感心するだけ。

 

お金がモノがない中から、なんとか知恵を絞る

ということを何十年もやってきた「きたはらさん」のその何気ない動作や

言葉はやはり、違うんです。

 

冷蔵庫に残っているもので

サササッと、何かを作ってしまう

 

洋服がほつれたら

すぐに針と糸で補修してくれる

 

破れたら捨てようと思っていた

治療に使う布も、「ほつっておいたから大丈夫よ」と

あっという間に元通り。

 

洗面所が淋しいなと思えば

ちょっとお花を一輪。

 

ゴミになるはずだった紙パックが

きれいな和紙で作ったペン立てにはや代わり。

 

お掃除の仕方も人の目線に沿った

隅々まで行き届いた心配りのあるお掃除。

 

忙しそうにしてたら

ちょっと一息どうぞ、と美味しいお茶を入れてくれます。

 

 

一時が万事、「きたはらさん」はこういう仕事の仕方をしてくれます。

 

 

そして、黙々と動きます。

そして、とっても控えめな方です。

 

この世代の方特有なのか、「きたはらさん」が特別なのか?

要求することが多い現代人において、私にはいつもキラリ光って見えてしまうのです。

 

謙虚である

ということや

少し控えめである

ということって

今は、「自分をアピールしなきゃ」という風潮の中においては

真逆の方向を向いています。

 

しかし、私は「きたはらさん」に出会い、2年ちかく「きたはらさん」と日々接しているうちに

こんなことを思うようになりました。

 

「きたはらさん」の顔がこんなにスッキリしていて

綺麗なのはなぜなんだろう?

 

イマドキ、ちょっと見かけない、こういう「お顔」。

 

人間というのは何気ない会話の中にその人が

大事にしていることというのが垣間見られることが、あります。

 

「きたはらさん」は、よく、こんな言葉を使います。

「お互い様やからね」

「お邪魔にならないように」

「私は結構ですから」

 

お互い様、というのはよく分かりますが

あとの2つは、その向こうに「すこし遠慮」とか「謙虚に」ということが

感じられませんか?

 

もらえるものはただでももらえ

損はしたくない

 

という風潮の中、

「私は後でいいので、どうぞどうぞ」という人が一人いると

光りませんか?

事実、吉本歯科医院では「きたはらさん」はピカピカに光っています(笑)

 

若いスタッフも「きたはらさんのようになりたい」と言います。

そう思わせるものって、何でしょう?

 

「きたはらさん」は、喜び上手です。

何気ないことでも本当に喜んでくれます。

え?そんなに「ありがとう」と言われると私、照れますし恐縮します

というほどです。

 

そして、その嬉しい気持ちを

もうびっくりするような達筆と素敵な絵手紙で

サラリ、表現してくれる時も、あります。

 

「きたはらさん」から学んだこと

それは

要求ばかりする顔は醜く

謙虚で控えめな態度を持っている人の顔は美しい

ということです。

 

心から感謝できる時、

その人の心の中は、とても平和で、愛に満ちているそうです。

些細なことでも、「ああ、ありがたいな」と思えてしまう

心を持っている「きたはらさん」は素敵だと私は思います。

 

また「きたはらさん」は、日本語をとてもきれいに使います。

私達子供や孫世代の人に対しても

綺麗な敬語をいつも使ってくれます。

綺麗な言葉を使うか、汚いぞんざいな言葉を使うか

それはたぶん意識しないと無理です。

 

ただ、どちらが見ていて美しいかと言えば

きっと前者です。

それは心の問題です。

 

 

どうせ同じ人生を生きるなら

ぶつぶつ文句を言っているよりも、

「きたはらさん」の毎日のように、

『何か私ができることはないですか?」と周囲の人のために

いつも気を遣って、みんなに大好きになってもらって

過ごす人生の方が幸せです。

 

 

もし、かりに、「きたはらさん」がものすごく困った状況になったとしたら

私は、絶対何か力になろうと思います。

うちのスタッフたちもそう思うと思うんです。

だから、「きたはらさん」は孤独になることはない、そう思います。

なぜなら、そういう人のそばにいるとほっとするので

どうしても人は集まってきてしまうから、です。

 

事実、「きたはらさん」のそばには

なぜか勝手に足が向かいます。

用はなくても何か話をしたくなるんです。

ほっとするから、です。

 

なんとなく不安な人はこれからもっと増えると思います。

個人単位で不安な人も増え、また、組織単位でも「なんとなく不安な組織」

も増えてくると思います。

 

不安な人は、安心させてくれるところに向かいます。

これは本能だと、思うんです。

心を少しでも落ち着かせてくれる人のもとに向かいます。

逆は、ないです。

 

 

私の理想は、こういう「きたはらさん」のような人が自分の周りに

一人でも多くいて欲しいな、ということです。

目には見えないけれど安心させてくれる存在。

 

ビジネスの尺度とはまったく違う尺度で

強く生き抜いていける知恵を持った存在です。

 

おおらかで、強くたくましい、「母性」をもった女性。

「きたはらさん」は、私にとってそんなイメージです。

2011.03.05人に揉まれる

昨夜、テレビを見ました。

金スマという番組で接遇の先生で有名な「平林郁」さんが登場していました。

超辛口の鬼の接遇指導なのですが、口から出てくる言葉には

何度も共感しました。

 

興味深かったのは、この先生の生い立ちです。

母親が小さい頃に娘を置いて家を出てしまい、残るは父親だけ。

父親は街でも有名な色男で、よなよな夜の街へ。

幼い娘は親戚の家に預けられます。

 

厄介者の自分という意識は、いつしか、

生きるためには、面倒をみてくれるためには大人になんとしででも

可愛がってもらうしか方法はない、と感じました。

 

自分から笑顔で声をかけ、目を見てきちんと挨拶をし

喜んでお手伝いをしていくことで、周囲の大人達が自分のことを

可愛がってくれることを肌で実感していきました。

 

・・・というエピソードが紹介されていました。

 

幼い頃から、人にもまれもまれ育っています。

 

テレビなのでもちろん、作られた絵もあると思うのですが

これを見ながら、なんだか自分の子供時代を見てるようだわ、・・・と

思わず見入ってしまいました(笑)

 

 

私も小学5年の時に「ああ、そうだ」って強く感じたことを今でも

覚えています。

当時から日記を書いていた私ですが、その時のことは鮮明に覚えています。

なんだか、とってもいいことを掴んだような、宝くじにあたったような気がしたんです。

 

子供時代の私の家は、古い家で、祖父と祖父母と、父と母と、兄と私、

さらに父の妹家族、職人さん、などいろいろで構成されていました。

 

家の中はいつもグレーなイメージで

家の中で心が晴れた日は一度もありませんでした。

 

そんな日々の中で、子供心にいつも不安で暗い気持ちを持って

暮らしていました。

 

家にはいろんな人が出入りしていましたし、

飲み友達大好きな父は夜な夜な家に誰かかれかを連れてきていました。

 

そんな中にいりまじって、まだ小学生の私は

今思えば本当に、「使える子供」だったと思うのです(笑)

 

お酒は用意するわ、つまみは用意するわ、

大人の会話の付き合いもするわ、愚痴は聞くわ(^^;)

子供ながらに、ここでこんなことを言ったら、みんなが笑うだろうな、とか

喜ぶだろうなとか、そんな空気を読んでいたことを覚えています。

小学5年でちゃっかり大人と一緒にマージャンだってしてましたよ(^^)

 

私は子育てで「う~ん、ちょっと大丈夫かな」と不安になると

自分の子供の頃を振り返ってみるんです。

 

そうすると

たいがいのことは、

「ま、心配ないわ」と3秒くらいで解決します。

 

時代が違うでしょ?

とよく言われますが、どんな時代になっても

人とうまくやっていけて

負の要素もそれさえも肥やしにしてしまえる

知恵があれば

それほど困らないだろう

と思っています。

 

私は学校のお勉強は見事にできませんでしたが

大好きな先生の教科になると、俄然成績は上がり

興味のない先生の教科になると、500人中488番ということもありました。

 

でも、生きてます(^^)

 

私は、人に揉まれるって本当に大事なことなんだ、と今本当に思っています。

可愛がってもらうために、必死で気配りをしよう、手伝いをしようと半べそで

思っていた子供時代を今思えば、良かったなあと思います。

戻りたくはありませんが。。。。

 

対人関係能力が低い

ということは、

つまりは、人と接触した圧倒的量が少ない

ということだと思うんです。

 

関わらなくても、日々の生活が過ごせてしまう

ということの弊害です。

 

私は、この数年で自分で感じることがあるんです。

それは、昔よりも、あまり心が傷つかなくなった、ということです。

 

昔は、ちょっと人に嫌なことを言われたり

何か問題が起こるたびに、本当に落ち込んでいました。

心がずきずきと本当に痛かったです。

 

でも、最近は問題が起こっても、瞬間は、心がくら~くなって

落ち込むことはありますが、そのままの気持ちを持っているのはせいぜい1時間か

長くて2時間です。

 

思い悩むより、具体的な対策を立てる方に忙しく

すぐに人に会いに行ったり、話し合いをしたりするので

「ああ、どうしよう、いやだなあ」と一人ぼっちで頭の中で不安だけが

渦巻いていることは本当に無くなりました。

 

 

嫌なことが起こるとその瞬間は

自分を嫌な気持ちにさせた相手、または、問題、そして環境のせいに

してしまいます。

 

しばし、「ああだこうだ!」と気を許している人には文句を聞いてもらったりしますが

そうしている最中にも心の中では、もう改善策に向けて走っているので

心の中にダークな想いを持ち越すことはあまりありません。

 

煮詰まるほど困っていてもこれだけの人がいれば

誰かが何かいい方法を持っているものなんだということも

この数年で体験しました。

こまった時の日々の人間関係です。

 

時はいつも流れているし

ずっと変わらないということはなく

刻一刻と変化します。

 

ずっといいということもなく

ずっと悪いということもないので

悪い時には、じゃあ、次はよくなると勝手に思っていると

結構すんなり流れていくものです。

 

やるべきことをきちんとやっていない時は

問題が起こるので、「ちゃんとやれよ」というサインなんでしょう、きっと。

 

 

きちんと仕事をしよう、って覚悟を決めてよかったな

と今は思います。

このスタッフ達を絶対に大事にしてみせるって

心に決めてよかったなと思います。

 

腹をくくると、心模様も変わるのです(^^)

 

 

私はいつも思うのですが、

たまたま私は今、吉本歯科医院という歯医者のたまたま、マネージャーという

わけのわかったようなわからないような?(^^:)仕事をしています。

 

マネージャーという仕事はこういうものだから、こうしなくてはいけない

と思ったことは一度もなく、

きっと根底に、「どんな自分でいたいのか?」という想いがあるんです。

きっとみなさんもありますよね?

 

だからきっと今はたまたまここにいますが

どこか明日から違うところで

何かしなさいという状況になれば

また同じように作り上げていくと思うんです。

 

 

仕事をしてても

結婚してても

子育てしてても

家庭も

恋愛も

友達も

人間関係も

近所付き合いも

すべては一人の人がやっていることです。

すべては「私はどんな自分でいたいのか?」ということを

表現している一部分にしか過ぎません。

 

会社では最悪に嫌われているけど

プライベートでは最高の人間関係を築いている

ってことはないです。

 

こういうことを大事にしてて

こういうことは絶対に嫌で

ということが明快であれば、自ずと「どんな自分がいいのか」

ということは見えてくるんです。

 

こんな人がいい、という全体像ってありますよね?

それがあれば、いつもその全体に対して部分を照らし合わせて考えていけば

いいので、行動は明快です。

 

私はどうでもいいことにはとても優柔不断ですが

本能的にはっきりと自分の中での「善」か「悪」がはっきりしている

ことに関しては即決です。

迷うこともないので、らくです。

 

 

自分の人生を歩いているのは

「仕事してる自分」も「子育てしてる自分」も「近所つきあいしている自分」も

「家で寝てる自分」も自分自身そのものです。

 

「仕事してる自分」だけは、ちょっと別人なの(^^)

ということはないですよね(笑)

 

人と関わるとか、人の中に入っていく

ということは本当にエネルギーのいることです。

意識してやっていないと、人は誰しも面倒くさくて関わるのを

やめてしまいがちです。

 

一概に人間関係と言いますが

人と人との関係には相互の関係が働いています。

 

同じものを見ていても、宝物を見つけられる人とそうでない人がいます。

同じものを見ていても、気がつく人と、気がつかない人がいます。

同じ言葉を話していても、その言葉に響く人と、そうでない人がいます。

 

3年前だったらこれはわからなかっただろうな

2年前の私だったらこの人に会っていても素通りしただろうな

ってことないですか?

 

私は、そんなことをよく感じます。

 

一年前よりはるかに今の方がいい

と思えるということは

きっと来年は、もっと違う世界が見えるんじゃないか?

と期待してしまいます。

 

小さい頃からこんなことばかりを考える子供って

変でしょうか?

 

みなさんはどんなことを考えて生きていますか?

 

人の心の中って、覗いてみたいです(笑)

そう思いませんか??

2011.03.03場の雰囲気

今朝、保育園に娘を送りにいくと、同じクラスの「お母さん」達に会いました。

なんとそこにいる4人のお母さん全員が私と同じようについこないだまで

体調不良でダウンしていたんだそう。

 

頭が痛くってねえ

そうそう

急に熱が出てねえ

そうそう

お腹が痛くって

そうそう

 

胃がんかと思ったわよ~

そうそう(笑)

 

なんだ、みんな同じかあ、と思うと妙に安心し、思わず手を握りしめたくなりました(^^:)

みんなと同じ症状だと、安心するのはなぜでしょう??

 

子供は風邪や胃腸炎にかかっても、意外に一日経つとケロッとしていることが

多いのですが、大人はそうはいきません。

 

特に母親は、なかなかゆっくりと休んで布団で養生ということが

できないせいか、1週間も、2週間も、ひどいときは3週間もずーっとしんどいということが

あります。

だから、冬は嫌いです(--)

はやく、あったかくなって欲しいです。

 

 今朝、こんなお手紙を頂きました。

otegami1.jpg

吉本歯科医院で使用する材料や薬品などで大変お世話になっている会社で事務をしていらっしゃる

女性からのお手紙です。

 

私はこの方と全く面識がないのですが、その文章の内容から醸し出す雰囲気が、とても素敵な方だ

なあと思い、嬉しくなりすぐにみんなに回覧し、お返事のお手紙を書きました。

 

私達のニュースレターやホームページ、コラムを一年間読み続けて下さり、お仕事で行き詰まった時

にはこれを読んで気合を高めてくださっていた、とおっしゃってくださいます。

 

文章には、その人の心そのままが表現されると思います。

事務的な文章であれば、別ですが、

その人の心がそのまま表現された言葉が書かれてある文章は思わずグッときてしまいます。

 

2枚の便箋でこうやって自分の気持ちを本当に純粋に表現できるなんて、とっても素敵な方だな、と

お会いしていなくても勝手に想像してしまいます(笑)

 

「ありがとう」と言われると、無条件で嬉しい気持ちになります。

 

また

「ごめんなさい」と言われると

私は、どんなに苛立っていても心が穏やかになってしまいます。

 

不思議です。

 

それはきっと言葉が出てくる源である

人の心に触れるからだと思います。

 

心が乗っている言葉は本当に触れてしまうんです。

 

逆に、機械が話す音声の「ありがとうございました」は、なんとも思いませんよね。

 

私も、誕生日の日に自分の車のエンジンをかけた瞬間、

ナビが、女の人の声で「今日は、2がつ11にちです。おたんじょうびおめんでとうございます。

キンコーン♪」

と話しましたが、それを聞いて嬉しいどころか、妙に寒々しい気持ちになったものです(ーー)

 

言葉は、言霊(ことだま)と言われるように言葉にも力があります。

言葉だけで、人を殺すことだって、きっとできます。

お前は、明日かならず死ぬ

って100人くらいの人に一斉に言われたら、本当に胃が収縮して、一気に血流が悪くなって

本当に死んじゃいそうじゃないですか?(泣)

また、言葉以外にも、その人が言葉以前に醸し出している雰囲気だけで、周囲の人を病気にさせるこ

とだって、できます。

 

たった一人でも、イライラして、ずっと怒っているような人が同じ職場の中にいたとしたら、

同じ職場の人間はたまったものでは、ありません。

 

口を聞かなければいいじゃない

目を合わせなければいいじゃない

関わらなければいいじゃない

 

と思いますが、そうはいかないのが、場の雰囲気です。

場の雰囲気は、人が作るものなので、たった一人でも、怒っていたり、イラついていたりする存在がい

たとするとその醸し出す雰囲気はもう一瞬で部屋全体に伝染します。

 

その感染の速さと言えば、光並みです。

 

ちょっと感度のいい人なら、一瞬で感じます。

一人が、「あれ?今日の雰囲気なんかおかしいな」と感じたとしたら、その人が感じたその一瞬の違

和感は、すぐに隣の人に伝染します。

 

物言わずとも。

 

そして1人が感染したら、2人、3人と、3人に感染したら、もうあとは一気に広がります。

 

そしてそこにたまたまお客さんが入ってきたとしたら

 

それがそのお客さんにとっての「この会社のイメージ」になります。

 

どうも、空気悪いなあ・・・

なんだか居心地悪いなあ・・・

 

こういう感覚の話は、理屈ではなかなか語られませんし、証明できないのでなかなか解決しようもあ

りません。

 

でも、そういうことが一瞬で感じる人にとっては、なんてことはありません。

 

「ああ、これが原因ね」

ということが一発で分かってしまうんです。

 

 

当院のスタッフ達は、こういう目には見えない雰囲気というものに非常に、感度が鋭いスタッフ達ばか

り、です。

 

物言わずとも、こちらの言いたいことが伝わっていくという最大の長所がある反面

逆に、嫌な空気もすぐに察知してしまうので、その反動で心にストレスがかかってしまいます。

 

 

吉本歯科医院では、日頃から、とにかく自分達がいるこの場所を不快な気持ちを充満させないように

気をつけています。

 

私がとにかく意識しているのはその一点だけです。

中にいる自分達の場が、風通しのいい雰囲気であれば、その中にいる人も当然、心がいつもイライラするとか、腹が立つということは少なくなります。

 

自分の心がいつもイライラして、自分に怒っている人は、その怒りを必ず周囲へばらまいてしまいます

から、そうしないためには、自分の状態がとてもクリアでないと周囲が迷惑になってしまうんです。

そして、自分自身も孤立しますのでいいことないです。

 

言いたいことがあっても、ちょっとぐっと堪えてまずは相手のことを聴いてみる

とか、

まずは周囲の人に気を遣ってみる

とか、

そういうことって、なかなか一人でいて身につけられることでは、ありません。

 

うちのスタッフ達は、人に揉まれ、いろんな患者さんに臨機応変に対応していくなかで、

やはり、そういう「人との関係を潤滑にしていく方法」を身体にしみこませていったんだと思います。

 

特に、受付やカウンセラーなどは、ありとあらゆる人と、その時その場に応じてお話をさせて頂くポジ

ションなので、揉まれ方も一層違うと思います。

 

他人に気を遣うのは正直、疲れます。

気を遣い過ぎると病気になっちゃう、という人もいます。

それでも、人は人と生きている以上、相互に影響しあっている以上、気を遣い合って生きていくほうが私はいい、と思っています。

 

歳を重ねるとかるく流せるようになるので、そこまで疲れないそうです(笑)

気配り名人の70歳のおばちゃんがそう言ってました。

 

 

気を遣う

ということは、

その人のエネルギーを他の人に注いであげる

ということ、です。

もったいないから、やだ。

と言っていると、どんどんエネルギーは枯渇していくような気がしませんか?

 

出せば出すほど、注げば注ぐほど湧いて出てくるのが

人間の持つエネルギーだと思います。

愛情と全く同じ。

 

愛情注ぐと、私のがなくなるから、ここまで。

なんてことはないですよね(^^:)

 

潤沢に注ぐから、また生産され、出しては作られ出しては作られするうちに

その人のコップがどんどん大きくなってくるのではないでしょうか?

 

コップが大きくなってしまった時には

きっと、少々気を遣っても、愛情注いでも、枯渇しないだけのストックがいつもあるので

まさにいい循環に入った、という状態になるんだと思います。

 

人にちゃんと気を遣い、愛情を注げる人は

どこに行ってもちゃんと自分を受け入れてもらえるので、

人に嫌われて孤立するということは、絶対ないです。

 

嫌われ、

孤立する

には理由が必ず、あります。

 

自分の気持ちを分かってくれない

といつも文句ばかりを言っている人っています。

 

でも、それは自分の伝え方に問題はなかったのか?と

振り返ってみることだってきっと大事です。

 

私は過去になんでもうまくいかず文句ばっかり言ってた時がありました。

あの人が鈍感なんだから

無神経なんだから

ずーっと怒っていました(笑)

しかし、今その時の自分を振り返ると私の態度、言葉、そして心の状態に問題があったんです。

 

相手を責めるのはお門違いもいいところだったのですが、それでもずっと相手が悪いって思ってました。

 

新聞が届かなかったら、新聞配達の人の責任ですよね。

伝える側にも問題はきっとあるんです。

 

人との関係はすべて相互の関係だということが心底わかってからは

私は、何かが起こった時にも、自分側に何があったかな?とまず考えます。

 

こちらの心の中を整えると、コミュニケーションはまったく違ってきますので

そうそう腹が立ってしょうがない、ということは起こりません。

だって、そうさせている自分にも原因はあると思うと、そこまで「どうだ!」とは怒れませんよね^^:)

 

 

その人がどんな人なのか、

ということは実は人は一瞬で見抜いています。

とっさの瞬間に、どういう言葉を発するのか、

どういう表情になるのか

どういう態度になるのか

 

余裕のある時は誰だって自分をうまくみせることはできます。

でも、問題は調子の悪い時、気分の悪い時、自分の心がざわついている時です。

そういう時でも、なんとか、自分の心の中をコントロールして、人に嫌な気持ちをさせないようにしようとする人はやっぱり素敵です。

そうなりたい、と思いつつ、

体調が悪いとイライラしてしまいます(泣)

思いがけず、とってもあったかいお手紙を頂いたので、こんなことを書いてみました。

 

今日はひなまつり、です。

早いですね。

今日は私も、娘のためにちらし寿司とはまぐりのお汁を用意してきました。

美味しいかどうかは別にして。。。

 

夕方家い戻って金糸卵を焼けばちょっとは見栄えのいいものになるでしょう。

2011.03.02ものはいいよう

この冬は風邪を引かない宣言をしちゃった翌日に胃腸風邪にかかってしまい

すっかりダウンしてしまいました(--)

 

もともと胃が弱く、外食が続いても胃が痛くなり、早喰いしても胃が痛くなり

あたりまえと言えばあたりまえなのですが、今回は結構きつかったです。

 

胃が痛く、熱まで出てしまい、身体中が痛く、横になっても痛いし、眠れないし、人間、体のどこが調子悪くても本当に駄目ですね。

 

普段は「胃」なんて意識しませんが、痛くなると急に「胃」が気になります。

 

昨日は、またお気に入りの屋島の「大西内科クリニック」へ。

先生に、「胃がんでしょうか?」と真顔でお聞きすると、

「あっはっは」と一笑されました(笑)ほっと一安心。

カーテン越しの看護婦さんも、「プッ」と吹き出していたのを見てこれまた安心。

ここぞという時の「にんにく注射」を打ってもらいました。

注射器をさして3秒くらいすると鼻から本当に「にんにく」のにおいがツーンと抜けてくるんです。

これがどうも苦手という方も多いそうですが、私はこのツーンが快感(^^)

そして、ここに来て先生の「まあ、もう治るでしょう」という笑顔付きのやりとりを経てこの「にんにく注射」をした後には、本当に回復に向かうから本当、不思議です。

 

先月にはうちのスタッフ総出で、このクリニックで「インフルエンザの予防接種」&「健康診断」を受けさせていただいたのですが、みんながみんな口々に、「看護婦さんが優しい」「ほっとする」「落ち着く」『先生が優しい、話しやすい』「受付の方のまなざしがあったかい」と帰ってきました。

 

病は気から、と申しますが、インフルエンザなどで明らかにもう超細菌にドッカーンとやられている時は、何をしても「死にそう・・」状態なのですが、その後回復に向かいはじめる時には、気の持ちようや、誰にどんな風に接してもらえるかどうかって大きく左右してくると思います。

周囲が優しくいたわってくれたり、声をかけてくれたり、気遣ってくれると私などは本当に元気になっちゃいます。

だから、私にとっては家よりもこの吉本歯科医院の中にいる方が回復が早い、です(笑)

みんな、優しいし、若いのに気遣い抜群ですから(笑)

こうやって優しくしてもらえると、また私もなんとかお返ししなくちゃ、という気持ちになってしまうんです。

その気持ちのやりとりが、とても心地がいいですよね。

 

 

今日、たまたまカウンセラーの森下とあるとっさの瞬間に、同時に「モノは言いようよね」と話をすることがあり、ふとこんなことを思いました。

 

こんなことが、ありました。

もう数年前の吉本歯科医院の昼食時。

今いるスタッフは誰もいない時期です。

あるスタッフが、お弁当を持ってきていました。

そのお弁当は、その時たまたまそのスタッフのお母さんが作ってくれていたものでした。

そのお弁当の中には、冷凍の野菜ミックスが入っていました。

そのお弁当の様子を見て横に座っていたもう一人のスタッフが、思わずこんなことを言ったんです。

「あ、私この野菜ミックス駄目なんよね。気持ち悪くって・・・」と。

 

いかがでしょうか?

もちろん言われたスタッフも大人なので平気な顔をしています。

そして周囲にいたスタッフも平気な顔をしています。

でも、私はその時に、「ああ、こういうことを平気でいう人なんだ」と心の中にしっかり刻まれたことは数年過ぎた今でも覚えているんです。

 

その人が野菜ミックスを好きか、嫌いか、そんな話はどちらでもよく、

それよりも前に、そのお弁当を彼女のお母さんが作ってくれたというところに、どうして意識がいかないんだろう?

そして、それをみんなの前で言われたスタッフの気持ちを推し量ることはできないもんなんだろうか?

と。

今、うちにはこういう心の配慮のない発言をするような人はいませんが、実はこういう些細なことでその人の奥行きまでが全部見えてしまう、そう思いませんか?

 

言葉はその心の中にあるものがポンと出てしまうもの、です。

「そんな重く考えないでよ」

と言われそうですが、実際にいかがでしょうか?

頭の中にも、心の中にも思いつきもしないような言葉がいきなり口から出てきますか?

出てきませんよね?

 

こういうことって、本当によくあります。

 

コミュニケーションの目的は、自分が正しいか、相手が正しいかを競うものではないはずです。

もっとわかりあいたい、もっと親しくなりたい

というのが真の目的です。

でも、残念ながら、無意識のうちに、相手を言い負かすことがコミュニケーションだと思っている人も少なくはありません。

 

本当は、もっと仲良くなりたいのに

本当は、もっと自分のことをわかってもらいたいだけなのに

どうしても、口から出る言葉が攻撃的になってしまうことって、誰しもあると思うんです。

私もよく、あります。

 

しかし、相手の意見と自分の意見、相反するものがあったとした時に、

どちらもが自己主張をしてしまうとそれは「対立」になります。

「対立」になると、立場の強いものが勝ち、エネルギーの強いものが勝ちます。

その場では。

でも、その場で言い負かされた方はどうでしょう?

心の中に何が残るかといえば・・・

それは

「敵意」です。

 

敵意からはさらに敵意が生まれ、

もう何がなんでも大嫌いという負のスパイラルに入っていくと思うんです。

 

私は、どうしても対立しなくてはならない瞬間というのは

やはり人生には、あると思いますが、

99%の日々の出来事は、対立せずにうまくやっていける方法はある、そう思います。

 

思い切りケンカしても、必ずどこかでどちらかが先に折れ、そこから

一瞬のうちに仲良くなることってありますよね。

そして、どちらか一方が折れた瞬間に両者の心模様は変わりますよね。

 

ドッカーンと嵐だったのが

一気に晴れるというか・・・・。

 

あの人は許せない!

とずっと心に思っている側の方が実はしんどいんです。

 

 

私も何度も何度も痛い思いを、嫌な思いをしながら、この歳になって、やっぱり気をつけようと

思うのは、自分の主張を押し通す前に、まずは目の前の人の気持ちをしっかり受け止めよう、ということです。

どんなに目の前の人の言っていることが実はその時の自分にとって

「はあ?おかしいんじゃないの?」

「間違ってる」

と思ったとしても、まずは相手の主張を先に聴こう、と真摯に耳を傾けていくことで、その過程の中で

「あれ?さっきはすごく腹が立ったけど、この人の言うことももっともだわ。私も悪いかも??」という心の余裕が湧いてきたら占めたものです。

 

人を攻撃しないといけない立場の方が実は攻撃されるよりもつらいんです。

文句を言われるよりも、文句を言わずにはいられない立場の方が実は苦しいんです。

 

歯科という現場は、サービス業ではありませんが、患者さん対応というところでは、接遇能力をとても

問われる職場です。

また、医療はそうでないといけないとも思います。

 

そういう場に日々身を置くと、理不尽なことだっていっぱい、あるんです。

どうして?

なぜ?

だって、私は悪くないのに?(泣)

そうやって大声で叫びたいことってたくさんあります。

 

それは私達だけでなく、どんな職場でもあると思うんです。

上司と部下

取引先の方との関係。

人と人との関係は理不尽なこともつきものです。

 

でも、そこで上手にやっていくために必要なのは、「ものは言いよう」だと思うんです。

どんなことを伝えるにしても、

誰が

どんな表情で

どんな声で

どんな気持ちで

どんな物腰で

どんな目線で

応対するかで、相手の反応はまったく変わってしまいます。

 

こういうことって、きっと「まったく理屈が通っていない」ようなことなんです。

 

人と人の関係にパターンはない、です。

よって、マニュアルは応用がききません。

理論や理屈で積み上げられたマニュアルが人間に通用すると本気で思っているとしたら

それは、本当にきちんと生身の人間と向き合ったことがないからです。

人間はそんなに単純では、ないです。

 

どういう状況でも、まずは全面的にあなたの言っていることを聴きますよ、という心の様子が

きっと相手の心を少しづつ紐解いていくものではないでしょうか?

 

その心の覚悟抜きに、コーチングもティーチングもないです、きっと。

 

テクニックを駆使しているのが見えてしまうので、余計に違和感を感じます。

心にあるものは必ず相手に伝わります。

 

この人は本当に自分のことを受け入れてくれる人なのかどうなのか?

という一点を私なら見ていますし、感じます。

 

またそういう人の前だと、どんなに怒っていても、腹がたっていても、しばらく経つと心がスーッと落ち着いてきて、逆に、自分を振り返ってしまわされるような気分になってしまいます。

 

最終的に、人は理不尽は要求をする生き物です。

自分に置き換えるとわかりませんか?

 

たとえ、どんなに私が間違っていたとしても、おかしかったとしても、私の味方でいて欲しい、というのが

人間ではないでしょうか?

正しいか間違っているか、を教えて欲しいのではなく

この人は自分の味方なんだと思った時、私なら安心します。

安心すると、心模様が変わってしまうんです。

 

今は、私の味方はいない

心の拠り所がない

という人の方が多いのではないでしょうか?

それは職場でも、家族であっても、そして地域でも。

大きな話、国全体でも。

 

 

私は、どんなことはあっても、あなたの味方だよ、という存在がいないと寂しくて不安で

何をやる気力も湧いてきません(――)

それでも頑張って努力根性でやろうとすると、どうしても人に対して攻撃的になってしまったり

周囲は敵ばかり、と思ってしまうかもしれません。

 

 

何か思わず言いたくなった瞬間に

私は今、こんなことを思うように意識しています。

目の前の相手とどうなりたいのか?

本当はもっと仲良くなりたいんじゃないのか?

そう考えると、

今、相手の言っていることが、「正しいのか」「間違っているのか」ということは実はどうでもいいようなことに思えてきます。

 

人が怒っているには理由があるんです。

怒りは感情なので、感情は理屈ではないんです。

感情に対して理屈で返されると余計に怒りが増し火に油を注ぐようなものです。

 

理屈っぽい人が嫌われるのは感情に対して理屈で返されるからです。

それをやってしまうと、ほぼ100%オンナには嫌われます(――)

 

理不尽な怒りもまるごとひっくるめて、「さあ、聴きましょう」というスタンスで向き合うと目の前の相手は必ず変わります。

 

人と人とは鏡ようようなものだ

とは本当によく言ったものだと私は思います。

 

自分の心の様子のままが、目の前の相手に映っています。

要求ばかりして、計算高い心があれば、それを映した相手は逆に、絶対にやるものか、とかたくなになります。

 

「あなたのおかげよ。本当にありがとう」という心のからの思いがある時は

相手の中から、「もっと何かしてあげたいな」という気持ちを引き出してしまうんです。

 

これって、上司と部下の関係でも全く同じです。

そしてそれは男と女でも同じですよね(笑)

 

 

もっともっとと底なしに要求ばかりされる人と

かたや、「いつも本当にありがとう。今の私があるのはあなたのお陰」と心底思っている人では

どちらに多くのモノをあげたいか、という心の話しです。

 

理屈ではないんです。

理屈で動いているようで、人は面白いほど感情で動いています。

 

感情で決断し、その上にあとから理屈を乗っけているだけです。

特に女性は。

 

「ものはいいよう」という言葉ももはや死語になってきているようで、実は今の若い20代前半の人には通じない人も、いるようです。

しかし、よかった(^^)

吉本歯科医院のスタッフには、意味がちゃんと通じたようです。ホッ。

 

こういう微妙なことが「そうだよね~」と阿吽の呼吸で通じない人と日々一緒にいるのは私は結構苦痛です。

 

そういう意味を含め、改めて当院のスタッフ達には本当に感謝しています。

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